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二つの世界を守る星  作者: maco
第二章 宣戦布告
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9 柳楽と隊長

 柳家には食堂があり、職員は交代で昼食を摂る。

 桜は柳楽と向かい合わせに座り、少し遅めの昼食をとっていた。

「琢磨は桜さんの事を、自分の知識で納得できるような解釈に導けないから、戸惑っているんですよ」

 どこか哲学的な言い回しに、桜は笑いそうになる。

「そんな風に考えてたら、人付き合いも苦手になりますね。私はわかり易い方だと思うんですけど」

「確かに、思ったことがそのまま言葉として出る感じですからね」

 柳楽はよく喋りながらも品よく食べているのに、皿から食べ物が無くなる速度が速い。

「よく噛んで食べないとダメですよ」

 思わず注意すると、柳楽が笑う。

「はは、そういうところですよ。上司に躊躇わず注意できる度胸、遠慮のなさ。一見非常識な言動なのに、そんなさも当然のように言われると、それが正しい事のように思えてしまいます」

 桜は慌てて口元を教えて謝罪する。

「生意気な事を言ってしまって、すみません」

 確かに、職員の誰も柳楽に対してそんな軽口をたたいていない。

「いいんですよ。桜さんはどこか違う世界で違う常識を学んできたかのようですね」 

 柳楽は面白がるような口調で言いながら、食後の茶を啜っている。ずっと喋っていたのに、一体いつ完食したのだろうか。

「桜さんは優秀です。琢磨もそれは理解している筈です。でも、思考が読めない。それが気持ち悪いんだと思います」

 桜は、日本ではどこにでもいる一女子高生に過ぎなかった。しかしこの世界では、その他大勢と同じ人間としてすんなり受け入れらない事がある。

 出会った頃の雷太は、桜のおかしな行動に怯えていた。巳霧や秋斎は、桜の言動に興味を示していた。楽次は桜の知っている当たり前の歴史を語っただけで、天彾と結びつけてしまった。桜の常識のないところを、隊長のように好意的に受け取ってくれる者もいる。

 反応は三者三様だが、みなこの世界に当たり前に桜を受け入れてはいない。

「柳楽さんは気持ち悪くないんですか?琢磨様の言うことも一理あります。予想のつかない行動をする人は、気持ち悪いと思います」

「私にとって、桜さんの何を言い出すかわからないところは、好ましい事です。それに、何をやらせてもそつなくこなして、大いに助かります。私は商売人ですから、いいものは手元に置いておこうと思います。もう桜さんを手放す気はありません」

 冗談めかして言っているが、目が本気だ。

「評価して貰えるのは有難いんですが、急にあんな話をするほど信頼が得られたとは思えないです。それに関しては、琢磨様の言葉が正しいように思います」

 ピークが過ぎて、食堂に人はまばらだ。念のため、革命という言葉は伏せた。

 柳楽は両手で包んだ湯呑みをじっと見つめていた。

「……実は隊長には反対されています」

 いつも堂々とした柳楽からは想像できない心細げな呟きに、何と声をかけていいかわからなかった。

「強くではないですけどね。妹のためにも、命を無駄にして欲しくないと言われています」

 それはつまり、隊長もこの革命がうまくいかないと思っている証左に他ならない。

 桜は口を開きかけ、かけるべき言葉が見つからず、閉じる。

 桜だって反対したい。

 身勝手な言い分だと、自分でも理解している。誰かが立ち上がらないといけないと思いながら、見知った人に危険な事をして欲しくない。

 あれだけ息巻いていたのに、王城を目の当たりにして怯み、大切な人の死を想像して竦む。

 —想像力が足りてないんじゃないか—

 琢磨の言葉が刺さる。

 教科書では、ページをめくればもう次の話題だ。その行間に多数の死者がいる事を、理解できていなかったのだ。

「いつも間違わず、立派に隊を率いる隊長に反対されると、さすがに私も迷います」

(それはそうだ)

 桜には柳楽の気持ちが良く理解できた。

 一緒に旅したからこそわかる。あの人は組織を率いる才能を大いに持ち合わせた人だ。その人から反対されたら、誰だって弱気になる。

 しかし。

「柳楽さんだって、凄く立派にこのお店を引っ張ってます。凄く頼りになる上司で、みんな柳楽さんを信頼しています」

 桜が革命に反対するのは、ただただ柳楽に命を落として欲しくないからだ。柳楽の力量を疑っている訳ではない。

 桜の言葉に、柳楽は首をふる。

「いくら琢磨が大丈夫だと言っても、私にとって隊長は最も信頼する統率者です。私など敵わない才能の持ち主です。その人に反対されて、自信を失っていました……。そんな時、あなたが現れた」

 そう言って柳楽が顔を上げた。少し申し訳なさそうな目で桜を見つめる。

「桜さんが陽也さんを連れ出したと聞いて、驚きました。百華が村を出るなんて、前代未聞ですから」

 迷子になっているところを助けてもらって、桜が経緯を話していた時だ。

「百華を動かせるほどの何かを持っているのなら、桜さんが天命を負って私の前に現れたのではないかと思ってしまったんです。それが我々の成そうとしている事を後押ししてくれているようで、そんな思い込みで、あんな話をしてしまいました」

 この世界に来て、何度目かの戸惑いだった。桜の何気ない言葉に、周りの人間が勝手に意味を持たせるのだ。

「陽也を連れ出すのがそんなに大事ですか?儀式が行えなくなるからですか?」

 八葉村では、陽也が出ていく事に誰一人反対しなかったのに。

「そういった意味では、そこまで大事ではありませんね。一人失われたら次にすぐ新しい百華が誕生します。百華は総じて早熟で聡明ですから、三年ほどすれば儀式を行うことができるようになるでしょうね。八葉村は王都から遠かったですし、より王都の近くに生まれ直してくれれば、王都の人間にとってはありがたい事でしょう」

「だったらどうして……」

「人の力で百華を村から出すなど、本来できない事だからです」

 桜は、神の仕業と人々が崇めた現象を、科学が解明してきた歴史を知っている。だからこの世界でも、もう少し時代が進めば天命なんてないんだとみな気づくだろうと思っていた。

 しかし、陽也は桜のその考えを否定した。

 百華に関する、科学では説明できない話を聞くたび、天の意思なんてないと否定する気持ちが揺らぐ。

「他の百華も、亡くなったら新しく生まれるんですか?」

「夢見や先見は王家が秘匿していて、お目にかかるのは王族か五家の者くらいです。なのであまり情報は流れて来ません。ですが恐らく、他の百華と同じでしょう」

 桜はふと、先見を語る怯えた雷太を思い出す。

 雷太は相手が年上でも敬称をつけて呼ばない。人を使い慣れている態度から、実は身分の高い生まれではないかと思ってはいた。

 今なら聞いたら答えてもらえるのだろうか。

 考え込んだ桜に、また落ち込ませたと勘違いしたのか、柳楽が慌てて話題を変える。

「そういえば、桜さんの水晶には、どんな文字が書いてあるんですか?」

 桜は水晶を取り出して柳楽に見せた。

「『桜』。桜さんの名前が書いてあるんですね。そしてそれを桜さんに贈ったんですね」

 柳楽は水晶の角度を色々と変えながら眺めていた。

「陽也は、使役はしていませんでしたが、銀色の大きな狛馬の友達がいました」

「銀色の、大きな狛馬ですか」

 桜に水晶を手渡しながら、柳楽が独り言のように呟く。

「はい、今まで見た中で一番大きかったです」

 柳楽は腕を組んで何か考え込んでいた。

「桜さんは、銀色の狛馬のもつ意味をご存知ですか?」

「銀色の、狛馬の意味ですか?」

「この国の最高位は銀位です。その上の金位は、天帝の当色とうじき、地上の生き物にとっては禁色です。天彾記に必ず登場するのが、銀位の狛馬です。つまり、王族と同等の階位をもつ狛馬です」

「毛並みが銀色なだけでですか?」

「銀の毛並みの狛馬は、天帝の遣いと言われています。陽也さんの友達は、ただ毛並みが銀色なだけの普通の狛馬でしたか?」

 違う、と断言できる。人の感情を解し、人語を操り、この世の理の一端を語っていた。

 あの時は陽也との死別で頭が真っ白だったが、改めて考えれば、規格外で特別な狛馬だった。

 難しい顔で黙り込んだ桜を見て、柳楽がフッと笑う。

「商売柄今まで色んな人と出会って来ましたが、本当に、桜さんは群を抜いて不思議な人です」

 張り詰めた空気が緩む。

「桜さんは、その水晶で狛馬を呼べそうですか?」

「この水晶で、私が狛馬を?」

 狛馬がいたら便利だろうなとは思っていたが、そのような発想はなかった。

「それは……考えた事が無かったので、わかりません。これは私にとっては陽也の大切な形見で、それ以上の意味はありません。ただ……」

 なんと表現していいのか、言葉を探す。

「ただ、この水晶の文字を見ると、陽也が私を呼ぶ声を思い出すんです。そしたら、胸が暖かくなります」

 桜を呼ぶ陽也の声は、いつだって優しかった。水晶の文字を眺めれば、大切なもののように桜を呼ぶ声が聞こえる。

 人が近づく気配がして、柳楽は手で水晶を仕舞うよう指示した。

 食堂の給仕の女性が、柳楽の空になった皿を下げていった。

「晶石はとても希少で高価です。戴狛の百華の生まれる土地でしか見つかりません。普通は軍功をあげ下賜されるか、かなりお金を払ってでしか手に入りません。ウチに手癖の悪いものはおりませんが、あまり人目に晒さないよう意識した方がいいかもしれません」

 桜は頷いて、ふと浮かんだ疑問を口にする。

「王様は狛馬を持っていないんでしょうか」

「あの王には無理でしょう」

 急に、柳楽の笑顔が怖い。

「狛馬がどのように自分の元に来るかご存知ですか?」

「冥道に眠る狛馬が、水晶の光で目覚めると聞きました」

 桜の説明に、柳楽が頷く。

「あの王は、水晶を光らせるほど強い信念など、もう持ち合わせていないでしょう。そしてその事実を、自身の力量を、天に問う度胸はないでしょう」

「以前は持ち合わせていたという事ですか?」

「商品を納めに行く際に、一度だけお目にかかった事があります。その時は王たる資質のある方だと思いました。思慮深さは父親、苛烈な部分は母親から受け継いだと聞きました」

 王の話はいつもいい事と悪い事がセットだ。だから今でも、王の具体的な人格が見えてこない。

(会って話してみたいな)

 為人を、会って直接確かめてみたい。 

 その願いが遠からず叶う事を、この時の桜は知る由もなかった。

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