11 歪な王像
「桜、無事で良かった」
陽也は桜をギュッと抱きしめた。
「私は絶対大丈夫だと思ってましたけどね」
自信たっぷりに言う楽次に、桜は少し複雑な気持ちになる。
陽也が重い口を開いた。
「王様は綺麗な女性を集めてるんだ」
権力者が女の人を集めるのはよく聞く話だが、桜は納得いかない。
「集めるって、こんなお城から遠い所まで探しに来るの?もっと身分の高い、綺麗なお姫様がたくさんいるんじゃないの?無理に連れて行かなくたって、側室になりたい人はいっぱいいるんじゃないの?」
大奥や後宮など、日本でそんな物語を見たことがある。
この国で一番身分の高い一族になれるのだ。
「桜が思ってるのとはちょっと違うと思う。王様は、女性を側室にするわけじゃないんだ」
「じゃあ、何のために…」
戸惑う桜に、楽次が暗い顔で答えた。
「城を飾るために集められるんです」
「城を飾る?」
全く理解できない顔の桜に、陽也も困惑した表情を浮かべる。
「この村には王城勤めの人も時々来るけど、その人たちが言ってたんだ。女の人が綺麗に着飾られて、城中に置かれてるって」
「城中に置く?」
ますますわからない。
「壁をくり抜いて額縁を模した所に、女性を飾るんです。絵画のようにね。そしたら立体感のある迫力ある美術品になるそうですよ」
楽次が皮肉な笑顔を浮かべる。
綺麗に着飾られた女の人達が城のあちこちに飾られてる様子を想像してみるが、上手く思い描けない。
異様な光景だ。
「…それで、置いておくだけの女の人をそんなに集めてどうするの?その人達は、どんな扱いを受けるの?」
無体な扱いを受けていないなら、まだ雪代を取り戻す希望が持てる。
しかし陽也の苦悶の表情を見ると、未来が明るいわけではない事がわかる。
「城内の情報が漏れるのを恐れて、定期的に声を潰す薬を飲まされるんだ。耳や目をダメにすると指示に従わせるのが大変だから、声だけ…。喉を潰す薬は臓腑も痛めるから、飲み続ければ長生きできない。だからたくさん代えがいるんだ」
「喉を、潰す?そんな…」
桜の声が震える。力ある者が押し付ける理不尽に、弱者は命懸けで従わされる。こんなバカな話はない。
怒りが湧く。
「王は、美しいものならなんでも好きなんです。美しい武器、美しい演奏、美しい景色、舞…美しい剣さばきだと言うだけで、いきなり禁軍の大将になった人もいます」
桜の脳裏に千寿の戦闘シーンが浮かぶ。
「賢王だったんですよ、数年前までは。とても綺麗な双子を献上した一介の官吏を宰相にしたあたりから、おかしくなったそうです」
数年で賢王を狂わせた理由が、綺麗な双子の献上。
とても信じられなかった。
「誰も言わないんですか、女の人を絵画にするなんて、相当おかしいって」
「もういないそうですよ、王を諌める良識のある人は」
(この国は終わりだ)
独裁者はいつかは滅びることを桜は知っている。しかしそのいつかがくるまで、いったいどれだけの人が犠牲になるのか。
「だから王都や王都近くの村では女性を隠すんだ。でも、儀式には巫女が必要になる。巫女だけは…、隠せないんだ。それに目をつけて、この村に女性を連れに来る奴が出てきた。今回も、きっと誰かがあいつに知らせたんだ。村一番の神楽の舞手で美しい娘がいると」
楽次は唇を噛む。
「本当は、雪代姉さんは来週別の人の儀式で神楽を舞うはずだったんだ。その方はまともな貴族だった。それをあいつが割り込んで…」
陽也がぐっと拳に力を入れる。
「僕が百華だから、僕が儀式を続ける限り、村の人が…」
陽也の悲痛な声が漏れる。
だから千代は陽也を憎んでいるのだ。
「ねぇ、でも陽也のせいではないでしょう?陽也は自分の役目を果たしただけでしょう。陽也を責めるなんて間違ってる」
この村には、陽也を逆恨みする人間がいるのだ。
桜はチラリと楽次を見た。
陽也の背を押して崖に突き落とす手が見える。
「陽也、私陽也に伝え…」
夢の話を伝えようとした時、外から激しく口論する声が聞こえた。
声のした方へ走ると、驚くような光景が目に飛び込んだ。
夏陽が胸ぐらを掴まれ壁に押しつけられている。
「貴様、これはどう言う事か!」
胸ぐらを掴んで怒鳴る声の主は、千寿だった。
あまりの迫力に、桜も、その場にいる誰も声が出せなかった。あまりにも、怖い。尋常じゃない怖さだ。
桜の姿を見つけ由羅が駆け寄ってきた。
「桜、無事で良かった」
「これは…、千寿のあんな怒ったところ、初めて見た」
「桜が騙されて巫女になったと聞いて、千寿がキレた」
私のために、とゆっくり感動してる場合ではない。普段の千寿から想像できないほど怖い。多分桜が人生で見た人達の中で、一番怖い。
「貴様ら、桜を騙して生贄にするつもりだったな!由羅の命の恩人を!私達の仲間を!」
「生贄などとんでもない。この村の娘達が当たり前に行っている事を桜さんにも頼んだだけだ」
「何の事情も説明せずにか!見損なったぞ!」
千寿が拳を振り上げた。あれが普通の拳でない事を、今までの戦いを見て桜は知っていた。止めなければ、夏陽が確実に死ぬ。
そう思うけど、千寿の迫力に怯む。怖い。
「おやめください!」
誰もが千寿の迫力に気圧されている中、果敢に声をあげたのは意外にもあの頼りなげな楽次だった。
「夏陽様は何も知らなかったのです。私と千代さんが勝手に桜さんを連れ出したんです」
怖くて竦んでいた桜は、今だ、とばかりに楽次に続いた。
「あの、夏陽さんは、凄く立派で、私も含めてあの場にいるみんなを助けようとしてくれてたよ。あの貴族相手に儀式の意味を誠心誠意伝えて、改心させようとしてた」
千寿が桜を見据える。こわっ。こっわ。
だけど引くわけにはいかない。千寿を鎮めなければ夏陽が死んでしまう。
どうか鎮まりたまえと思って言葉を探していると、同じく騒動に駆けつけた様子の千代が泣き崩れながら叫んだ。
「来週には、楽次と祝言をあげて、やっと私の娘が幸せになれるはずだったのに!あの身寄りのない娘が王都に行く事の何がいけないの!」
千代の言葉に、千寿から放たれる殺気が増した。
「桜さんが雪代の代わりに選ばれるわけがないでしょう。綺麗な娘を連れに来てるのに」
楽次の言葉に千寿の殺気が和らいだ。
千寿もその事に気づいたのだろう。
桜は千代を静かに見返した。事情を知った桜は、千代を恨む事が出来なかった。
「千代さん、私千代さんが上着をかけてくれた時、お母さんの事を思い出したんです。もう会うことは、多分、出来ないけど…、遠いところで、千代さんと同じように、私の事すごく心配してると思います。私が酷い目に遭ったら、きっと千代さんと同じように凄く悲しみます」
千代は項垂れ言葉を発しなかった。
とりあえず死者を出さずにこの場は収まったようだ。
落ち着いてあたりを見回すと、陽也がいない事に気づいた。
楽次の腕飾りの赤い石を見て、桜はふと思いついた事を口にする。
「楽次さん、その腕飾り、雪代さんとお揃いだったりしますか?」
楽次は不思議そうに桜を見た。
「そう、お揃いです。何故今そんな事聞くんですか?」
腕飾りに華奢な腕。
「雪代さんは今どこに?陽也は?」