4 芽生えた心
しばらく歩くと、機織りや鍛冶屋、様々な道具を作る工房の並んだ通りに出た。
「こちらです」
柳楽に促されるまま、一軒の家の前に立つ。隣には刀鍛冶の工房があった。柳楽がドアを叩き、大きな声でよびかける。
「菊さん、柳楽です。お客さんですよ」
「はあい、若旦那」
元気な声と共に、勢いよく引き戸の扉が開かれる。
「あら、子供?どちらさんかしら」
愛想のいい女性は、桜を見て不思議そうな顔をした。
「知り合いではないんですか」
「あの、王都に来たらこちらを尋ねるよう千寿に言われて来ました」
「まぁ、あんたが千寿の手紙に書いてた子?千寿ったら書き間違えたのね。まぁいいわ、よく来たわね、いらっしゃい。若旦那もどうぞ」
そう言って、桜と柳楽は家に迎え入れられた。
「あなた、だいぶ汚れてるしくたびれた服着てるわね。着替え貸したげるから、お茶用意してる間に着替えてきなさい」
そう言って一旦奥に引っ込むと、何やら抱えていそいそと出てきた。
「ほら、娘が男装してた時のだから、あんたが着てもおかしくないよ。櫛も貸したげるからちょっと綺麗にしてきなさいな」
そう言って、服やら何やら桜に渡した。
「奥の部屋使っていいから、着替えといで」
言われるままに部屋を移動する。
手渡された服は薄緑のシャツに藍色っぽいズボンだった。
大急ぎで着替え、髪をとかす。驚くほど櫛が通らなかった。
櫛を折らないよう少しずつ丁寧にすくと、少し髪に艶が戻ったようだった。
今までずっと無造作に一つまとめにしてたが、おろしてみるとずいぶん伸びているのがわかる。
せっかく解いたので、ハーフアップにして結び直した。雷太は気付きもしないだろうが、由羅は褒めてくれるかもしれない。そう考えると、桜の胸がホワっと暖まった。
顔を拭くようにお湯と手拭いも用意してくれたので、ありがたく使わせてもらう。ずいぶん顔の血行が良くなった気がした。
「あの、着替え終わりました。お湯や、他にも色々とありがとうございます」
「あら、いいのよ。千寿の連れだも…、え?」
振り返った菊野の言葉が止まる。何故か柳楽も固まってこちらを見ていた。
「あの、おかしかったですか?私色々と常識がわからなくて」
桜は自分の服装をチェックしつつ聞いた。
「桜さん、君は、女の子だったのですかと」
丁寧に失礼な質問をされた。自分の性別が絶句するほど驚かれるなんてショックだった。
「はい、性別は女で、歳は十五です」
「「じゅうご…」」
気まずい沈黙流れたが、客商売の二人は話の立て直しも早かった。
「じゃあ千寿の手紙は合ってたのね。さっきの格好から想像も出来なかったけど、その服を着ると少し雛菊に似てるわね」
菊野はかなしげに呟く。
「本当に、雛菊みたいだ」
この感じには覚えがある。柳楽の雛菊を呼ぶ声に悲しみが籠る。きっともう、雛菊はいないのだ。
「私こうしちゃいられないわ。主人に報告しないと。千寿ったらいつ連れてくるか書いてないんだもの。何の準備もしてないわ」
「行ってください。戻るまで私が桜さんについてますから」
そう言って、柳楽は桜に椅子を勧めた。
柳楽が開けっぱなしの戸を閉めようとした時、そこに手が差し込まれ、押し留める。
「おお、これは柳屋の若旦那じゃないか」
どこか小馬鹿にした声が聞こえ、柳楽がハッとして顔を上げる。赤ら顔の二人の男が、押し留めた戸を開けて入ってくる。。
黒い上下の服に、胸当てと額当て、腰には剣を下げている。これが警ら隊の制服だと聞いた。
桜はこの男たちに見覚えがあった。桜に犬の真似をさせたあの二人だ。
「こんにちは。今日は見回りの日ですか」
柳楽がにこやかに答えながら、さりげなく男たちと桜の間に入った。
「おい、そこの女は誰だ。まだガキだが、なかなかの器量じゃねえか」
男が柳楽の肩を押し、桜の前に立った。
「この男とどんな関係だ?こいつは以前ここの娘と恋仲だった。この優男は自分の婚約者も守れない軟弱男だ。やめといた方がいい」
「女の末路を知ってるか?強姦されて、ボロボロの死体になって発見されたんだ」
「可愛くていい女だったよなぁ。いつかやってやりてえって思ってたんだよ」
二人はゲラゲラと笑う。
柳楽は笑顔を貼り付けたままだが、握った拳が震えているのに桜は気づいた。
「こんな優男に尽くしても、危ない時に守ってもらえないぜえ。俺たちにしといたらどうだ」
男が桜の肩に手を伸ばす。それに反応しそうになった柳楽を手で制して、桜は男達に言う。
「守ってもらう必要はありませんよ。自分で守れますから」
「ぎゃっははは、この細腕でか。なかなか面白いやつだな」
「門でも私の犬芸に大笑いでしたね」
片方の男がしばし間抜け顔になり、ハッとする。
「お前、まさかあの時の」
「はい、私は護衛なんで、自分の身を守れる程度には剣が使えます」
そう言って、着替えの際外した剣を掴んだ。
「一つ聞きたいのですが、もし襲われた時、自分の身を守るために相手を殺した場合、罪に問われますか?正当防衛が成立しますか?」
柳楽を真似て笑顔を貼り付けた。頭の芯は怒りを通り過ぎて逆に冴える。
桜の迫力に男達が気圧されていた。
「そ、そんなもん、平民が貴族を殺したら、理由はなんであろうと死刑だ」
「なるほど、じゃあ素早く、躊躇わずやって、すぐその場を離れる必要がありますね」
桜は剣を腰に差し直した。
「お、お前に人がやれるのか」
男の問いに、桜は目を閉じた。瞼の裏には、あの日玄道に襲われ、陽也の狛馬に助けられた光景が浮かぶ。
桜は目を開いて答える。
「はい、今度は必ず殺してみせます」
桜の迫力に押されて、男たちは後ずさる。
「お、おい、もう行くぞ」
そう言うと、そそくさと出て行った。
桜は、柳楽の手に触れそっと開く。血が滲んでいたので手拭いで傷口を拭いた。
「私は道中大切な友達を亡くしました。私はもっとできる事があったんじゃないかって、もっといい方法があったんじゃないかって自分を責めました」
柳楽は桜の言葉にじっと耳を傾けている。
「自分を責めないって、難しいですよね。人には怒りをぶつける相手を間違えるななんて言っておいて…。でも、考えちゃいますよね、こうしてたら良かったんじゃないかって、だって生きてて欲しかったんだもん」
柳楽の目から涙が一筋溢れた。
「毎日考えます。私の浅慮が彼女の命を奪ったんじゃないかと」
「でも自分を責めている間に、本当の仇を見失ったらいけないと思います。今のこの国の法律で裁けなくても、きちんと報いは受けて貰います」
柳楽は頷くと、力無く微笑んだ。
「お茶でも淹れますね」
「ふふっ、菊野さんいない間に勝手していいんですか」
よく考えれば、自分の家に他人だけ残して行ってしまった。
「大丈夫です。私にとっても実家のようなものですから」
そう言って、慣れた手つきでお茶を淹れ、茶菓子を出してくれた。
「あなたと連れの方の関係を聞いても?千寿と言うのは、禁軍の将軍ですよね」
桜は石繰村から今日に至るまでの経緯をかいつまんで話した。
「それはちょっと、言葉に出来ないくらい大変でしたね」
「はい、最初は本当に戸惑ったし、落ち込みました。特に雷太が怖くて怖くて…」
突然バンッと引き戸が開き鬼の形相の雷太が現れた。
「さくらーっ!」
「ぎゃー!」
突然の雷太の乱入に、桜は悲鳴を上げてひっくり返った。
「お前、あんだけ言ってたのに、何逸れてんだよ!」
少し遅れて由羅も駆け込んで来た。珍しく息切れしている。心配かけたようだ。
「俺たちが必死で探し回ってる間、お前は女装して呑気にお茶会か。随分楽しそうだな。なぁ、由羅」
「…そうだな」
ーそうだなー
由羅の冷たい反応に桜はショックを受けた。浮かれていた自分が恥ずかしくなり、桜は髪紐を解いて一つに結び直した。
「それはあんまりでしょう。はぐれてとても不安そうでしたよ。こんなに小さいんです。あなた達も配慮が必要だったのでは」
「そうだよ、私全然前見えなかったし。人に押されて窒素しそうでちょっと怖かったよ。私がいない事にいつ気付いたの?」
雷太と由羅はチラッと視線を交わす。
「城の手前あたりだな」
雷太が幾分トーンダウンして答えた。
はぐれてから相当経っている。のんびりお茶をしていても許されるのではないかと思えた。
「薄情者」
「ずっと服を掴まれてたからついて来てると思ってたんだ。でもいつのまにか小さな子供に入れ替わってた」
聞けば、自分の親と間違えて由羅の服を小さな子がずっと掴んでたようだ。父親でない事に気づいた子供は大声で泣き叫び、由羅達は親を探す羽目になったようだ。
「こんな尋常じゃない人混みに子供を連れてくるなんて」
桜の世界のように整備してくれる人なんていないのだ。
「今日の天彾様の披露目は急遽決まった事なんです。税の取り立てや法の改悪以外の発表だったんでただでさえ驚きなのに、その内容が天彾の披露目なんて、皆寝耳に水ですよ。街中大混乱です」
発表されたばかりで、みなその真意を図りかねているのだ。
「天彾様ってどんな人なんでしょうか」
聞きながら、由羅の顔色を窺ってしまう。柳楽の話に驚いた様子が無かったので、天彾が現れた事は知っているのだろう。
「もの凄く美人だそうですよ。出来すぎていると思いませんか」
どうも柳楽の言い方は皮肉を含んでいるように聞こえる。しかし国王が認定したのなら本物だろう。
桜は自分のことを天彾だと思っていた由羅の心情が気になった。
「そういえば、桜さんウチに居候しませんか。菊さん達は今大変な時期なんで、桜さんの世話にあまり手が回らないかも知れません」
桜は突然の誘いに驚いた。最近どうもよく引き抜きされる。
「俺たちからしたらあんたの事を信用できるほどの理由がない。桜を助けてくれた事には感謝しているが、そこまでしてもらう義理はない」
雷太のあんまりな言い方に、桜はムッとして言い返す。
「柳楽さんは柳家って言う呉服屋の若旦那さんで、凄くいい人だよ。それに、千寿が私の預け先に決めた菊野さんの友達だよ」
「こっちの気も知らないで。…なら好きにしたらいい。簡単に絆されやがって。自分が信頼してる人が信じてる人物だから安心していいなんて理屈が通るなら、裏切りなんて起こらない。なあ由羅」
「そうだな」
いつになく不機嫌さを露わにした由羅が、また雷太に同意する。
桜は言いようのない不快な気持ちが込み上げた。
(私が天彾じゃないとわかったから、もう…)
身綺麗にしても、髪型が変わっても、気づきもしない。涙が溢れそうになり、桜は口をギュッと引き結ぶ。
柳楽が気遣わしげに桜を見て口を開きかけた時、菊野が帰ってきた。
「お待たせー。あら、どなたかしら?何かあったの?」
「お二人は千寿さんの仲間で、桜さんをここまで案内してくれる筈だった人達です」
菊野さんは、
「そう、千寿の」
とあっさり納得してくれた。
「菊野さん、お願いがあります」
この場を離れたかった桜はそう言って、菊野の袖を引いた。何となく気まずい雰囲気を察してくれた菊野は、桜と連れ立って部屋を出てくれた。
それを見届けて、柳楽が口を開く。
「さっきのはないんじゃないですか?そもそもあなた方はどうやってここに辿り着いたんです?私があちこちに言伝を頼んだから桜さんの居場所がわかったんじゃないですか?絆されたんじゃなく、私の行動を見た上での発言だったと思いますよ」
諭すような柳楽の口調に、雷太は口をへの字に曲げ、由羅は気まずそうに目を逸らした。
「確かに、あなたのおかげだ」
俯き、由羅が答えた。
「桜は少し常識に疎い。またなにか危ない事に首を突っ込んでるんじゃないかと気が気じゃなかった。それなのに、呑気にお茶なんかしてたから」
言って、頭を下げた。
「恩人に対して、失礼な態度をとった。申し訳ありません」
「…確かに、少し危なげな所がありますね」
顎に手を当て呟く柳楽に、雷太は眉間の皺を深くした。
「…何かやらかしたのか?」
「先ほど警邏の者に絡まれて、桜さんが言い返した言葉が、少し気になります。人が切れるのかと問われて、今度は殺してみせると啖呵を切っていました。恐らく…、私のために怒ってくれたのだとは思いますけど」
最後は苦笑じりに付け加えた。
「くそ、また余計な事を。あいつは以前、落土の子供を庇って丈罰を受けた事がある」
柳楽は軽く目を見張る。
「なるほど、それが桜さんの性分なんですね」
「そうだ。馬鹿では無いが、危機意識が足りない」
「なら尚更、私の家で預かった方がいい。そうですね、屋敷の警護として雇いましょう。女性しか入れない場所で客の護衛をしてくれると助かります。代わりに危険人物の見分け方、身分の高い者への対処、話の通じない相手のあしらい方、それらをお教えします。衣食住の保証と、もちろん給金も払いますよ?」
「そんな事してあんたに何の得があるんだ。柳屋と言ったら、貴族相手の高級店だろうが」
雷太がまだ半信半疑の様子で言った。
「女性の護衛はとても少ないんです。店内の支着部屋など実際は危険など無いのですが、護衛を置かなければならない場所があります。桜さんのように華奢で相手に威圧感を与えない護衛なんてまずいません。ウチも客商売ですから、大いに助かります」
「引き受けます。雇ってください」
戸口に現れた桜を見て、皆言葉を無くす。
「髪を、切ったのか」
由羅は立ち上がり、桜の髪に触れた。肩より上で切り揃えられ、さらに性別が迷走している。
桜は髪を結って少しでも可愛く見せようと思った自分を消してしまいたかった。
「がっかりだったね、私が天彾じゃなくて」
「え?」
「もう、優しくする気も失せたでしょう?」
自分でも嫌な言い方だとわかっているのに、止められない。
「そんな訳ないだろう。それに、まだ本物と決まったわけじゃない」
「本物って何?由羅だって、天彾は特別な力の無い、普通の女の子だって言ってたでしょう?特別な力を示さなくても民衆が支持して認めた人が天彾って事じゃないの?」
何か言いかけた由羅を遮り柳楽に向き直り、桜は頭を下げて言った。
「柳楽さん、何から何まですみません。お世話になります」




