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二つの世界を守る星  作者: maco
第二章 宣戦布告
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11 佳蝶降臨

 その日の朝稽古は、なぜか皆浮き足だっているように見えた。

「桜、聞いたか?」

 桜の次に若い、二つ年上の一郎が興奮気味に近づいてきた。

「聞いてません」

「まだ何も言ってねーよ。何とあのカチョウさんが来店するらしい」

 一郎が目を輝かせているが、どのカチョウさんか桜にはわからない。

(カチョウ、課長、じゃないよね)

 桜は首を傾げる。

「カチョウさんが誰なのかわかりません」

 一郎は口元を手で覆って、大袈裟に驚いてみせる。

「そっかあ、こんな小さい頃から田舎から出て来て、何も知らないんだったな。かわいそうに。俺の事兄さんって呼んでもいいんだぞ。俺もお前を弟のように思ってるからな」

 そう言って、桜の頭を撫でる。

 柳楽が誰にどのように説明しているのかよくわからないので、桜は年齢や性別、出自に関して相手の話を否定しない事にしている。

「わかりました、一兄さん」

 —イチニイサン—

「番号みたいに呼ばないでくれ」

「一郎さんが呼べって言ったから」

「俺も今呼ばれて初めて気付いた」

 一郎は名前の通り長男だが、一人っ子だ。だから長男だけどこんな感じだ。

「じゃあただ兄さんと呼んでくれ。困った事があったら俺を頼ればいい」

「私の方が強いし色んな仕事ができるので頼る事はないですが、一郎さんと話してると安心します」

 正直一郎はあまり頼りにならないので、桜は精一杯フォローする。

 二つ年上といえば由羅や雷太と同い年だが、とてもそんな風に見えない。一郎といると、あの化け物じみた二人が十七歳の標準じゃないんだとわかって、安心できる。

「佳蝶さんってのは、この国一番の歌姫だ。見たら美人過ぎてびっくりするぞー」

 一郎が得意げに教えてくれる。

(ああ、明花さん達が言っていた、自分で顔を傷つけた歌姫さん)

「一郎さんは会った事あるんですか?」

「遠目にチラッとだけな。歌も離れたところから少しだけ聴いた事がある。素晴らしかったなあ。あの声はきっと心の美しさから生み出されるんだ。俺、女の人を見る目には自信があるから」

 性別の区別もつかない一郎が、女性の何を見る目があるのか桜にはわからない。

 なので鵜呑みにはせず、特に期待せずに聞いてみた。

「一郎さんは、自分の好きな人が親友の事を好きだった事ってありますか?嫉妬で相手が無茶苦茶憎くなるとか」

「なんだ急に。恋愛相談か?そうだなあ、嫉妬された覚えはたくさんあるが、俺が誰かに……」

「やっぱりいいです」

「何でだよ!俺はこう見えて」

「いや、絶対嘘です」

「まだ何も言ってねーよ」

 ムキになって言い返してくる一郎は、とても由羅と同い年とは思えない。

 桜と一郎以外は、護衛は二十歳を超えた大柄な男の人ばかりだったので、若くて小柄な一郎は桜に対して過剰に先輩風をふかす。

(いい人なんだけどなあ)

 残念な気持ちで一郎を見つめていると、桜は豪に呼ばれた。

「桜、護衛の件で話がある」

 桜が豪の元へ駆けて行くと、なぜか一郎も付いてきた。

「なぁ、豪さんにも聞いてみようぜ。豪さんは誰かに嫉妬して相手を殺したくなったりした事ありますか。恋愛絡みで」

 怖い者知らずな一郎に、心の中でヒイッと悲鳴をあげる。

 ハラハラして見ていると、豪がふっと優しく笑った。

「そりゃあるさ」

(あるんだ)

 桜は意外な気持ちだった。桜から見た豪はいつも落ち着いていて、恋情に振り回されるようには全く見えない。

「若い頃は色々あったよ。だがシラフで話せないほど格好悪い話だ」

 そんな風に言う豪は、とても格好いい。

「へー、豪さんみたいな格好いい人でもそんなのあるんだ。今度酒飲みながら話しましょうよ。なぁ桜」

「一郎さん。きっと豪さんこそ、した事よりされた事が多いんですよ。それから私は仲間にキツく、キツーく止められてるんで、お酒は飲めません」

 —二度と飲むな!—

 拳骨の傷みとともに、雷太の言葉がよぎる。

「その話はまた今度な。もう持ち場に行け、一郎」

「はぁい、行ってきます。豪さん、佳蝶さんが来る時は表の警護に回してくださいねー」

 豪に促され、一郎は手を振りながら去って行った。

 護衛と言っても一日中屋敷や店の警備ばかりをしているわけではない。荷運びや裏方の力仕事、雑用など様々だ。

 一郎が言う表の警護とは、客との接触が最も多い、桜にとっては一番避けたい持ち場だった。

「もう花鳥団の方が来る事を知ってるのか。残念ながら、今回表は桜の仕事だ。お前は普段は試着部屋だけだが、今回はお迎えから出てもらう」

「え?」

 お迎えとは、店の前まで出迎えに行って挨拶する事で、柳楽や店長の仕事だ。護衛は常時店の前に一人立っているが、挨拶はしない。

「私みたいな小さいのが表の警護で大丈夫なんですか?」

 表の警護はお店の前で睨みをきかせるので、大柄な護衛が選ばれる。桜と一郎が担当した事はない。

「表の警護ではなく、お迎えだ」

 桜は目を見開いた。

「私が柳楽さんと一緒にご挨拶するんですか?」

「いや、そうじゃない」

「あ、そうですよね。ビックリしました」

 ほっと胸を撫で下ろす。

「桜だけで挨拶するんだ」

 桜は理解できず首を傾げる。

「私だけ?」

 豪が頷く。

「護衛ではなくご挨拶を?」

 豪は自分の頭を支えるよう 額に手をやった。

「そう、先方の希望で、最初から最後までお前だけだ」

 桜は再び目を見開く。

「え、そ、そんな、何かの間違いじゃ……」

「俺たちも何度も先方へ確認したんだ。欲しい物は自分で見繕うから、護衛だけ、というかお前だけ置いといてくれたらいいそうだ」

 実は桜はこの街ではちょっとした有名人だった。小柄で華奢な性別不明の護衛がいると、桜目当てで来店する物好きが時々いるそうだ。

 だが、あくまで試着部屋の護衛であって、接客などした事はない。

「な、何か粗相があったらどうするんですか?」

「あちらもわがままを通している自覚がある。多少の事は気にしないだろう」

 桜はこれまで、高貴な方の気まぐれに柳楽が振り回されるのを何度か目にした事がある。何が許されて何が許されないか、その時々で決まるのだ。

「多少のって……、その多少から外れた場合はどうなるんですか」

「……お前は終わりだ」

 —オマエハオワリダ—

 突然の死刑宣告に驚愕する。

 こうやって、貴族の遊びに命をかけさせられるのだ。どんな事で難癖をつけられて切り殺されるかしれない。

「ま、待ってください。多少ってどれくらいですか?悪気がないなら許されますか?」

「悪気があろうがなかろうが関係ない。来店までまだ日にちがある。精進しろ。俺たちの首もかかってる」

(ただでさえ、心配事ばかりなのに)

 桜はその日人生初、夕食を完食できなかった。

 ◆◇◆

「お、今日はいつもよりおめかしだな。佳蝶さんに会えるから浮かれてるんだろ」

 護衛の服も仕立てはいいが、今日はさらに上質の装いだ。

 桜はからかいに来た一郎の頭をべしっと叩きたくなった。

(人の気も知らないで)

 この世界はお偉いさんの機嫌ひとつで首がはねられるのだ。命懸けの接待が楽しい訳がない。

「嬉しいわけないでしょう」

「ええー、なんでだよ。おれ代わって欲しいくらいだよ」

 佳蝶さんは自前の護衛を連れてくるので、桜の役割は店員だ。つまり、全く役に立たない。

 いったいなぜ自分が選ばれたのか。

 グダグダ考えている間に、予約の時間になった。時間などあってないようなお貴族様には珍しく、ほぼ時間通りに佳蝶が到着した。

 桜は心臓が飛び出ししそうなほど緊張しながら挨拶に出た。

 —お前は終わりだ—

 豪の言葉がよぎる。

 桜は口をギュッと引き結ぶ。

(びびるな、いけ!)

「ようこそお越しくださいました」

 心の声とは裏腹に、柳楽の穏やかな声やゆったりとした動きを脳内で再生し、頭を下げる。

「お足元にお気をつけて」

 顔を上げ、手を差し出して、桜は固まった。

 彫刻のように整った美女が、桜に微笑んでいた。左目には額から垂らした布がかかっている。

 眼帯と言うより一つのファッションのようだ。

「ふふふ、可愛らしい店員さん」

 そう言って桜の手を取る。

 ぼんやり見惚れていた桜はハッと我にかえる。

「お声がけは不要と承っています。心ゆくまでご覧ください」

 習った通りの挨拶を噛まずに言えて、内心ふうっと息を吐く。あとは案内するだけなので、とりあえず、桜の仕事は九割終わりだった。

「そちらからのお声がけは必要ないけど、私からは声をかけるわ」

 桜は笑顔を貼り付けて佳蝶を見つめた。

(聞いていた話と違う)

 あらかじめ、柳楽に仕込まれた切り返し方がある。

『不勉強で申し訳ありません。お調べする時間を頂けますか?』

『私はものを知らず、大変お恥ずかしいのですが、詳しくお教えいただけますか』

『私にはお答え致しかねます』

 そして返事が必要かどうかわからない声かけには、笑顔を返すよう言われている。

「そんなに緊張しないで。柳屋さんやあなたを困らせている自覚はあるのよ」

 声がよく通る。聞いていてとても心地良い話し方だった。

「男の人がね、どうしても苦手なのよ」

 そう言って、申し訳なさそうに眉を下げる。

 その憂い顔は、こちらがひれ伏して謝罪しなければいけなくなるような破壊力がある。

「舞台と観客席ほど距離があればいいんだけど、こんな狭い場所で一緒になるのは怖いのよ」

 英玲奈もそうだった。大人の男の人と狭い場所で二人になると過呼吸のようになる時があった。

「大丈夫ですよ。最後まで私だけです。その辺の男の人なら近づいてきても叩き出せるくらいの力はあります。安心してください」

「ありがとう。あまり畏まらないでね。王城にあがる前は、私も平民だったのよ。店員としてじゃなく、お友達のような感覚で、私に似合うものを一緒に探してくれないかしら」

 —桜が私に似合うと思うものを見つけくれる?—

 桜はおしゃれにあまり関心がなかったが、英玲奈の買い物に付き合って英玲奈の服を選ぶのは、とても楽しかった。

 ほんの一年ほど前の事なのに、もう、遠い昔のことのようだ。

「わかりました」

「何故男の人が苦手か聞かないの?」

「お話されて楽になるなら、お聞きしますよ」

 佳蝶は僅かに目を見開いた後、微笑んだ。

「とても酷い目に遭ったのだけど、私にも非があるなんて言う人も多いのよ」

 英玲奈もよく言われていた。非があるとすれば、美し過ぎる事だ。

「それは間違いだし、私はそんな事一切思いません。できたら、あなたを酷い目に遭わせた人に仕返ししてやりたいです」

「ふふふ、ありがとう。今日はこのお店を選んで良かった」

 そう言って微笑む佳蝶は、桜のもつ言葉では表情できないほど美しかった。

 少し首を傾けたので、目を覆った布が揺れ、その下の大きな傷が見えた。

 桜の胸がざわりと騒ぐ。

 彼女にここまでさせた人間への、言いようのない怒りが湧いた。

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