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二つの世界を守る星  作者: maco
第一章 もう一つの世界
15/26

14 旅する理由

 八葉村を出て一週間が過ぎた。

 野宿続きで疲労が蓄積していた桜は、岩に座って体を伸ばした。

「はい、疲れたね」

 目の前に木の湯呑みが差し出された。

 顔を上げると、穏やかに微笑む陽也の顔があった。

「ありがとう」

 つられて桜も微笑んだ。

 旅は辛いけど、毎日罵声を浴びながら過ごした以前の旅に比べると、ずっと心が軽かった。

「乗せて貰ってるだけで疲れるも何もないだろうが」

 そう、こんな嫌味も気にならない。

 桜が声の主を見やると、こちらを見向きもせず、今日の野宿の準備をしていた。

 言い方は嫌味だが、雷太の言う通りだった。

 旅に出るにあたって、桜が誰の狛馬に乗るか一悶着あった。

 事の発端は千寿の発言だ。

 ◆◇◆

「たまには由羅以外の狛馬に乗ってはどうだ?」

 いつも通り、白斗に乗ろうと由羅に差し出された手を掴もうとしていた桜。

 一同は、千寿の提案に顔を見合わせた。

「俺は別にどちらでも構わないが…」

 由羅が桜を見る。桜も由羅を見る。

 千寿の意図はわかりかねるが、無下にするわけには勿論いかない。

「えっと、じゃあ…」

 雷太と目が合う。顔に嫌だと書いてある。桜も同じ表情を返す。

「千寿に乗せて貰おうかな」

 千寿はどことなく満足げな顔で頷いた。

 正解だったらしい。

 今回の滞在で、千寿はかなり桜を大事に扱ってくれるようになった。

「千寿さんはダメでしょう」

 命知らずな楽次の発言に、その場が凍りつく。

「その短い剣で狛馬に乗りながら賊に相対する時、狛馬を足場にして戦うと聞きました。桜さんと相乗りしてるといつものような動きができず危険が増すのでは?それでは桜さんを守ると言う点からは本末転倒だと思います」

 こんな時だけできる男を発揮して滑らかに言葉を継ぐ楽次に対し、千寿から怒りの気配が漂う。

 さすが仕事は出来るが空気は読まない楽次だと、桜は納得する。

「でも千寿ほどの腕だったら多少不利であっても…」

「ダメです、護衛が最善の策を取らないなんて考えられない」

 食い気味に桜の言葉を遮り譲らない楽次。

 正論なので誰も言い返せない。

 皆千寿から目を逸らしている。

 沈黙に耐えかねて桜がしかたなく発言する。

「じゃあいつも通り由羅に…」

「やはり由羅がいいのか」

 千寿がボソリと呟き、ひいっと内心悲鳴をあげた。

「…乗せてもらってもいいけど、今日は楽次さんの馬に乗せてもらおうかな」

 助けて楽次さん、と念を送る。

「いや、私は雪代以外の女性と同乗しないと決めてますので」

 決めてますのでと言われても。

 キッパリと否定され、桜は好きでもない人に振られた気分だ。

 そもそも桜は由羅の狛馬で何ら問題なかったのに、雷太に嫌がられ楽次に断られ、酷いたらい回しだ。

「じゃあ僕の馬に一緒に乗ろう」

 しょんぼりとした桜にニッコリと言ってくれたのは陽也だった。

 ◆◇◆

 陽也との相乗りは大いに快適だった。後ろから陽也の背につかまり、時々ふざけ合いながら楽しく旅をした。

 旅の道中、同乗は拒否されたが、並走していた楽次は桜に色々な事を教えてくれた。

 まず桜には馴染みのない身分について。 

 上位から、金帝、銀弧、赤炎、紫蘭、青風、翠石、桃花、茶樹、黄土、黒羽、白坊、隷属、非人。黄土以上は貴族と言われるらしい。

「隷属や非人って…」

 苦い気持ちで呟いた。どこでも同じような歴史が起こるのだ。

「夏陽さまは黄土ですが、陽也に身分はありません。千寿さん達は、黒羽、ですね?」

 楽次が確認するように言う。桜は何となく、違うんだろうな、と思った。

 この国の地理や歴史、文字の読み書きなども習った。

 意外と言うかやはりと言うか、教師としての楽次は優秀だ。

「地形は大体頭に入ってるみたいですね」

 楽次が地面に描いて見せてくれたこの国の地図は、桜の知っている日本の地形と同じだった。

 月の満ち欠けや星の動きなどから、ここが桜の知っている日本と同じではないかと思ってはいた。

「ここが国王の直轄地です」

 そう言って楽次が示したのは、近畿地方の辺りだ。

「その周りが五家の領地です。王家に嫁いだり姫が降下したり、五家と王族は繋がりが深いです。苗字を持つのはこの五家だけです」

「王家がこの国全部を統一してるの?」

「まぁ、ほぼ全土ですね。山あいの土地には反乱軍がいると言う噂ですがね。この北の地には山陰族が、東の地には山陽族がいると言われています」

 そう言って、北は奥羽山脈、東は中国山脈あたりを指した。

「山での戦いに特化した種族です。特に陰族は得体が知れないので恐れられてますよ。周辺を治める王族が不気味がって軍を差し向けたら、山中を行軍中、一人二人と減って、最後は隊長だけになったそうです」

 ゲリラ戦のようなものだと桜は納得した。

「後はこの海沿いの土地もあまり王族の影響をうけていません。秋斎様が飛ばされたあたりです」

 山口から島根、鳥取にかけたあたりだ。

 詳しくは教えられていないが、この旅路は兵庫から奈良辺りを目指して進んでいるようだ。

「算術は本当によくできるのに、歴史や文字はさっぱりですね。戴狛の儀ではなんて覚えの早い子だと思ったんですけど。神楽も一度見ただけでほとんど覚えたそうですね」

 楽次の言葉に、雷太が疑わしそうな目で桜を見る。

「こいつが神楽を?」

「ええ、とても上手だったそうですよ。でも雪代と並ぶと見劣りするんで、千代さんが却下しました」

 桜はちょっと胸を張る。

「動きを見て覚えるのが得意なの。みんなの剣の太刀筋もだいたい覚えてるから、十手くらいまでは躱せると思うよ」

 これに反応したのは千寿だ。

「本当か?私の攻撃を躱せるのか?」

「いけると思う」

 実は千寿の太刀筋が一番頭に入りやすかった。戦闘中、みとれてしまうぐらい美しい太刀筋だ。

 目を閉じて何度も再生した。

「ならば手合わせ願おう」

 当然真剣は危ないと言う事で、楽次が器用に枝を削って簡単な木刀を作ってくれた。

 千寿と同じく、桜も二刀流だ。

「お前、両手で振れるのか?」

 雷太が侮蔑と呆れの混じった顔を向ける。無視だ。

「お願いします」

 桜は千寿と全く同じように構えた。

 まず千寿の右手の剣が桜の左頬目がけて伸びる。桜は同じように右手を出してその剣を受ける。次に左が来るので同様に左手の剣で受ける。次は足が顔目掛けて伸びてくる。それをのけぞって躱す。

 宣言通り十手躱すと、千寿は驚きの表情を浮かべた。

「これは驚いた」

 そういうと、桜の頭を撫でた。

「見事だ」

「千寿もものすごく手加減してくれてたけどね」

 言いながらも得意げな表情を浮かべる桜に、雷太が詰め寄ってきた。

「じゃあ次は俺だ。手加減はしねぇ」

 雷太は力技で攻めてくるが、動きは速い。

「十手までだからね」

 桜を倒すまでかかってきそうな雷太に念を押して、今度は両手で一本の木刀を握った。

「お願いしま…」

 す、と言うか言わないかのうちに雷太が木刀を振り下ろす。一、ニ、と心の中でカウントしながら躱すと、ビュッと耳元で風を切る音がした。

 本気だ。

 三手目、雷太がまっすぐ振り下ろす剣を正面から受け止めるべく木刀をギュッと握り、全身踏ん張った。が、

「ふぎゃっ」

 ただ振り下ろされただけではない。軽く跳躍して全体重を乗せて叩きつけられた一撃は、桜を吹っ飛ばした。そのまま、背中から木に叩きつけられる。

「さくら!」

 ダラリと木にもたれたまま動かない桜の周りに、皆が駆け寄る。

「くそ、やりすぎた」

 そう言って桜の前にしゃがみ込んだ雷太の首元に、桜は自分の木刀を突きつけた。

「はい、雷太首ちょんぱ」

 ◆◇◆

 雷太に怒られた。確かに冗談にしてはやり過ぎたので桜は反省した。

「雷太って桜に偉そうだよね。二つしか違わないのに」

 陽也の発言に、桜の思考は停止する。

「?」

「…桜さんが、言葉も出ないくらい驚いてますけど」

 二つ上ということは、高校の先輩に相当する。

 制服姿の雷太を想像する。

 あり得ない。

「俺も十七だよ」

 由羅が少し笑って悪戯っぽく言った。

「由羅先輩…」

 桜は由羅の制服姿を想像してみる。

 大いにアリだった。

 しかし二個上なだけで、こんなに落ち着いた先輩はいない。

「雷太さんと随分反応が違いますね」

 楽次の余計な一言で、雷太が桜を睨む。

 桜の頭をむんずと掴むと、

「俺が十七じゃおかしいか」

「い、いや、おかしくないことはないけど…」

 桜はぶんぶんと首を振りながら、おかしい事を肯定する。 

 雷太が十七なんて設定、無理があり過ぎる。

「桜さんは皆さんのことあんまり知らないんですね。もしかして信用されてないんですか?」

 楽次の直球の発言に、グウっと言葉に詰まる。

「聞かれなかったから教えていないだけだ。気になる事があれば聞けばいい。ちなみに俺は二十九だ」

 千寿の言葉に桜は聞き返す。

「聞いたら何でも教えてくれるの?」

「…、答えられる事とそうじゃない事があるが…、何が聞きたい?」

 そう言って、桜の頭を撫でる。

 八葉村からとても優しい。孫を見つめるおじいちゃんの表情だ。

 桜はしばし考える。改めて聞かれると難しい。

「じゃあ、例えば本当の名前と身分とか。旅の目的とか」

「私たちが身分を偽ってると思うのか」

 千寿が静かに問う。桜は頷いた。

「名前は嘘偽りないものだ。旅の目的や身分は、まだ言うわけにはいかないな。隠しているわけじゃないが、それを知ったら桜を巻き込むことになる。それが正しいのか今は我々に判断できない」

 結局名前だけだ。

「じゃあ、本当の年齢は?」

「本当の年齢だと?」

 雷太が眉を吊り上げる。

 身分が嘘ならきっと年齢も隠すだろう。それに、先ほどの由羅の揶揄うような口調も嘘っぽかった。

「今まで私の年齢をしつこく疑ったのは、自分も嘘ついてるからじゃないの?それに雷太は、大きな隠し事があるでしょう」

 実は桜はある可能性に気づいていた。

 八葉村では、何やかんやと理由をつけて何度も夜にトイレに連れて行かれた。

 そして今までの言動からもずっと思っていた事がある。

「…なぜ気づいた」

 雷太が警戒したように言う。

「見てればわかるよ」

 桜は確信して言った。

 雷太は、極度の怖がりだ。

「え、二人の話ちゃんと噛み合ってますか?」

 二人のやり取りに楽次が突っ込む。

「じゃあ聞くが、俺の本当の年齢はいくつだと思う?」

「にじゅ…」

「十七だよ!」

 言い切る前に、脳天にゲンコツが降ってきた。

「何が見てればわかるだ。見てわかるような隠し方するわけねーだろ」

 憤慨したような足取りで去って行く雷太の姿を、頭をさすりながら見送った。

「桜さんの年齢をみんなが疑ったのは、見た目の問題なのでは…」

 ◆◇◆

「雷太には未だに随分と嫌われてるみたい」 

 ゲンコツ続きだ。

 夜に備えて薪を拾いながらため息をつくと、同じように薪を拾う手を止めて、楽次と陽也は顔を見合わせた。

「嫌われてるなんて、まさかまさか」

 楽次が大袈裟に被りを振った。

「雷太さんの女性嫌いは、あんなもんじゃなかったですよ」

「女性嫌い?私はてっきり私が嫌われてるのかと」

「いやいや、あれは気を許してると言うか、戯れてるだけですよ」 

 桜は頭をそっと撫でた。

「あれで?」

「いや、そういう気持ちもわかりますけど、うちの村の娘たちに対する態度を見たら、桜さんのなんて可愛いもんです」

「まさか…、殴ったりしたの」

 今度は手のひらをぶんぶん振って否定する。

「いやいや、そういうんじゃないです」

「?」

「全くね、相手にしないんですよ。無視。あんまりしつこくすると、恐ろしい目で一瞥してました」

「雷太が無視されてるんじゃなくて?」

 好き好んで睨まれるまで構いたい相手でもないと思うが…。腑に落ちない顔の桜に陽也が言葉を添えた。

「雷太も含めてあの三人は、たくさんの子に言い寄られてたんだよ」

 楽次が続ける。

「ほら、うちの村は常に王都へ連れて行かれる危険があったから、みなあまり表に出す仕事はさせないんですよ」

「情報を王都の人間に売り付ける奴もいる。今回だって、割り込むようにあいつが来たのは、村一番の踊り手が神楽を舞うからって情報を流した奴がいると思う」

「そうなんです。残念ながら神事の時だけは隠せない。でもそれ以外は、男装させたり、表に出ない仕事をさせたり」

「そうすると、なかなかいい人に出会う機会がなくなるでしょ」

 なるほど、そんな出会いの少ないところへ、良さげな殿方が現れた。

「三人のうち二人は既婚者だって最初にちゃんと教えてあげたんですけどね」

 さらりと落とした楽次の爆弾に、桜は目を見張る。

「ええ…?」

「桜さん、知らなかったんですか?」

 楽次も同じように目を見開く。

「知らなかった…」

 数週間一緒に過ごした楽次が知っていた事を、サクラはずっと教えて貰えなかった。

 桜は胸の内がザワザワするような、ムズムズするような、不快な感覚に襲われた。

(由羅が既婚者)

 年齢的に千寿はありだろう。いや、この世界では由羅くらいの年齢で結婚は普通かもしれない。

 綺麗な顔立ちに、桁違いの強さ。

(それに…)

 桜は自分の手のひらを眺めた。

 随分綺麗になったが、カサついてるところも多く、決して美しいとは言えない。

 この手を包む、温かく、大きな掌の感触を思い出した。

「あんなに強くて優しかったら、みんな結婚したいよねぇ…」

 桜の呟きに、楽次と陽也は再び顔を見合わす。

「結婚してるのは、千寿さんと雷太さんですよ」

「⁉︎⁉︎⁉︎」

「そんな、目が飛び出しそうなくらい驚かなくても。いや、桜さんが勘違いしてそうなんで訂正しましたが、雷太さんだってあんなに格好いいし強いし、惹かれる娘さんはたくさんいますよ」

「で、ででも、今、女嫌いって話を…」

 年齢だけでも驚きなのに、結婚とは。

「あっ、もしかして、私が思ってる結婚と、この国の結婚は違うのかな」

「桜、しっかりして。現実逃避しないで」

 陽也が桜の肩をポンと叩いた。

「僕と楽次兄さんはたまたま知ったけど、桜には話せなかったんだと思うよ。二人の奥さんは亡くなってるから」

「雷太の奥さんって、由羅のお姉さん?」

「そうだよ」

(この赤い石の)

 桜は胸元の袋に触れた。

「みんな、自分が守れなかった事を後悔しながら今日まできたんだ。守れる力があったのに」

 桜は英玲奈が襲われた時のことが思い出した。もし間に合っていなければ、自分を呪い続けただろう。

「あんなに強いのに、守れないなんて事があるの」

 桜の呟きを、陽也が拾う。

「あるんだよ。どんなに強くなっても、卑怯な手で理不尽に奪いにくる奴がいるんだよ」

「大切な人を失うのは、身を裂かれるように辛い。なぜわからないんでしょうね」

 誰の事、なんて聞くまでもない。

 遠くを見つめる楽次の視線の先にいるのは、理不尽に奪い、苦しめる人物だ。

 桜達は今、王都へ向かっているのだ。

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