6 歪な信頼
桜は、日本では割と好かれる方だったと自負している。無害な人間だったので、あからさまに敵意を向けられる事はほとんどなかった。
しかしこの世界に来てからはどうだ。
「琢磨、私は桜さんに今回の計画を全て話そうと思っているんだ」
琢磨から桜へ、ブワッと殺気のようなものが放たれた。
「柳楽、能天気もたいがいにしろよ」
「もちろんよく考えたんだよ。独特の考えを持った子なんだ。私たちと違った視点で意見をくれるんじゃないかと思ってる」
柳楽が何を言い出すのか緊張で喉がカラカラだったが、お茶に手を伸ばすタイミングを見出せずにいた。
「私たちは革命軍の幹部なんです」
私は呉服屋の柳楽です、と同じノリで柳楽が言ったので、桜は一瞬内容が入ってこなかった。
「…え?革命軍…」
桜の呟きに、琢磨が舌打ちする。
呟いただけなのに。
「お前、革命軍が何を意味するかわかってるのか?事の重大さが理解できてるか?これだから阿保と話すのは嫌なんだ」
「上手くいくと思いますか?」
二人の温度差がありすぎて、桜はどんなテンションで答えていいのかわからなくなる。
この世は末期だ。市民が立ち上がり、封建制度の崩壊が始まるのは必然だ。
しかし。
「私には、答えられないです」
顔に渋面と書けそうなぐらい皺を深くして琢磨が桜を睨む。
「我々は総勢千人くらいでしょうか。どう思います?」
桜は言葉が出ない。
楽次から学んだ世情によると、最近力をつけてきた四国との小競り合いのために、国は大きな軍隊を所持している。
つまりは現役なのだ。
「もし、自分達の窮状を訴えるだけなら十分だと思いますが、王を倒して治世をひっくり返すつもりなら、全然無理だと思います」
琢磨が舌打ちする。
「嘆願書なら何度も出している。娘たちを返してくれ、警備を強化してくれ、最近は度重なる増税で生活が立ち行かないものが溢れていることも。否定するなら猿でも出来るんだよ。革命以外に手段があるなら、代案を出してみたらどうだ」
確かに琢磨の言う通りだった。 誰かのインタビューで、否定は発案の十分の一の労力でできると聞いた事がある。
案を出せない桜に何か意見を言う資格はない。
「でも革命は必要だと思いませんか?」
「それは、思います」
もちろん必要だ。桜はそうやって人々が多大な犠牲を払いながら権利を獲得してきた歴史を知っている。しかし歴史では知っているが、目の前の人が犠牲になるかもしれないと思うと、話は別だ。
「独裁者はいつか滅びます。今回の革命で、自分たちの理不尽な仕打ちには抗わなければいけないと思う人達が、この王都だけでなく全国に広がっていったら、いずれ王族は倒れます」
琢磨の怒りがさらに増す。
「俺達は現王を倒して秋斎様のように知恵と力と慈悲を併せ持つ王に立って頂きたいだけだ。そしていつかではなく、今回の戦いで決着をつけるつもりだ。わかってるのか?革命の失敗は大量の市民の死だ。次などない。想像力が足りてないんじゃないか?」
そう言われても、桜は無責任に大丈夫とは言えない。ちゃんと訓練を受けた千寿達の戦力をもってしても厳しいのが現実だ。
「王族が倒れるといいましたか?代変わりではなく、王族が無くなると思っているのですか?」
うまく説明出来ない。お酒が必要かもしれないと内心思う。
「長い時間はかかるかもしれませんが、人々の生活が向上して、一人一人の生きる力が強くなってきたら、身分のない、全ての人が平等に生きる権利を持った世の中になると思います。革命が成功した後どんな世の中にしたいのか考えないと、また悪い王様が出てきた時に苦しむことになります」
柳楽を見た。驚いてはいるが、いつも通り、こんな物騒な話をしているとは思えない表情だ。
琢磨を見た。言葉はなくとも表情だけでわかる。桜の事をアホだと思っている。
「…まるで未来を見てきたかのように言うんですね」
「これだからのほほんと暮らしてるやつは。今を生きるのが大変な者が未来を思い描けると思うのか」
琢磨が湯呑みに手をかけたので、桜も今だ、と急いで水を飲む。
「他の人は無理かもしれないけど、幹部の人は考えないといけないと思います」
「…馬鹿馬鹿しい。王族がいなくなるなど、そんな荒唐無稽な話誰が耳を貸すんだ。実現不可能な目標に誰が向かっていける?何故代替わりではいけない?お前は知らないと思うが、王族から除籍された優秀な王子がいるんだ。所詮は安全な位置から眺めているだけの、お気楽な奴が好き勝手言ってるだけだな」
ぐうの音も出ない桜を睨むと、柳楽に向き直る。
「おい柳楽、そもそもこの餓鬼に何故こんな大事な話をしたんだ」
全くだ。そこだけは琢磨に同意した。
「桜さんはいい子なんですよ。今の話も、驚いたでしょう?」
「お前が認めてるからって、俺がこいつを信用する理由にはならないだろうが。こいつとは初対面だ。なのに重要な話をべらべらと。もうこんな茶番は終わりだ」
そう言ってサッと立ち上がると、ドスドス歩きながら出て行った。
凍りついた部屋が常温に戻った。
桜は柳楽を見た。琢磨の殺気が消えて落ち着いてみれば、とんでもない話だったと改めて気づく。
革命がうまくいく確率は極めて低い。それは、柳楽の死を意味する。
「柳楽さん…」
不安げに見上げた桜の頭を、柳楽が優しく撫でる。
「琢磨は珍しくよく喋ってましたね」
気づかないふりをして、柳楽は何事もなかったように話す。
「珍しいんですか?」
「琢磨はね、もの凄く頭がいいんですよ。だから、相手の理解が遅いと苛々してしまうんです。頭の悪い相手とは話したくないって、いつからか雛菊以外との対話は面倒がるようになりました。そんなだからみんなに誤解されるんですけどね」
柳楽の言葉には、琢磨への友愛のようなものが滲んでいた。
「昔からの友達なんですか?」
「幼馴染なんです。でも私にも琢磨は理解できません」
そう言って自重気味に笑う。
「琢磨は自分の言葉より相手に少しでも分があると、反射的に言い返してしまうんですよ。そのために理詰めで相手を攻撃します。今日も桜さんに痛いところを突かれたから、それを全否定して自分を肯定したかったんですよ」
(ほんとにそれだけだろうか)
それほど頭がいいのなら、桜に指摘されるまでもなく、もっと先々の事を考えていても良いはずだ。それに、論破したというより、話し合う事を嫌がって強引に打ち切ったように見えた。
「…琢磨さんは信用できるんですか?」
「琢磨はああ言った難しい性格で、唯一の理解者と言えるのが雛菊だったんです。琢磨は私を信用してないかもしれませんが、雛菊を奪われた恨みは私と一緒です。いや、私以上かもしれません。だから裏切らないと言う点では信用しています」
先ほどの琢磨の言葉が蘇る。 ーお前が認めてるからって、おれが信用する理由にはならないー
雷太も似たような事を言っていた。
柳楽と琢磨の信頼の根幹は、友情ではない。共通の敵が存在するというところだけだった。
◆◇◆
派手な刺繍の施された、朱色の暖簾が目に入った。
その建物の前で、衛士に両腕を掴まれた柳楽が、髪を振り乱しながら琢磨に向かって叫んでいる。
「お前、裏切ったのか!」
対して琢磨は、なんの抑揚も感じさせない声音で返す。
「裏切ったのではない。最初から仲間ではなかった」
その返答に、柳楽が驚愕する。
「なん、だと…。なぜだ!雛菊を奪われた恨みを晴らすんじゃないのか!」
琢磨は冷ややかな目を柳楽に向けた。
「今、晴らしている」
柳楽は目を見開く。
「柳楽、お前の傲慢さと不注意が雛菊の命を奪ったんだ」
琢磨は柳楽に近づき、拘束された柳楽を見下ろした。
「俺は再三お前に忠告した。あの日も、三瓶と五郎の様子に注意しろと。なのに、お前は俺の忠告を無視して雛菊を一人にした。雛菊が襲われた時、お前は何をしてた?」
琢磨は柳楽の髪を掴み、その顔を自分に向けた。
「急病の赤の他人を治療院に連れて行っていただと?ふざけるな!お前が一番に守るべきは雛菊だった!俺が雛菊と婚約していれば、守り抜く事ができたんだ。なのにお前が!俺から雛菊を奪ったお前が!お前のせいで雛菊があんな目に…」
琢磨の顔が怒りに歪む。
「あの日からお前を殺したいと、ずっと思っていた。自分の失態で雛菊を失っておきながら被害者ぶって、俺はそんなお前が許せなかった」
「琢磨…」
「だが、ただお前を殺すだけでは雛菊も報われないだろう。だからお前の目の前で、今日集まった反乱軍の奴らを皆殺しにする事にした。お前が集めた者達だ。お前のせいで、無念を晴らすこともできずに訳のわからないまま今日ここで死ぬ。お前のせいでな!自分の罪深さを呪い、永劫苦しみ続ければいい!」
そう言って、琢磨が片手をあげて、周りの衛士に合図する。
「放て」
「やめろ、琢磨、やめてくれー!」
柳楽の悲鳴に近い叫びも虚しく、衛士達から建物に向かって火矢が放たれた。
「裏も塞いである。誰一人外に出る事はできない。中の人間どもは丸焼きだ」
「琢磨ーっ!」
絶望の叫びを上げる柳楽を、琢磨は満足げに見下ろしていた。
◆◇◆
汗ぐっしょりで桜は目覚めた。
(いまの、夢は…)
桜はブルリと身震いした。
(柳楽さんに伝えないと)
慌てて身支度し、襖に手をかける。そこではじめて、外がまだ薄暗いことに気づいた。
「おち、落ち着こう。何て説明するか考えないと」
夢の光景を思い出し、桜はギュッと目を瞑った。
◆◇◆
「妹のこけしなんですが、桜さん貰って貰えませんか?」
朝稽古が終わり試着部屋で挨拶をすると、何故か柳楽が人形を抱えていて、開口一番そう言われた。
意気込んで向かった桜だが、赤ん坊くらいの人形を抱えた青年の姿に毒気を抜かれた。
「これがこけしですか?」
なかば押し付けるように渡された人形をマジマジと見る。桜の知っているこけしと違って、全体的に丸くふっくらしていて、よりリアルに作られている。手触りも柔らかい。
「何故これを私に?」
「妹はもう人形で喜ぶ歳ではないので。保養で双葉村に向かったんですが、いい人がいたら譲って欲しいと言ってたんです」
「せっかくですが、こんな高価そうな物困っ…、頂けません。それに私も人形で遊ぶ年ではないので」
「でも見てください、桜さん」
言われて桜は人形を見る。柳楽の周りにいる護衛や店のスタッフもつられて人形を見た。
「まるで桜さんのために作られたようだと思いませんか?」
桜にはよくわからなかったが、他の人達があー、確かにと納得したように声を上げた。
断りづらい空気になって、桜はそのまま受け取った。
とても夢の話などできる雰囲気ではなかった。
◆◇◆
渡されたこけしを抱き抱えながら廊下を歩いていると、見知った人物に遭遇した。
「隊長、どうしてここに」
「おお、久しぶりだな。ちょうどお前の顔を覗きに行こうと思ってたところだ。ここでの暮らしはどうだ?」
隊長の気遣いに泣きたくなった。
ちょうど通りかかった柳楽も話に加わる。
「隊長、こんにちは。お二人は知り合いなんですね。隊長は妹の婚約者ですから、双葉村までの護衛の件で報告に来てくれたんでしょう」
「婚約者⁉︎」
隊長に似つかわしくない単語だったので、思わず聞き返した。
「若旦那、蘭は一葉村からうちのが引き継いで無事に双葉村に着いたそうだ」
「ありがとうございます。では報酬をお渡ししますね。もしこの後空いてたら桜さんを街に連れて行ってあげて貰えませんか?」
桜は驚いて柳楽を見上げた。
「でも護衛の仕事が…」
「今日は休暇日でいいです。今朝様子がおかしかったと豪さんから聞いてます。昨日の件で気に病ませていたなら、私のせいです」
「なんだ昨日の件って?」
「私達の事を話したんですよ」
隊長は一瞬呆れ顔をした後、フウッと息をつく。
「…随分桜の事を信頼してるんだな」
「とても賢いんで、意見を聞いてみたかったんです。でも思ったより負担だったようで、申し訳ない事をしました。ですからちょっと気晴らしさせてあげてください」
◆◇◆
宿屋の食堂で、隊長と対面して食事をとりつつ、夢の話をした。
「俄には信じがたいな」
「ですよね…」
「全く信じないと言うわけではない。お前の事は護衛をしながらずっと見てきたからな。それに、俺も琢磨には思うところがある。だが、お前の琢磨に対する悪感情がそういった夢を見せた可能性も否定できない」
確かにその可能性もある。桜は俄かに自信を失っていく。
「この件はお前には荷が重い。俺が預かろう。お前は琢磨への不信感を表に出さないよう気をつけろ。ヤツは頭が切れるから、疑っている事がばれると危険だ」
桜はホッと息をついた。一気に気持ちが軽くなった。
「隊長、ありがとうございます。私一人で抱えきれなくて、苦しくて…」
「柳楽に話さなくて正解だったな。ここからは俺の仕事だ。お前はこの件を由羅達にも伝えろ。そして忘れろ。いいな?」
忘れるのは無理だが、ここまで肩の荷を軽くできたなら十分だ。
「革命軍の事、勝手に由羅達に話していいと思いますか?」
「ああ、悪いようにはしないだろ。お互い相手の作戦の邪魔になったら駄目だからな。お前の口から説明した方がいいから、会えるように手配しよう」
(由羅に会うの久しぶりだな)
喧嘩別れのようになってしまった最後の日を思うと、胸がチクリと痛んだ。




