表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つの世界を守る星  作者: maco
第一章 もう一つの世界
21/26

20 桜を守るために

 冥道。そこは、人外の生き物が、まどろみの中まだ見ぬ主人を探す場所。

 本来ならば。

「ねえ銀河、僕の代わりに桜を守ってくれない?」

 陽也は人でありながら、特別にこの空間にとどまることを許されていた。

「それは約束できない」

 革命の象徴とされてきた銀色の狛馬が、陽也の傍に佇んでいた。

「俺が味方につくと言う事は、その者に強大な力を与えるという事だ」

 陽也は銀河にもたれかかった。

「でも、桜にはきっと加護がついてる。この世界は桜を生かそうとしてるよ」

「陽也、前にも言ったが、加護と言うのは…」

「わかってるよ。二つの世界の均衡を保つ為に働く力でしょう?」

「…そうだ」

 陽也は銀河の顔を覗き込んだ。

「銀河、言ってたでしょう?二つの世界は元は一つだったって。だから時々混ざってしまって、その度に、互いに排除しようとするって。でも、桜は排除されなかった。桜は生かされ続けている。この世界が、桜を取り込もうとしてるんだよ」

「…」

 銀河はフイと陽也から視線を外した。

「俺は間違えるわけにはいかないんだ。こちらの世界が崩壊すれば、あちらの世界も共倒れだ。俺が桜につけばこの世界が大きく動くことは間違いない。それがこちらとあちら、二つの世界を守る事になるのか、俺にはまだ判断できない」

 もう一度、陽也は銀河の顔を覗き込み、視線を捉えた。

「銀河は桜が嫌い?」

「いや、どちらかといえば見ていて飽きない、好ましい部類の人間だと思っている。しかしそれとこれとは…」

 ふふふっと陽也は楽しそうに笑う。

「じゃあ、諦めた方がいい。きっと銀河も、桜を守りたいと思ってしまうよ」

 ◆◇◆

 宿屋の裏手に広がる林で、桜は千寿の修練を受けていた。

「物が動くと空気が揺れる。それを感じるんだ。目で確認してから避けては間に合わない。いいか、風を感じるんだ」

(いいかと言われても)

 桜は内心呟く。

 千寿は淡々と語り、桜の腑に落ちないような表情を見ると、手近にある石を拾った。

「頭で理解しようとしても無理だ。実践しかない。何度も何度も実践して、体で覚えるしかない。さあ桜、目を閉じるんだ」

「?」

 わけがわからないまま、桜は目を閉じた。

「周りの空気に集中するんだ」

「???」

 目を閉じてぼんやりと立つ。周りの空気に集中してるっぽい雰囲気を出すよう努めた。

 次の瞬間、ゴツンと頭に何か当たった。

「いた、いったーい」

 額をさすりながら目を開けると、千寿が桜をじっと見ていた。

「分かったか」

「なにひとつわからないよ!」

 桜は信じられないというように、千寿の顔を見つめた。

「今、石をぶつけたの⁉︎」

「これを習得出来れば、飛んでくる方向や、何が飛んできたかもだいたいわかるようになる」

 絶対にならない。

 桜は訴えるように後ろに控えた由羅と雷太を見た。

 由羅は無言で首を振った。雷太は憐れむようにこちらを見ていた。

 助けてくれる気はないようだ。

「桜、一朝一夕では何も成せない。何度も何度もこなして、ようやく手に入れられるんだ。さあ、目を閉じて」

 千寿の呪いを受け、桜の瞼は意に反して閉じる。

 最初の石より小さくなったのか、痛みはさほどではなくなった。でも当たれば不快な程度には痛い。

 千寿は石を投げ続ける。

 その投石は神がかっていた。同じところに当てると可哀想だと思ってくれたのか、全て違う場所に当たった。おかげて全身がまんべんなく痛い。

「順番を間違えてる気がする」

 桜はポツリと言った。

「順番?」

 石が当たって赤くなったところに軟膏を塗ってくれながら、陽也が聞き返す。

「基本を飛ばして、応用も飛ばして、神業からの指導って。何で千寿が指導してくれてるの?」

 恨みがましく由羅を見上げる。

「本人が乗り気だったんだ。桜が剣術を習得しようとしてくれて嬉しかったみたいだ」

「剣使ってなかったけど…」

 桜はたんこぶをさすった。

 桜のどれだけ痛そうな様子を見ても、千寿は揺るがなかった。

「いいか、半分くらい避けられれば戦闘中矢に当たる確率もかなり下がる。私だって桜に石を当てるのは心が痛い。だから早く避けれるようになってくれ」

 いつもとは別人のように熱量を込めて話す千寿。

 そういえば、盗賊に襲われた時、千寿はボーガンを全て避け切ったのだ。

 あの時、ボーガンを打っていた男が言った。化け物だと。

「ねえ、本当に訓練で避けられるようになるものなの?」

 どれだけ訓練しても、千寿(化け物)になれる気はしない。

「訓練したからといって、すべて避けられるようになるとは限らない。だが…」

 千寿は言葉を切って桜をじっと見つめる。

「どんな手練れでも、不意打ちであっさり死んでしまう事がある。私は桜に…、死んでほしくないんだ」

 あっさり死んでしまった仲間を見てきたのだろうか。

 桜の命を守るためと言われれば、頑張らないわけにはいかなかった。

「これからは剣術の前に毎日朝晩やる」

 譲らない態度で千寿が言う。

 その後ろで、陽也が木剣を振って、剣術の基本を雷太から習っていた。

 桜はあれ?と思って千寿に聞いた。

「陽也にはやらないの?」

「陽也にはやらせません」

 答えたのは楽次だ。

 桜は千寿の顔をじっと見つめた。

「…陽也には加護があるから、不意打ちや不運で死ぬ事はないそうだ」

 納得いかず口をへの字に曲げた桜に、楽次は楽しそうに話す。

「桜さんはこの国の軍神直々に指導を頂けられるなんて、羨ましいですよ。大丈夫です、アザに効く膏薬がありますから。痛みはどうですか?」

「…、楽次さんの薬が良く効いて、もうすっかり大丈夫です」

 楽次が満足そうに頷く。

「そうでしょう、存分に石礫を浴びてください」

 二人のやりとりを笑いながら見ていた由羅は、桜に向かって言った。

「剣は俺が教えよう」

「ほんと?」

「石の修行の後にな」

 しゅんとした桜の頭を、由羅は優しく撫でた。

 ◆◇◆

「桜、すまない。顔に当てるつもりはなかったんだ…」

 千寿が桜の顔を見ながら、申し訳なさそうに言った。

「いや、この経験のおかげで、次は避けられそうな気がする」

 強がりではなく、桜は真剣にそう思った。

 石礫を日々受け続け、四日目。

 今日は何となく神経が冴えていた。石の飛んでくる気配がもう少しで掴めそうだった。

 気配を感じ、ここだ、と避けた瞬間、閉じた瞼に石が直撃した。

 そういえば、避ける訓練はしていない。

 しばらく星が散り、目を開くと千寿の申し訳なさそうな顔があった。

「大丈夫だよ、鍛錬中の怪我はしょうがないよ」

「しかし、これは瞼が腫れる」

 言われてみれば、目が開きにくい。

「ああ、桜さん、大変だ」

「桜、早く冷やさないと」

 楽次と陽也が心配そうに駆け寄ってきた。

「ぶっ、何だその顔は」

 雷太が面白そうに桜の顔を覗きにきた。

「手ぬぐいを冷やした、早く当てろ」

 由羅が手拭いを差し出してくれる。

 冷やしてはみたものの、瞼はどんどん腫れ、全く開かなくなった。

「このまま顔に傷が残ったら、私に責任を取らせてくれ」

 桜の両肩に手を乗せ千寿が言うので、桜は驚いて言葉が出なかった。

「千寿さん、それってまさか…」

 楽次が頬を染め、少女のように尋ねた。

「私の養女になればいい。生涯独り身でも不自由はさせないくらいの蓄えはある」

「ようじょ…」

「不満か?」

 困惑顔の桜に、千寿は軽くショックを受けた様子だった。

「やはり、私のような者が父親など…」

「ううん、違うよ。嫌なんじゃないからどうか怒りを抑えて。こんなちっぽけな傷責任取る必要ないよ。他にも背中や手足にもいっぱい傷跡があるし、今さらだよ」

「ならば責任を取るのは俺と言うことになるな」

 今度は由羅が呟いた。

「責任なんていらないの!こんな傷跡気にして結婚してくれない人、こっちからお断りだから!」

「自分が断る立場だと思ってるのか」

 雷太が心底驚いたように呟いた。

 楽次は感心したように手を叩いていた。

「素晴らしい考えです。桜さんの故郷の思い人は、そういう方だったんですか?」

 楽次の何気ない問いに、桜は一瞬思考が停止した。

「え…?」

「桜さん、千代さんに言ったでしょ、故郷に好いた人がいたって。どんな人だったんですか?」

「どんな人…」

 無邪気な楽次の言葉に、桜は愕然とした。

 よく思い出せないのだ。

 旭への気持ちどころか、向こうの世界での何気ない日常風景が、霞んだように上手く思い描けなかった。

「あれ、桜さん、どうしたんですか?」

 楽次に呼ばれてハッとする。

「えっと…よく、わかんない。あの人は、なんていうかな」

 旭は、なんて言うんだろうか。

 思い出せない。

 家族や英玲奈とはどんな風に会話してただろうか。

 なぜだろう、ハッキリ思い出せない。

「桜?どうしたの?」

 陽也が心配そうに顔を覗き込む。

「ううん、なんでもないよ」

 焦ると余計に色々と思い出せなくなって、不安で動悸がする。

 桜は悟られないように無理に笑った。

 そんな桜の様子を見ていた由羅は、突然ヒョイと桜を抱えた。

「うわ、なに⁉︎」

「桜、今日はもう宿に戻るぞ。その目じゃ鍛錬は無理だからな」

 子供を抱くように片腕に桜を抱え、そう言ってスタスタ歩き出す。

「ひ、一人で歩けるよ」

「そのまま手拭いで目を押さえておけ」

 急に抱えられて驚いたが、正直連れ出してくれて助かった。とても平常心ではいられなかった。

 陽也が小走りについてくる。

「桜、顔が真っ青だよ。何があったの?」

「…」

 恐ろしい事実を口にするのが怖くて、桜は俯いた。

「桜」

 距離が近いので、耳元で由羅の声がハッキリ聞こえる。

「どうしても言いたくないなら聞かないが、一人で抱えられないなら話して欲しい。急にどうしたんだ?」

 少し沈黙が流れた後、桜はギュッと目を閉じた。

「さっき、楽次さんに、聞かれた時…」

「ああ」

「元の世界の事が、上手く、思い出せなかったの」

 喉が詰まり、声が震える。

「忘れてしまうなんて、おかしいよ。あんなに大切だったのに。それに、ここにきたばかりの時は毎日家族の事を思い出していたのに、最近は…」

 元の世界の事を考えていない時間が多くなった。その事実に、桜は今更気づいた。

「このまま、記憶を忘れて、完全にこの世界の住人になってしまうんじゃないかって…」

「それはないよ」

 陽也は優しく、しかしきっぱりと言った。あまりにハッキリ断言するので、思わず顔を上げて陽也を見た。

「桜が記憶を無くす事なんてない」

 何も理由は聞いてないのに、陽也が言うと気持ちが落ち着いてきた。

「これから先も、ずっと忘れない?」

「大丈夫、忘れないよ」

 そう言って微笑む陽也の瞳は、不思議な色をたたえていた。

「桜、不安なら日記を書けばいい」

 突然の由羅の提案に、桜は首を傾げる。

「日記?」

「桜が以前持ち逃げしたお札。あれを書いた人も、この世界に来てから日記を書いていた」

 二百年前にここに来た、おそらく桜と同じ世界出身の人。その人が書いた日記があるのだ。

 桜は驚きに目を見開いて由羅を見た。

「本当に?日記があるの?由羅はどうしてそんな事知ってるの?」

 由羅はそんな桜の顔を見て、ふっと笑った。

「なんで笑うの⁉︎」

「いや、大きな目だなと思って」

 ーおっきい目だねー

 旭の声が重なった。それを皮切りに、あの時の情景が次々と思い出された。

 まだ夢だと思っていたこの世界について、色々と話し合っていたあの頃。

「桜、どうしたの?」

 急に大人しくなった桜に、陽也が心配そうに声をかけた。

「ううん、前に同じ事言われたなと思って。そしたら色々思い出してきて…」

 あの日の夜、英玲奈が襲われて。

 家に帰れば、変な夢を見て。

 次の日にはこの世界に転がり込んだ。

 朝、父親にそっけない態度をとってしまった。せっかく作ってくれた母の朝食を食べられなかった。

 後悔と共に次々と溢れる記憶に、桜は涙が止まらなくなった。

 陽也が桜の手を握った。

「桜の心を守るために、きっと今まで体が記憶を制御してたんだよ。忘れたわけじゃない」

「うん、うん…」

「だが、時間が経てば記憶は曖昧になってくるものだからな。日記をつけて、時折以前の事を思い出しながら、自分の気持ちを整理すればいい」

「うん、そうしようかな」

 心配してくれる二人の気持ちが嬉しくて、また涙が溢れた。

 安心すると、心地良い揺れに、桜はうとうととしてきた。そのままスヤァっと夢に落ちた。

「由羅は、天彾の日記を見た事があるの?」

「ああ、写しだがな」

 桜が寝息をたてはじめたのを確認して、陽也が由羅に聞いた。

「由羅は、桜が天彾だと思ってるの?」

「…さあ、どうだろうな」

 由羅は真っ直ぐ前を向いたまま、何処か遠くを見つめているようだった。

「桜が天彾じゃなかったとしても、桜を守ってくれる?」

 服の裾を掴んで見上げる陽也に、由羅は驚いたように言った。

「当然だろう」

「僕は、自分の力で桜を守ってあげられない。だから他の人に頼むしかないんだ」

 由羅は空いてる手で陽也の頭を撫でた。

「陽也はずっと、桜の心を守ってきただろう。それは陽也にしか出来なかった事だ」

 顔を上げた陽也は、泣き笑いの表情を浮かべた。

「由羅、桜を守ってね」

「ああ、男の約束だ」

 由羅は拳を突き出した。陽也もそれにならい、拳を突き出しコツンとぶつけた。

 桜はスヤスヤと、いい顔で眠っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ