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二つの世界を守る星  作者: maco
第一章 もう一つの世界
23/26

23 護衛と護徒証録

「俺が今回の護衛の隊長だ」

 それほど大柄ではなく、強そうでも怖そうでもなく、でも弱そうではない至って平凡な風貌の男が言った。年齢は、千寿と同じくらいだろうか。

 集会場に集まった護衛は二十人ほど。卓がいくつか置かれているが、誰も座らずみな姿勢を正して隊長の話を聞いている。

「先に見せて貰った証録と狛馬の数から、先頭は雷太班に任せる事にする。何かあれば一番頑張ってもらう事になるが、その分給金は上乗せさせて貰う」

 ーショウロクー

 桜は記憶を探る。あの盗賊が欲しいと言っていたものだ。

「楽次さん、ショウロクって何ですか?」

 隣の楽次に聞くと、意外そうな顔をされた。

「桜さん、見せて貰った事ないんですか?護衛した人達から貰う紋をおさめた物ですよ」

「?見た事ないと思います」

「証録、正式には護徒証録(ごとしょうろく)と言います。護衛を完遂した証明として、その時の金額を記載し(もん)を押してもらいます。高位の方の紋であったり大きな金額が支払われていたら、次の護衛の交渉に有利になります。あ、いま証録を見せ合っているみたいですよ」

 楽次に促され、ガヤガヤと集まり出した集団に桜も近づいた。

「驚いたな、こんな証録初めて見た」

「貴族に大商人ばっかじゃねーか」

 紙が綴じ紐で綴じられた物を卓の上に出し合って見比べていた。それを見て、紋と言うのは判子のような物だと理解した。つまり証録はスタンプ帳だ。

 みんなの反応を見るに、雷太達の証録は凄いらしい。

「どうやって貴族とかがわかるんですか?」

 紋の良し悪しがわからず、楽次に聞く。

「高位の方は金額の横に階位や名前を記載してくれる事が多いんです。それにお金持ちや高位の方は紋も複雑で精巧です。一目で唯の平民でないとわかります」

 言われてみれば、模様が細かい物がある。

「見ての通り、この班が一番の実力者だ」

 そう言って隊長が雷太達に向き合う。

「だが、護衛中は皆対等だ。余計な事に煩わされる事がないよう、仲間は全員敬称無しだ。雷太、連れがいるようだが、言うまでもないが護衛対象最優先だ。その子供達が危ない目に遭っても、そちらに戦力を割くことはできない。みんな剣をぶら下げてるが、自衛は出来るんだな」

 隊長が桜達に目を向ける。内容は厳しいが、口調には心配する心情が伺える。

「こちらの事は気にしないでくれ。何かあっても自分達で対処する」

「ならいい。正直、うちとあんた達のところ以外は一段か二段落ちる。だが為人を重視した結果だ、やむを得ない」

 隊長の失礼な発言にハラハラしたが、怒り出す者は一人もいなかった。

 桜は護衛を名乗る者にいい印象がない。大抵宿の食堂にはその手の手合いが数組いるが、店員に絡んだり恫喝まがいの事をしたり、とても護衛など依頼する気になれない。

 しかし、この隊長とその部下十名、そして他数組の護衛はみな礼儀正しかった。

「いや、盗賊と護衛仲間両方を警戒するような事態にならなくて助かる。まともな護衛をよくこれだけ集めたもんだ」

 珍しく雷太が他人を褒めている。

「この劇団はかなりの頻度で盗賊に狙われている。毎回護衛集めに難儀するんだ」

 真面目でどこか苦労性に見える男は、ため息をつきながら言った。それだけ襲われるのに毎回守り抜いて来たのだ。

 隊長は今回の道程をキチンと書類にしたため、警護の全貌を説明している。

「一葉村まで五日、そこで十日間の興行を終えて王都に入る。護衛を続けてくれる者は王都までさらに5日、同行を頼む。まぁこんな感じだ。何か質問があるか?」

 桜はふと思いついて聞いてみた。

「隊長の名前を教えてください」

 すると人の良さげなその男は怪訝な顔で桜を見た。

「何でだよ」

「ナンデさん。どんな字を書くんですか?」

「いや名前が『なんで』なんじゃねーよ。名前を知りたい理由を聞いてるんだ」

「日記に書こうと思って」

 桜は由羅に言われた通り、日記を書く事にした。

 楽次に紙を数枚貰ったので、出会った人達の名前を忘れないよう記録しておこうと思ったのだ。だが、

「教える気はねえ。そしてもう二度と聞いてくるな。他に質問がないならこれで終わりだ。明日朝村の門前に集合だ。以上」

 そう言うと、隊長はさっさと行ってしまった。

 その様子に、残された者達は唖然とした。

「何だ今の」

「あんた隊長の部下だろう?何故名前を隠すんだ」

「さあ、理由は知らないが、俺たちも名前は教えてもらえないんだ」

「逆に気になるな」

「もうなんでさんでいいんじゃないか?なんで隊長」

 残された護衛達も、ざわつきながら集会場を後にした。

 ◆◇◆

 あまりにも華やかな一行に、桜はやや気後れした。

「やだ、今回の護衛は色男揃いじゃない。腕っぷしも良さそうね。隊長いい仕事したわね」

 髪を複雑に結いあげ、後れ毛をおしゃれに垂らした女の人が言った。

(これが明花さん。明るく綺麗な人)

「私あの目つきの悪い子がいいわ。手懐けたくなっちゃう」

 長い髪を片側に流し、垂れ目の目尻に泣きぼくろのある女の人が言った。

(こっちが桜花さん。優しげで綺麗な人)

「私はあの穏やかな雰囲気の色男がいいわ。あんな子に情熱的に迫られたいわ」

 前髪を眉のあたりで切り揃えた、黒髪ロングのややきつめの目をした女の人が言った。

(月花さん。知的な美人さん)

「私は一番大きなあの渋い人がいいわ。どんなわがままでも許してくれそうだもの」

 少し小柄で、可憐な容姿の女の人が言った。

(桃花さん。可愛い人)

「でもやっぱり隊長が一番ね」

 明花さんが通りかかった隊長に向かってウィンクしながら言った。

 直前に仕入れた食料や道具をまとめながら、きゃっきゃと騒ぐ四人のお姉様方の会話を、桜は数歩下がって聞いていた。

「チビちゃん達は護衛の卵かしら?」

 一つ荷物をまとめ終えた明花が、顔を上げて桜と陽也を見た。二人は顔を見合わせた。

「僕達の事ですか?」

「そうよ、あなた達。お仲間の大男達と違って、こっちはずいぶん可愛らしいわね」

 妖艶な笑みを向けられる。

「私も陽也も剣の訓練中で、今回の護衛からは外れています」

 桜花が陽也をじっと見つめ、不安そうな顔をした。

「あなた百華でしょう?こんなところにいて大丈夫なの?」

「あの、陽也は色々事情があって、一緒に旅する事になったんです」

 お役目を放棄してきたと思われるのは心外だったので、桜は慌てた。

「…そう、まぁそうね。お互い詮索は野暮ね。ごめんなさい」

 桜花はそう言うと、それ以上追求する事はなかった。

「あっ、阿形、こっちの荷物馬車に運んで」

 明花に呼ばれたスラリとした男が無言で荷物を運んでいく。

「阿形ももうちょっとだけ愛想があれば男前に昇格なんだけど」

 桜花が頬に手を添えて呟く。

「あれはあれでいい味出してるわよ。客受けはいいし」

「明花、あんた本当に節操ないわね」

「だってあの投擲の腕前、凄いじゃない。弓もナイフも、一投も外さない。寡黙だけど出来る男、悪くないわ」

 お姉様達の会話は尽きない。しかし手は物凄い速さで荷造りをしていく。

「じゃあ運びましょうか。阿形ったらまだまだ荷物あるのに戻ってこないじゃない」

 明花が可愛らしく口を尖らす。

「手伝います」

 思わずそう申し出て、桜は手近な荷物を抱えた。

 馬車に近づくと、男の怒鳴り声がした。阿形が、数人の男に囲まれている。

「お前、新人のくせに態度がデカいんだよ!」

 一人の男が阿形の胸ぐらを掴んだ。

「あいつらまたやってる」

 明花が呆れ顔で呟く。

「あんたが阿形を構うのが気に入らないのよ」

 月花は興味なさそうに言うと、荷物を積むとさっさと立ち去った。

「あの、助けなくていいんですか?」

 桜はオロオロして聞いたが、みな慣れているのか気にせず荷物を積んでいる。

「阿形ね、この村から合流したの。自分で志願してきてね。腕がいいから団長にもすぐ気に入られたんだけど、それをよく思わない奴がいるのよ。ほんとしょーもない」

 やれやれと言った感じで明花もその場を立ち去る。。

「さくら、危ないから、出たらダメだよ」

 今にも首をつっこみそうな桜に陽也が釘を刺す。

 男達に口々に罵られても、阿形は一言も返さない。どこか他人事のように周りの男達をぼんやり見ていた。

「俺はわかる、お前はカタギじゃねえ。あの投擲の腕はどうやって磨いた?何人殺ってきたんだ?」

 その言葉に、阿形の瞳に光が宿る。本能的に、桜は声をかけていた。

「あの、この荷物はこちらの馬車でいいんですか?」

 全員が桜を見た。

 阿形が近づいてきて桜の荷物を無言で受け取り馬車に運んだ。

「けっ、逃げる口実ができてよかったな。おい、行くぞ」

 去っていく男達を見送りながら、桜はポツンと呟く。

「命広いしたのは向こうなのに」

 阿形は少し首を傾げ桜を見た。

「今あの人達に何かしようとしたでしょう?」

 阿形は目を見開いて桜をまじまじと見た。

「どう見ても、あなたの方が強いもん」

 阿形はフッと笑うと、人差し指を口に当てた。秘密という事か。

「阿形さんは、その、言葉が…」

 陽也が遠慮がちに聞くと、阿形は首に巻いていた布を下げ首元を見せた。かなり大きな傷がある。

 陽也と桜の表情が曇ったのを見て、阿形は手近の木の棒を拾って地面に文字を書いた。

 桜はまだこの世界の文字が正確に読めない。漢字なので何となくわかる部分もあるが、知らない漢字も多いし、文章となると意味がつかめない。

「ふふっ、そうかもしれない」

 読んだ陽也が笑った。阿形は軽く手を振るとその場を去った。

「何て書いてたの?」

「煩わしい会話をせずに済むって」

「前向きな人だね」

「でも僕はちょっと気持ちがわかるな」

 桜は少し寂しそうに呟く陽也の横顔を見つめた。

(陽也も村では煩わしかったのかな)

 そんな事をぼんやり考えた。

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