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二つの世界を守る星  作者: maco
第二章 宣戦布告
34/40

8 花街を訪れる者

 暫く歩くと、由羅が足を止めた。

「ここから先は俺たちでは難しいな」

 同じ遊郭街でも、格がある。そこには明らかに今までとは違う店構えの建物が並んでいた。

 一人のガタイのいい男が近寄ってきて、桜達に声をかける。

「兄さん、こっから先は特別なお客さんを迎える場所だ。そんなあからさまに不審な様子でうろつかれたら困るな」

 店の用心棒だろうか。口調は軽いが、こちらの行動次第ではすぐにでも切り掛かって来そうな雰囲気だった。

(簡単に見つかるわけないか)

 由羅の手を引き諦めて踵を返そうとした時、目に飛び込んできた景色に桜はハッとする。

 男の背後にチラリと見えた揺れる朱色。一瞬だが、華やかな刺繍の施された暖簾が目に入った。夢で見たよりももっと迫力があり、その美しさに圧倒される。改めて見上げると、既視感を感じる豪奢な建物が聳え立っている。

「桜、ここが?」

 由羅が建物から離れるよう桜の手を引きながら聞く。

 桜は目を閉じて、一瞬映った光景を再生した。

(似ている、あの夢と)

 桜は由羅を見上げて頷いた。

 もう少し確信が得られるまで観察したかったが、男に追い立てられてそれは叶わなかった。

「次にここらをうろついたら声かける前に切るからな」

 由羅と桜は目的を達したので、さっさとその場を後にした。

 ◆◇◆

 朝稽古を終えて店に向かうと、柳楽が腕を組んで待ち構えていた。

「桜さん、昨日はどこへ行かれたんですか?」

 柳楽らしからず 、焦りや怒りが滲んでいる。まるで夜遊びを咎める母親のようだった。

「昨日は、ちょっと街をぶらぶらと」

 夢の場所を確認していたとは言えない。

 桜は何も言い訳を考えていなかったので、目が泳ぐ。これでは夜遊びを誤魔化そうとする娘だ。

「桜さん、私は隊長を信じてあなたを預けました。気晴らしして欲しいと、確かに思っていました。でもまさか、まさか花街に繰り出すなど…」

 事情を知らない人から見ると、そこまで非常識に見えたのか。婚約者の兄に誤解を与えるわけにはいかないので、きちんと説明する。

「隊長は一緒に行ってないです。由羅と二人で行って、日が変わる前に帰って来ました。それより、なんで花街を歩いてたって知ってるんですか?」

「目立ってたんですよ。兄弟と思われる美少年二人組が歓楽街を歩いていたと。私はこう見えてとても顔が広いんです。今朝あちこちからそう言った話が入ってきました」

 昨日の今日でそんな話が集まってくるなら、柳楽の知名度の高さがわかる。

 しかし伝わるなら、もっと正確に伝えてほしい。

「美少年って。よくそれで私の事だってわかりましたね。噂って面白いですね」

 しかも由羅と兄弟。夜の幻想的な光のマジックかもしれない。

「桜さん、何にも面白くないですよ。ではこんな噂はご存知ですか?禁軍の大将は、天の遣いの如く慈悲で自分を害する者に許しを与えます。しかし彼の大切な者を害せば、その者が天に召されるとの事です。そう、あなたの保護者の千寿さんの事ですよ」

「そんな噂があるんですか」

 おかしな噂の千寿とおかしな様子の柳楽に、桜は笑いが込み上げる。

 ふふっと笑いが溢れた桜を見て、柳楽の緊張がゆるむ。

「流石にそれは大袈裟な噂ですよね」

 はい、と言いかけて、八葉村で天に召されかけた夏陽を思い出す。

 口籠る桜の様子に、一縷の望みをかけていた柳楽が絶望する。見た事のない柳楽の様子に、桜は申し訳なくなる。。

「私は、責任を持ってあなたを預かりました。預かってる間に悪い遊びを教える者がいたなんて、これでは保護者の方に顔向けできません。一体何が目的であんなところを練り歩いてたんですか?まさか本当に花街で遊ぶつもりだった訳ではないですよね」

 真剣に問われ、隠し事をしている事に罪悪感が募る。

 そばで黙って見ていた豪も桜に鋭い視線を向ける。

「桜、お前に隠し事は無理だ。何が目的だったんだ」

 柳楽と豪相手に誤魔化せる気がしなかった。

「私、暖簾を見に……」

「「暖簾?」」

 さくらの苦し紛れの一言に、何故か二人は急に険のとれた様子で顔を見合わせた。

 理由はわからないが、暖簾を見に行く事に二人を納得させる何かがあるようだった。

「桜さん、もしかして誰かから聞いたんですか?最近店先に綺麗な刺繍の暖簾を掛けるのが流行っている事に」

「それで歓楽街か。派手なのが多いからな」

 桜が頷くと、二人は腑に落ちたようだった。

「暖簾を見るのが好きな方は一定数いるんです。特にウチの暖簾はどこにも負けませんから」

 つまり、暖簾マニアというものが存在するので、暖簾を見て回る事はそれほどおかしな事ではないという事だ。

「支店はこちらより価格帯の低い小物を多く扱っているんですよ。あまり印象が良くなくてお伝えしてませんでしたが、高級な妓楼の暖簾のほとんどがウチのものです」

 何とか誤魔化せたようでホッとする。暖簾マニアに感謝だ。

「どんなのが気に入りましたか?」

 本当に目的が暖簾だったのかを探るように柳楽が聞いてくる。桜は見て回った数々の暖簾を思い浮かべる。映像を覚えるのは得意だった。

「月とうさぎのもの可愛くて一番好きです。あと、猫が鞠で遊んでいるのも、可愛くて綺麗でした。ビックリしたのは、雪が降る中傘をさした人が立っていて、それが本当の景色を切り取ったみたいでした」

 柳楽がウンウンと大きく頷いた。

「桜さん、いい目をしていますね。全てウチの商品です。東側では粗悪な模倣品が多く出回ってますが、西側のそれらの暖簾は間違いなくウチの仕事です」

「でも一番綺麗だと思ったのは、やっぱり最後に見た、白い花束と、その花びらが舞った暖簾です。すぐ追い返されたのでチラッとしか見えなかったけど、白い花が綺麗でした。花だけじゃなくて、縁取りもとっても綺麗でした」

 桜はさり気なく例の暖簾に話題を戻す。

「……白い花の名前はわかりますか?」

 じっと見つめて問う柳楽に、桜は首を傾げる。

「いえ、花はあんまり詳しくなくて……」

「あれは雛菊です。本当は、祝言を終えたらウチの店先に出す筈だったんです。驚かせようと思って、ずっと雛菊に内緒にしてたんですよ」

 柳楽は何でもないように話しているが、故人の話をする人特有の、悲しい響きが混ざる。

「でもあんな事になって、とてもそんな気持ちになれなくて、手放したんです。桜さんが見たのは朱源郷という店です。私の大切な友人がそこにおりますので、贈与しました」

 胸の痛む話だが、桜はふと疑問が湧く。

 そんな大切な場所で革命軍の集会をしたりするだろうか。それとも思い出の品を見て決意が強まるのだろうか。

 どちらにせよ、柳楽とあの店に繋がりがある事は確かだった。

「あの、もしかして柳楽さんの行きつけですか?高級そうでしたから」

「は?いえいえ、友人と言うのは、そこで用心棒をしている男です。お客さんに付き合って行く事は度々ありますが、私自身は花街遊びはしませんよ」

「度々行くんですね」

 桜が難しい顔で黙ったので、柳楽が慌てたように言葉を重ねる。

「いや、商談ですよ。あそこまで高級な妓楼になると、大部屋を持っていて、大人数で酒を煽りながら商談するのに便利なんですよ。特に外部に漏らしたくない話の時は……」

「やめろ柳楽。花街遊びが見つかって妻に言い訳する男みたいになってるぞ」

 丁度琢磨の事を考えていたら、本人が背後に現れた。

 琢磨は桜に向き合うと、冷ややかな視線を投げた。

「お前が暖簾なぞに興味が?朱源郷の辺りまで?お前だけならまだしも、連れがいたのだろう?そいつは何を考えているんだ」

 桜は開き直る事にした。

「でも夢中になってたら行き着いてしまったんです」

 夢中になって夢の場所を探していたら行き着いた。嘘ではないので桜は自信を持って言い切った。

「お前が悪目立ちすると、柳楽や俺たちの行動が制限される事になる。俺達の計画を邪魔する気か?連れ立って歩いていた男は何者だ?お前の仲間や隊長は何を考えているんだ」

「隊長達が何か考えていたとしても、私は何も知りません」

 本当に知らないのだ。誰も桜に詳細を教えてくれていないから。しかしそのおかげで、こう言った場面で嘘をつかずに済む。

 しばらく桜を睨みつけた後、琢磨がその場を去ろうとする。

 その背に慌てて問いかけた。

「あの、琢磨様は、朱源郷の事を知っているという事は、行った事があると言う事ですか」

 桜はちょっとカマをかけるくらいの気持ちだった。

 しかしそれは大いに琢磨の癪に障ったようだった。

 琢磨は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。怒りと、蔑みと、嫌悪と、とにかく、あらゆる悪感情がその顔に浮かんでいた。

「俺が行くように見えるか?」

 いや、全く見えない。

「これだから馬鹿と話すのは嫌なんだ。もっとよく考えてから発言しろ。いや、二度と俺に話しかけるな」

 呪詛のように吐いて、その場を立ち去る。

(あなたこそ、よく考えて行動した方がいい)

 夢の通りなら、恨む相手を間違えている。仇を討つなら、間違いなくその剣は王に向けなければならないのだ。

「琢磨はこの街の地図は全て頭に入ってるんですよ」

「お前、人嫌いの琢磨様が花街に行くわけないだろう。それから、琢磨様は若旦那の客として来てるんだ、こちらから勝手に質問したりしてはいけない」

 柳楽が、ついで豪が、桜の頭を撫でて仕事場へと去っていく。

 琢磨の言い方に嘘は感じられなかった。

 しかし、夢で見たのは確かに昨晩のあの場所だった。その筈だ。

 桜は自問する。

(本当に?一度も行った事がない場所で、雛菊さんの暖簾の前で、あんな事ができる?)

 桜が間違えれば多くの人と柳楽が犠牲になる。

 しかし何も確信が持てず、焦燥感だけが募っていくのだった。

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