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二つの世界を守る星  作者: maco
第二章 宣戦布告
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1 桜の進む道

 桜は呆然と、眼前の巨大な門を見上げた。

「大きいだろ」

 由羅がポカンと口を開けた桜に笑いかけた。

「うん、すごい」

 家くらいの大きな門と、その周りにそびえ立つ数キロにも及ぶであろう城壁。

 由羅によると、この城壁は都市全体を囲っているらしい。

 この時代にこれほどの物を生み出すためにかかった時間と労力を考えると、眩暈がしそうだった。それを強いる力が、この国の王族にはあるのだと痛感する。

(陽也と一緒に見たかったな)

 陽也はこの城壁を見て、何を思っただろう。

 そう言えば、陽也と王都に着いた後の話をしたことがない。陽也があまり未来について語っていなかった事に、今更気づく。

「月の弓と書いて、月弓(げっきゅう)城と言う」

 桜の頭上から由羅の声が降る。悲しみに沈みかける桜を、その声がいつも引き上げてくれる。

「月の弓?三日月が由来なの?意外だね」

 厳つい城壁に思いがけず風流な名前だった。

「『月をも射落とす事の出来る城』の意だ」

 桜は一気に興醒めした。半眼で城壁を見上げながら呟く。

「すごく傲慢で不遜な名前だね、あいた!」

 桜の呟きに、すかさず雷太のゲンコツが落ちる。

「不敬で不遜なのはお前だ!どこで誰が聞いてるかわからねえんだ!足元掬われるような発言はするんじゃねぇ!」

 桜は頭をさすりながら恨めしそうに雷太を見上げた。だが雷太の言う通りなので何も言い返せない。

「おい、それ以上小さくなったらどうするんだ。お前達にとって厄介なら俺が引きたとっても良いんだぞ」

 隊長が話しかながら、辺りを見回す。その様子に、桜はピンときた。

「千寿はいないよ。もっと暗くなってから門を潜る予定だから」

 いつか巳霧が言った通り、千寿は表向き休暇中の、実際は行方不明の禁軍の大将という、不思議な二つ名を持っている。つまり超有名人だ。テレビもスマホもないこの時代でも、さすがに王都で堂々と顔を晒すのは危険だ。

「そうか。話があったんだが、じゃあお前達にするか」

 がっかりしたような、安堵したような顔で再び雷太に向き直った。

「雷太、真剣な話、桜をウチに預けないか?」

 まさかの再度の引き抜きに、桜は目を見開く。

 雷太の返答が気になって、思わず睨みつけるよう凝視してしまう。

「そんなにこれが必要か?こいつは以前落土のガキを庇って看守から丈罰を食らってる。どうやら身分も争いもない所で暮らしてたらしくて、危機感が低い。動く危険物だぞ」

 雷太の言葉に桜と隊長は眉を顰めた。あんまりな言いようだが、隊長が気になったのはそこではないようだ。

「身分も争いもない所なんてあるのか?」

「こいつが言ってるだけで、本当のところはわからないがな。だがこいつは身分に頓着もしなければ、王族を恐れる様子も全く見せない」

 隊長は訝しげに桜に聞いた。

「お前、どこから来たんだ?」

「…、わからないんです」

「旅華なのか?」

「りょか?」

 そう言えば、道中にも隊長の口からその言葉を聞いた事を思い出した。

「りょかって何ですか?」

「旅華ってのは、記憶を無くして流れ着いた旅人の事を言うんだ。自分が誰でどこから来たのかなどほとんど記憶を失っているが、特殊な知識や技術で村を繁栄させてくれる事が多い。だから普通の旅人と区別して呼んでいる」

「前に言ってた、隊長のお母さんも?」

「ウチの母は確かに旅華だが、そんな大層な存在ではなかったな。だが母が作るぬいぐるみはゲン担ぎとしてよく売れた。母上もあまり身分に頓着しない、少し浮世離れした人だった」

 身分に頓着せず、桜が知ってるキャラクターに似たぬいぐるみを作り出す、ある日突然流れ着いた人。

 それは、桜と同じ運命を辿ってきた人ではないのか。

「あ、あの、隊長のお母さんに会う事はできませんか?」

「母はもう生きてはいない」

「そう、ですか…」

 隊長の家には後妻がいると言っていた事を思い出した。

 桜は由羅の顔をチラリと見た。どうして今まで旅華の話が出なかったのか。

「桜は旅華ではない。記憶も失っていなかったし、どちらかと言えば色々な事を知り過ぎていたからな。それよりは…」

「それよりは?」

「…もっと別の何かではないかと思っている」

 まるで未確認生物みたいだ。せめて何かに分類して欲しかった。

「まあ、旅華かどうかはどうでもいいが、桜はお前達が思うよりずっと使いでがある」

 桜にとっては全然どうでも良くないが、旅華かどうかについての審議は終わってしまった。

「何に利用するつもりだ」

 由羅が語気を強めた。

「男が立ち入れない場所での護衛に使いたい。お前達が桜をどう評しているか知らないが、剣の腕は充分達者だ。野営の不自由な生活に泣き言も言わず、稽古の様子を見る限り体力もなかなかのもんだ」

「それは俺たちにとっても同じだ。護衛対象が女だったら、桜がいた方が何かと話が早い。それに桜は女の足で山道もよく歩く」

 由羅の評価が高かった事に驚く。

「だが、護衛は誰かを守ってこそだ。お前達のように尋常じゃない強さの者の後ろにいては、成長出来ない。それに俺はこの王都で桜に仕事を与えてやれる。ずっと護衛は、さすがに女の身では難しいだろう」

 隊長の指摘に、由羅も雷太も黙る。一緒に戦い抜く覚悟でここまで来たのに、説得させられかけている二人にヤキモキする。

 自分の口で反論しようとした桜の周りに、フワリと花のような香りが漂った。

「ねぇ、隊長抜け駆けなんてずるいわ。桜ちゃんは私達が勧誘してるんだから」

 隊長の腕にするりと腕を回し、明花お姉様が輪に加わった。

「こいつが旅芸人で何の役に立つんだ?」

 雷太が虫を見るような目をして聞き返す。

 こんな美人にこんな表情を作れるなら、女嫌いも筋金入りだとある意味尊敬した。

「これだから見る目のない男って」

 桜が同じ台詞を言っても、ここまで毒を込められない。明花は目線の高い人を見下すという、絶妙な角度で雷太を睨む。

「決して楽ではないけれど、あなた達といるよりきっと楽しい旅になるわ。私達なら男装だって得意だもの。女の子である事を誤魔化すためにあんな汚れまみれの酷い有様になんてしないわ」

 特段女である事を誤魔化そうとした訳ではない。桜も含めて、みな身だしなみに無頓着だっただけだ。そんなに酷い有様だったのか。

 ただただ汚かっただけの服装が、今は小汚い風の旅装に変わっている。全てはお姉様達のおかげだ。それ以外にも、女性ならではの目線で旅路に必要な物をたくさん用意してくれた。何も持たない桜を憐れみ雷太達を叱ってくれたが、必要性を感じていなかった桜にも責任がある気がする。

「お断りだ。ただ芸を披露すればいいだけじゃねえ。お偉いさんの夜の相手が楽しいわけがないだろうが。それに、芸人は自分が商品だろう。あいにく桜にその手の価値は、ない」

 雷太に女性としての価値がわかるのか甚だ疑問だ。しかしキッパリ断ったので、お姉様と雷太が睨み合う。

 険悪な雰囲気に慌てて、桜が話題を変えた。

「そういえば、輝炎団の皆さんすごくお綺麗ですが、王都に入って役人に目をつけられたりしないんですか?」

 もちろんお世辞ではない。今まで国王に献上されなかったのが不思議だった。

「ああ、私達はみんな指を落とすか肌を焼くかしてるから」

 ー指を落とすか肌を焼くー

 意味がわからず何かの業界用語かと首を傾げる桜に、明花は自分の小指を見せた。反対の手で小指を掴むと、スポッと抜けた。

「えっ…?」

 そんな衝撃的なことが起こる雰囲気ではなかったので、突然の出来事に桜は言葉を失った。

 小指が、抜けた。

「…義指?」

「そうよ。普段芸を見せるのに、嫌な気持ちになる人がいるからね」

「指を落としたって…自分で?」

 声が震える。

「そう、自分で落としたの。国王に献上されるのは、完全に美しい人だけ。欠けや汚れは許されないのよ」

 明花の言葉が頭を素通りしそうになる。それほど、桜には理解できない常識だ。

 いつの間にか輪に加わっていた桜花は襟元をグッと引っ張った。手のひらより大きな火傷の痕が鎖骨あたりに広がっている。

「自分で焼いたの。普段は化粧で隠してるけどね。桜ちゃんも今は男装でいけるけど、あと数年もすればきっと誤魔化せないくらい美しく成長するわ」

 何でもない事のように話す明花と桜花に言葉を失う。そのままの意味で、指を落とし、肌を焼いたのだ。

「私は、手と足に怪我の痕があるんです。背中に丈罰の痕もあります。だから、大丈夫です。でも…」

(意図してつけた傷ではない) 

 それを言ってしまうと、自ら体に傷を刻んだお姉様達を否定するようで、桜は言葉を飲み込んだ。

「丈罰…、それは辛かったわね」

 明花が桜の頬にそっと触れた。意識してみれば、確かに小指だけが冷たかった。

 桜は指を無くす恐怖を知っている。錯乱して卓を叩き割るくらいの恐ろしさだ。

「私達も、これで絶対に大丈夫かどうかはわからないの。最初にやり始めたのが、今は隻眼の佳蝶(かちょう)と呼ばれるようになった、この国一番の歌姫なの」

「隻眼、片目がみえないと言う事ですか」

「見えないかどうかはわからないけど、目に大きな傷を自分でつけて、それで献上を逃れたって噂が流れたの。いつも片目を隠すように布で覆っているけど、それが権力に屈しなかった気高さを表しているようで、とっても強く美しく見えたの。桃花なんて真似してたもんね」

 桃花は、ちょっと口を尖らせる。

「だって可愛かったんだもん。みんなやってたじゃない。それにちょうど傷が隠れて良かったのよ」

 そう言って、髪をかき上げる。こめかみの辺りに酷い傷痕があった。

「私は自分でつけたんじゃないの。暴漢に襲われた時に酷い目に遭って、これ以外にもたくさん傷が残ったわ。警戒するのは献上される事だけじゃない。王都の治安は崩壊してるから、あなたも気をつけて」

 桜は胸がつかえたように苦しくなった。

 国王は、わかっているのか。自分に良い顔をする能力のない臣下ばかりを集め、政を蔑ろにし、帳尻を合わせるように弱者に皺寄せがくる。そして寄せきれず、綻ぶ。

 この国は、きっと近い未来破綻する。

「痛かったでしょう?すごく」

 桜の知る医療がこの世界で当たり前に受けられるとは到底思えない。きっと、痛みに何日も苦しんだ筈だ。感染症の危険だってある。

「でも、私達は囚われる恐怖から逃れられたわ」

 清々しく言い放つ明花に、桜は歯がゆい思いだった。そんな恐怖が存在する事こそが、この世界のおかしなところなのに。

「桜ちゃんも一緒に行かない?きっとあなたがいると楽しいわ」

「悪いが、桜は俺たちの仲間だ。隊長のもとにも劇団にもやる気はない」

 由羅がハッキリと言ってくれたので、桜は胸を撫で下ろした。

「でもそっちは茨の道でしょう?」

 言い募る明花の言葉に、かつて桜を明史に売り渡そうとした千代の姿が重なった。言葉は優しいが、桜を強く引き留める。しかし明花の声音には、千代とは違い優しさと気遣いの響きがあった。

「明花、ハッキリ言ってやりなよ」

 それまで静観していた月花が、由羅に強い視線を向ける。

「あんた達の強さが普通の護衛程度ではあり得ないってみんなわかってるんだよ。もちろん干渉する気はないし、王都で何する気だって構わない。でもそれにこんな小さな女の子を利用しようとしてるなら、大切な友達亡くしたこの子の悲しみにつけ込んでるなら、見過ごせないって言ってるんだよ」

 お姉様達と隊長が、じっと桜を見つめている。

(ああ、みんな私達が何をしようとしてるのかわかってるんだ)

 抑圧され生きる中でも、他人を案じる気持ちを失わない彼女達に胸が熱くなる。

「ありがとう。心配しなくても大丈夫です。私と由羅達の目的は、行き先は同じですから」

 桜こそが、誰よりも強く、この世界を何とかしたいと思っているのだから。

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