7 由羅にとっての天彾
隊長は由羅達に仕事を斡旋する体で、定期的に会っていたらしい。その日の夕方には、桜の部屋に全員を呼び出してくれた。
「桜、その人形はなんだ?」
笑いを堪えきれない顔で雷太が聞いてくる。
「私ももう人形で遊ぶ年じゃないって言ったのに、私のために作られたような物だって柳楽さんが…」
「たしかに…そっくりだな!」
そう言って笑いながら雷太が崩れ落ちた。
(は?)
桜は人形を持ち上げ、その顔を覗き込んだ。由羅も千寿も笑いを堪えているのがわかる。
「似てる?」
自分の顔の横に人形の顔を並べると、隊長まで吹き出した。
「ねえ、私今日は真剣な話がしたかったのに」
桜は口を尖らせたが、夢を見た直後の息苦しさは消えて、強張った気持ちが解れていた。
この面子で集まると、桜は肩の力が抜けるようだった。自分でも気づかないうちにホームシックになっていたのかもしれない。
「ああ、そうだったな。悪い。だが桜、そのこけしはお前が思っているよりずっと高価だ。とても平民に手が出せる代物じゃない。大事にしろよ」
隊長がふうっと息を整えながら言った。
桜は人形を丁寧に隣に正座させた。まるで円座に加わったかのようだ。
「そんな高価な物貰っても困るんだけどな」
「柳楽なりの詫びだろう。本当は巻き込みたくなかったのに桜に革命の話をして、軽率だったと反省したんだろう。革命が失敗して桜がこの街を出る事になった時、売れば路銀にもなる」
あの飄々とした柳楽からは想像もつかないが、もしかしたら藁にも縋る気持ちで桜に意見を求めたのかもしれない。
「革命とは、穏やかじゃないな。何があったか聞かせてくれ、桜」
そう言って雷太が人形に話しかけたので、桜は雷太の足をバシッと叩いた。
◆◇◆
「夢の話は置いておいて、琢磨というのはどういう男だ?」
雷太は桜の夢については話半分に聞いていた。革命の情報の方が余程重要なようだった。
「あれは相当頭が切れる。平民で初めて官吏の試験に受かったからな」
由羅達からほぉっと驚きとも感嘆ともとれる声が漏れる。
「今まで官吏になった平民はいないの?」
「いないな。そもそも試験を受けられない」
隊長の即答に桜は納得した。それなら市民の生活が良くなりようなどない。この世は全て貴族の思惑まみれだ。
「だが琢磨は国王主催の将棋大会で優勝して、その褒賞として試験を受ける権利を得た」
「そんな大会があるの?」
「王家主催の催しとして、将棋大会と剣術大会がある。どちらもいい成績を残せばかなりの褒賞が与えられる。琢磨は賞金の代わりに受験の権利を望み、聞き届けられた」
特殊な性癖を持った王様は、そういった俗な余興も楽しむのだと桜は意外な気持ちになった。
「その大会って、伝統的なもの?今の王様になってできたもの?」
隊長との会話に、千寿が割って入る。
「もう百年以上続く催しだ。もともと貴族のみの参加だった大会に平民が参加できるようになったのは、現王になってからだ。そのおかげで我々は国王軍に加わる事になったし、私なぞ優勝しただけでいきなり禁軍の大将だ」
平民に対して寛容さを持ち合わせ、大会優勝者をいきなり禁軍のトップに据える破天荒さがありながら、趣味は女性の鑑賞。
いったいどんな環境で育つとそんな人間が出来上がるのか桜は不思議だった。
「琢磨は、お城の内部から手引きするために官吏になったの?」
「そう言って柳楽に革命を決断させたらしい。自分が官吏になって内部の情報を得るようになれば、必ず成功すると」
少しの間、沈黙が降りる。各々何事か考えているように押し黙った。
「……桜の見た夢だが、あり得る事なのだろうか。内部から手引きするのであれば、勝機はあるかもしれない。柳楽を陥れるためだけに官吏になるなど……」
珍しく歯切れの悪い千寿。
桜は千寿の戸惑いが理解できた。
官吏になり、柳楽を唆し同志を集めさせ、最後にその同志を殺してお前の咎だと責め立て罪悪感で苦しめる。
個人へ復讐するためだけに、そんな大掛かりな事をするなんて正直信じられない。
「琢磨の性格なら、大いにあり得るだろう。だが、琢磨と会って桜はかなりの悪感情と不信感を抱いたはずだ。その感情が見せた夢だと言えない事もない」
「…そう言われると、そんな気がしてくる…」
桜は途端に自信が無くなる。指摘の通り、琢磨に悪感情を持っていたし、疑ってもいた。
「だが私としては、これまでの事もあるから桜の夢を無視できない。隊長、桜が夢で見たような場所に心当たりはないか?革命軍の集会所のような所は?」
「俺は革命に参加しないと言ってるから、詳しくは聞いていない。何かあった時は柳楽の妹を守って欲しいと言われているだけだ」
保養で双葉村にいると言っていた。きっと連座で巻き込まれるのを防ぐために、王都から出したのだろう。
「では街に出て桜の見た夢と同じ場所を探してみるか?複雑な刺繍の暖簾なら、そこそこの格の店だろう。それでいて平民が出入りできる区域……中通り辺りを見てみるのはどうだ?」
「悪いが俺は行かない」
千寿の提案を、雷太が即座に断った。
「桜の夢で見た通りの場所が本当にあったらどうするんだ」
(???)
まるで夢に見た場所が見つかったら不都合があるような言い方に、皆が不思議そうな顔で雷太を見る。
「琢磨の計画を潰す事が出来てめでたしめでたしじゃないの?」
「夢見なんて気味…曖昧なものに振り回されるのは俺はごめんだ」
(気味が悪いんだな)
皆が一斉に納得顔になった。
「私に夢見の力があるかどうかは別にして、百華の中にはいるんでしょ、そういった能力のある人が」
日本ではそんな人いたら確かに恐れられるかもしれないが、この国にはもともと存在していた筈だ。
「ああ、いる。実際見た事がある。俺が見たのは先見だけどな。確かに、いる」
まるでいたら都合が悪いかのように、雷太は暗い顔をしている。
「子供の頃に目の前で見た。全身白っぽくて、幽霊みたいな女の人が、急にこう、ぼうっと虚な顔になって、言うんだよ。『あなたは……』」
雷太が怪談でも語るような口調で話し出したので、桜は涼しい顔の由羅を見てイタズラ心が湧いてきた。
「『あなたは残念ながら、三ヶ月後に死にま…』」
さらに雷太が声を顰めたのに合わせて、
「わっ!」
桜は由羅に向かって大きな声を出した。
「………っ!」
次の瞬間。電光石火の速さで今までとは比べ物にならない威力のゲンコツが降ってきた。
雷太は声にならない声を堪えると、奥歯を噛みしめながら、地獄から聞こえるような声で言った。
「……くだらねぇ事してるんじゃねえ」
鬼のような形相の雷太を見て、桜は震え上がった。
「ごめ、ごめんなさい」
驚かせるつもりだった由羅は、口元を押さえて笑いを堪えている。
「予言通り、そいつは三ヶ月後に死んだ。だから俺は決めた、もうそんなおそ…、男らしくないものには一切関わらないと」
桜は深く反省した。何故雷太が今まで一度も桜の夢を信じてくれなかったのか理解した。
(先見や夢見はトラウマなんだな)
◆◇◆
この街は北部に王城、そこから真っ直ぐ南に向かって大通りが突き抜け、東西に店や家屋が碁盤目に並ぶ。
柳楽の店は西側にあるが、東側にも支店を出している。
少し大きな店になると、東西どちらにも店舗を構える事が多い。城下町が広大だからだ。
結局雷太は同行せず、千寿、由羅、隊長と共に東側を探索する事にした。
中心街から外れた辺りで、桜はあるものを見つけて足を止めた。
「見覚えがあるのか?」
隊長の問いに桜は頷く。
視線の先に、朱色の暖簾を下げた派手な建物があった。
「あの暖簾、模様は違うけど、あれと同じ色だった気がする」
その言葉に全員が息を飲んだので、桜は首を傾げた。
「あの暖簾に何かあるの?」
「あれは朱門と呼ばれる。あの色の暖簾がかかった建物に近づいてはならない」
千寿が険しい表情で言う。
「何があるの?」
暫く沈黙が流れる。
「あそこは恐ろしい場所だ」
「ごろつきの溜まり場?」
「いや、そんな可愛いものではない」
「悪い薬とか?賭博場?」
千寿につられて桜も神妙な声音になる。
「もっと悪いものが集まっている」
「もしかして、人身売買?」
千寿は首を振る。隊長も由羅も気まずそうに桜から目を逸らしている。
只事ではない雰囲気を察して、桜は千寿に詰め寄った。
「ちゃんと教えて。もう無茶しないって約束するから」
その時。
こちらの緊張感とは対照的に、一人の男がヒョコヒョコとだらしのない足取りで近づいてくると、締まりのない顔でひょいっと朱色の暖簾をくぐった。
(え?)
その瞬間、中から甲高い声が響く。
「やだー、かんちゃん久しぶりー」
「どうして今まで来てくれなかったのー」
「いやー、嫁さんがなかなか…」
桜は千寿を振り返る。
「え?」
「素性の知れない女の前で無防備になる、なんと恐ろしい場所…」
本当に恐ろしいものを見る目で暖簾を見つめている。
「あの暖簾をくぐると一人前の男と認められる。そのため、朱門などと呼ばれている。私は未だに、あの門をくぐる事はできない」
(門って、暖簾だけど)
何となく事態は察したが、念のため確認する。
「……あの朱色の暖簾は遊郭ということでいいんでしょうか」
千寿が厳かに頷き、桜の肩に手を乗せる。
「その通りだ。いいか、桜。中では桜の想像も及ばないような恐ろし事が行われている。桜はゆめゆめ近づくことがないように」
お父さん(仮)の熱血指導に桜は遠い目になる。千寿には言わないが、桜にだって想像は容易に及ぶ。
(朱色の暖簾は遊郭)
桜が夢で見たのは、確かに朱色の暖簾だった。そしてもっと複雑で豪華な刺繍だったので、かなり高級な店だったと思われる。
(そんな所で反乱分子が集まって集会などあり得るだろうか)
桜は急激に自分の予知夢に自信がなくなった。
◆◇◆
王都は広い。闇雲に歩き回って正解の場所に辿り着く確率など極めて低い。
隊長は途中でどこかへ行ってしまった。千寿も目立つので、戦士村の者達の潜む森へ帰って行った。
由羅と二人で遊郭街を歩いていると、二階の張り出した部分にしなだれ掛かった女の人が、次々に桜に声をかけた。
もちろん客引きではない。
「チビちゃん、こんな所にきたら誘拐されるわよ」
桜は自分の刀を叩いて見せた。
「大丈夫です。心配してくれてありがとう」
「坊やが来るにはまだ早いわよ」
「今日は朱門を通りに来たわけじゃないんです」
時には由羅に怒鳴る人もいた。
「ちょっとあんた!保護者がこんな所にガキ連れてくるんじゃないよ。非常識だろ!」
口調はキツイが、目は心配気に桜を見ていた。
「心配してくれてありがとう。お仕事頑張ってください」
過酷な状況に置かれた人ほど人情に溢れていると実感する。こんな場所でも桜を心配してくれる様子のお姉様達に、桜は誠意を込めて感謝を伝えた。
由羅は顎に手を当てて、そんな桜を観察するように見つめていた。
「桜の反応は普通の女性のそれではないと思うんだが。こういった雰囲気の場所に嫌悪感はないのか?」
「私の世界でもこういう場所はあったけど、ほとんどの人はただ収入を得る手段にしてただけだと思う。批判されたり蔑まれたりする場所じゃないよ。向こうではそんな考え普通だったし、私が特別なんじゃないよ」
桜の答えに、由羅はそうか、とだけ呟いた。
由羅とは育った環境が違っただけだ。桜はこの世界に影響を与えられるような特別な力を持っているわけではない。
「由羅、私別れ際に、由羅に嫌な言い方をしてしまった」
「俺もそれについてちゃんと話さないとと思っていた」
日が傾くに連れて、歓楽街は賑わいが増していく。あちこちで香が焚かれていて、霞んだ中に提灯の光が揺れる。
昼間とは別世界のようだった。
「以前、楽次さんに、桜が天彾だと思うかどうか聞かれたと言っただろ」
「うん」
「その時は『わからない』と答えた」
また沈黙が流れる。由羅との会話は言葉が途切れがちだが、桜はこのゆっくりした会話が嫌いではなかった。
「そもそも天彾が何かさえわからないのに、桜が天彾かどうかなんて答えられない」
「騒乱の世に安寧をもたらしてくれる存在でしょう?」
「俺はそうは思わない。旅華と同じ、単に遠くから来ただけの人じゃないかと思っている。旅華と違って記憶を無くしていない。そう言った人をまとめて天彾と呼ぶなら、桜もそうなんだろう」
そう言うと足を止めて、桜に向き直る。
「だが俺たちに必要なのは天彾じゃない。桜が語ったあの世界へ連れて行ってくれる、桜自身だ」
吸い寄せられるように、桜は由羅の目を見つめた。瞳に宿る真摯な光が、これが由羅の本心だと語っているようだった。
「天彾ではなく、桜が必要なんだ」
言いようのない感情が、桜の胸を締め付けた。嬉しいのに、痛い。グッと奥歯を噛み締めないと、涙が溢れそうだった。
桜は泣きそうになったのを誤魔化すために、由羅の手を取って歩くよう促した。
由羅の言葉が嬉しくてその事を伝えたかったのに、喉がつかえて言葉が出なかった。
変わりにギュッと握った桜の手を、由羅は何も言わず、優しく握り返してくれた。




