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二つの世界を守る星  作者: maco
第二章 宣戦布告
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10 怒り、妬み、恋情

 何もできないまま数日が過ぎたころ、隊長が進捗を報告に来てくれた。

 自分が斡旋した子供の様子を見に来たと言えば、誰も疑わず隊長を桜の部屋へ通してくれる。

「琢磨について調べていたんだが」

 隊長の難しい顔が、状況は芳しくない事を物語っていた。

「どうやら逆に目をつけられたみたいだ」

 隊長の言葉に、夢で見た、憎悪に満ちた琢磨の顔がよぎる。

 桜の胸に、じわりと暗い影が広がっていく。

「隊長に危険はないんですか?」

「俺もさほど派手に動いた訳じゃないからな。少し牽制されているくらいだ。だが邪魔をしにくるという事は、探られたくない何かがあるんだろう」

「琢磨様の何を調べてたんですか?」

 隊長は腕を組んでうーんとうなる。

「お前には言いたくないんだがなぁ」

「何でですか⁉︎」

「次に琢磨に会った時、平静に振る舞えるか?」

 確かに桜は隠し事が得意ではない。しかし、これまでの琢磨との会話を思い出して、気づく。

「今までも琢磨様と落ち着いて会話なんてした事ないですよ。それに、もう私達を会わせないと柳楽さんが言ってました。琢磨様の私に対する嫌がり方が尋常じゃないそうです」

 —あの頭のおかしなガキを俺の目のつくところに置いておくな—

 そう言っていたと後に豪から聞いた。桜から近づいたことなどないのに理不尽極まりない言い分だが、桜としてももう顔を合わせなくていいというなら望むところだった。

「だから話してください。こんなところでお預けにされたら、気になって眠れません」

 隊長はしばし思案した後、ふうっとため息をついた。

「普通、平民出のやつが、貴族に混じってまともに仕事なんてできると思うか?」

 それは、桜も疑問だった。ここは実力を見せればのし上がっていけるような世界ではない。

「難しいと思います」

「しかし琢磨は追い出される事なく上手いことやっている。不思議だと思わないか」

 桜は強く頷いた。

 琢磨は上司の不興をかって速クビになるようなタイプだ。この世界では物理的に首が無くなる。うまくやっていけているなど、到底信じられない。

「それで、奴が出仕している兵部省について調べてみた」

「ヒョウブショウ?」

「街の警備などを担当する部署だ」

 琢磨は平民でありながら城内に勤める官吏だ。兵部省というところに籍を置き、末端ながらも街の警邏の人事に携わっているという。

「俺たちは自警団を作っている。表向き、警邏の足りない部分を補うという理由で街の見回りをしている」

「表向き?」

 桜が聞き返すと、隊長は口元に人差し指を立てた。

 桜は心得たとばかりに頷いた。

「実際は警邏の者達の無体から街の人間を守っている。今までも、謀反が計画された事は何度もある。だが俺や部下達がそれとなく警告し、摘発を免れていた」

「それは、体調達も危険なんじゃないですか」

「まぁ、身の丈に合った分だけだ。全てを助けられるわけじゃない。実際雛菊は助けられなかった。柳楽には……、申し訳なかったがな」

 本来なら隊長の仕事ではない。それでもこうやって責任を背負っていくのだろう。

 革命軍に加わらなかったと言って、戦っていないわけではないのだ。

「だが、最近三件、俺たちの監視の目を掻い潜って摘発されたものがある。琢磨が就任してからの話だ」

「まさか琢磨…様がバラしたんですか」

 本当は様なんてつけて呼びたくない。隊長のようにアイツと言ってやりたい。しかし柳家で徹底的に叩き込まれたマナーが、それを阻む。

「直接関与している形跡は全くない。ただ、その摘発で出世した奴らがいる。琢磨と同じ部署の、琢磨の上司にあたる二人だ」

 三件なら偶然とも言える。しかし隊長の裏をかいたとなると、琢磨が無関係ではない気がしてくる。

 琢磨の上司は琢磨に借りができた事になる。

「平民出身なら、摘発された人の中に琢磨、様の知り合いもいたんじゃないですか?その人達はどうなったんですか?」

「もちろん、死刑だ。首謀者は首をさらされる」

 柳楽の顔がよぎり、桜の顔は強張った。

「琢磨、様は、いくら性格があんなでも……なんの恨みもない人に、そこまでするような人ですか?」

 逆恨みだが、柳楽に個人的な恨みや嫉妬があるのはわかる。だが無関係な人を自分の都合で簡単に死に追いやれる理由がわからなかった。

「そこまでやるかどうかと聞かれたら、やると断言できる。奴にとって他人は将棋の駒か何かだ」

 柳楽の事も駒の一つと思っているのか。

 桜は二人の会話を思い返してみた。

 桜が見た二人の間には、長年一緒にいる者の気安さがあるような気がした。お互い、歪ながらも信頼関係ができているように見えた。

「今は上手いこと衛士を配置して、俺や俺の部下を牽制しているようだ。これ以上琢磨の事が調べられない。だから今のところ全て俺の憶測で、何の証拠もない」

「じゃあ私の夢しか証拠がないのに、隊長はそこまで琢……を疑っているんですか?」

「もともと、気に食わなかったんだ」

「あの人を好きになれる人はあんまりいないと思います」

 琢磨が周りの人間を嫌うのだ。自分を嫌う人間を好きになるのは難しい。

「好き嫌いよりも、この謀反の計画自体が釈然としなかった。雛菊に執着していたのは知っているし、殺した相手を許せない気持ちもわかる。なら三平と五郎に直接罠を仕掛ければいい話だ。わざわざ官吏になんてならなくたって、奴にはそれぐらいできたはずだ」

 幼馴染の柳楽より、隊長の方が琢磨をよくわかっている。長く一緒にいるからと言って、相手を理解できているとは限らないのだ。

「やつに世の中を良くする気なんてない。なのにこんな手の込んだ、泥臭い、奴らしくないやり方をしている理由がわからない。だから柳楽にも、話に乗るのはやめた方がいいと何度か忠告した」

「柳楽さんは、冷静で頭のいい人なのに、なんであの人の事は無条件で信じるんでしょうか」

 隊長が感じる違和感に、柳楽が気付かないとは思えなかった。

「琢磨を信じていると言うより、自身の恨みを晴らす協力者が欲しかったのかもな」

 琢磨の怪しい誘いにのったり、桜の、ある筈もない天帝の加護に縋ったり、思った以上に柳楽の心は疲弊しているのかもしれない。

「……私の夢の方が間違ってるって事はないでしょうか」

「間違っていて何も起きなければそれでいい。最悪を予期して最善を尽くすのが俺の役目だからな」

 そう言って桜の頭を撫でる。

「だが俺は、お前の夢の方が現実味があると思っている。その方が琢磨らしくてしっくりくる。恋情が絡むと冷静な判断ができなくなるのは人の性だ。お前も経験があるだろう」

 わかって当然のような言い方をされて、桜は戸惑う。

「怒りで冷静な判断ができなくなった事はあります」

 何とか答えを絞り出すと、隊長が呆れた顔をした。

「そうじゃねえ。怒りは相手が何か理不尽な事をしてきた時に湧くものだろう。その怒りは真っ直ぐで、ある意味正当だ。そうじゃなくて、雛菊は琢磨を友人として大切にしていたし、尊重していた。だが琢磨が望む気持ちはそれではなった。琢磨の欲しいものが柳楽だけに与えられている事が許せなかったんだ」

「恋情って、そんなに複雑なものなんですね」

 桜はふと、桜が必要だと言ってくれた由羅の言葉を思い出した。その言葉をもらった時、嬉しくて胸が痛かった。逆に天彾としてしか必要とされていないと思っていた時は嫌な感情が湧いた。もし自分が英玲奈だったらと、思ってしまった。あの感情に近いかもしれない。

 その時の嫌な感情を一生懸命思い出していると、隊長が憐れむように桜を見つめているのに気づいた。

「わからないなら、無理するな」

「いや、今本当に掴みかけたんです」

「掴むもんじゃねえ。まあお前の過酷な生い立ちを考えたら、まだわからなくてもしょうがないか。それどころじゃなかったんだろうな」

「隊長、本当にもうちょっとでわかりそうなんです。諦めないで」

「ようは嫉妬で琢磨は柳楽にムカついてたんだ。……そんな納得いかない顔されても、お前にはまだ理解できない感情だ。根本にあるのは嫉妬だよ。だから盛大にあいつを貶める機会を伺ってたんじゃないか。琢磨は雛菊がいた時は何とかまともだったが、もうあいつは完全に橋の向こうの人間になってしまった」

 橋の向こうへ渡れば、まともなままでは帰って来れない。まるで怪談話だ。

「お前が夢で見た暖簾は、この刺繍で間違いないか?」

 そう言って隊長は懐から紙を取り出した。

 絵におこした図案は、桜が夢で見たものそのままだった。

「間違いないです」

 映像を覚えるのは得意だ。間違いない筈だ。

 だが、焦燥感が拭えない。

 ジリジリと焦りが募り、いっそ柳楽に全て打ち明けようかと思うが、そんな桜の心情を隊長はお見通しだった。

「柳楽には、機を見て俺が話す。お前は何もするなよ」

 隊長は去り際に釘を刺していった。

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