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怨唄  作者: 逆山圭一
1/1

怨唄

怖い話です。


語り手は高校最後の夏休みに仲間を誘って、


とある集落に向かった。


そこの宿でたわいもない話をしていると、


女将がやってきて、


語り手たちにこう言った。


「あんたたち、夜中に唄が聞こえても、


 決して外へ出てはいけないよ。」





高校生の頃の趣味は夏休み中に地方の史跡巡りに出かけることだった。




古い建造物や歴史に触れると、




普段の生活では味わえないような、




何とも言えない感慨が湧き上がってくる。




この文面から分かるように、




完全にマニアの域に入っていた。




その年の夏休みは、




高校最後の夏休みだったから、




特に計画を練って遠出をすることにした。




目指すは、山深い渓谷の奥にある、




「神隠しの里」




と地元で囁かれている小さな集落だ。




道なき道を進んだ先にあるため、




俺のような相当な物好きじゃないと誰も訪れないという。




その秘境感が、俺の冒険心をくすぐった。




俺は夏休み前に同じマニア仲間二人に声をかけ、




三人で夏休み初日の朝早くに、




電車に乗り込んだ。




そこから二回電車を乗り換えて、




バスに乗り、約5時間かけて、




ようやくその集落がある山の入り口付近に到達した。




もちろんまだゴールではない。




ここから山道をひたすら歩かなければならないのだ。




夏も中盤に差し掛かり、




気温もかなり上がっている中での山登りはかなりきつかったが、




集落にたどり着くためなら申し分ない。




30分以上歩いたところで、




ある程度舗装された道も途切れて、




けもの道へと変わった。




セミの鳴き声がより一層うるさくなり、




鬱蒼とした木々が両側から迫ってくるため、




昼間だというのに薄暗い。




時折、鳥の鳴き声や獣の気配がして、




自然の奥深さを肌で感じた。




ようやく集落の入り口にたどり着いたのは、




すっかり日が傾いた頃だった。




古びた木造の鳥居が、




苔むした石段の先にひっそりと立っていた。




その先には、




数えるほどの家屋が寄り添うように建ち並んでいる。




まるで遠い昔にタイムスリップしたようだった。




事前に予約していた唯一の民宿は、




集落の中心部にあった。




昔ながらの茅葺き屋根の家で、




囲炉裏には薪が燃え、




香ばしい匂いが漂っていた。




宿の女将さんは、




しわくちゃの顔に優しい笑顔を浮かべ、




俺たちを温かく迎えてくれた。




ご当地原産の川魚や山菜などで作った夕食は絶品で、




しゃべる間もなく、




三人でペロッと平らげてしまった。




その後、三人で輪を囲んで他愛もない話をしていると、




突然、女将さんが近づいてきて、




真剣な眼差しでこう言った。




「あんたたち、夜中に唄が聞こえても、




 決して外へ出てはいけないよ。」




俺たちは何のことか分からず、




顔を見合わせた。




すると、女将さんはさらに続けた。




「この里には、昔から伝わる禁忌があるんだ。




 夜中、特に月が隠れる晩には、




 どこからともなく、




 子守唄のような、物悲しい唄が




 聞こえてくることがある。




 その唄に誘われて外へ出ると、




 二度とこの世に戻ってこれないと


 


 言われてるんだよ。」




俺含め、ここに来たメンバーはそんな話


全く知らなかった。




それもそのはず。




この集落の情報は、集落の異名と位置情報しかなく、




それ以外の情報はどこにもなかったからだ。




続けて女将さんは少し寂しそうな顔で、




「村のことは世間にほとんど知られてないから




 知らないもの当然ね…




 だから、ここに泊まりに来る人たちには




 一人一人に伝えてるの。」




 と呟いた。




その言葉に、どこか言いようのない不安が胸に広がるのを感じた。




その夜、女将さんの言ったことを胸に刻み、




俺たちは、すぐに布団に入った。




猛暑の中、道なき道をひたすら歩いたこともあり、




かなり疲労困憊していたのだろう。




あとの二人は一言も話さずに爆睡した。




しかし、俺は普段、




都会の騒音に慣れているせいか、




里の静けさはかえって耳について、




なかなか寝付けない。




虫の声、風が木々を揺らす音、




そして、時折聞こえる動物の鳴き声。




微かな物音さえも、やけに大きく聞こえた。




どれくらいの時間が経っただろうか。




皆が爆睡してる中、俺はまだ寝れずにいた、




中々、周囲の環境に馴染めない。




落ち着いて寝るために、2回ほど深呼吸をした。




すると…




「てんみょうけ~…ふふふふ~」




外から唄声のような声が聞こえた。




それは、まるで風が木々の間をすり抜けるような、




それでいて人の声のような、




不思議な響きを持っていた。




俺は確信した。




「女将さんが言ってた唄だ。」




それをつい声に出してしまったため、




隣で寝ていたい仲間たちも起きてしまった。




しかし、唄はまだ止まらない。




「てんみょうけ~…ふふふふ~」




仲間たちも唄を聞いているようで、




恐る恐る三人で顔を見合わせた。




「これ、あの唄じゃないか…?」




一人が震える声で呟いた。




唄は宿のすぐ外から聞こえてくるようだ。




まるで、俺たちを誘うかのように、




唄声が響いている。




「女将さんの言ってた通り、




 絶対外に出ちゃだめだ。




 あと声も出さないようにしよう。」




外に出るなと言われただけだが、




声も出してはいけないと本能で感じた。




俺は二人に忠告した後、




息を潜めて神経を集中させた。




「てんみょうけ~…ふふふふ~」




唄声は、いつまで経っても止まず、




不気味に一定のリズムを刻み続ける。




このまま無視しておけばいいと思うが、




この得体の知れない唄声を、




布団の中で耐え続けるのか?




いや、思い切って女将さんたちを呼ぶべきなのでは?




しかし、もしこれが幻聴だったら…




恐怖と焦りで冷や汗がにじむ。




焦る気持ちを必死に抑え、




俺は意を決して、部屋の障子にそっと近づいた。




僅かに障子を開け、外の様子を伺う。




外は漆黒の闇に包まれていた。




月は雲に隠れ、星の光さえ届かない。




その暗闇の中に、




何かがわずかに光りながら、




立っているのが見えた。




それは、子供くらいの背丈の人影だった。




しかし、その体はひどく痩せ細り、




まるで枯れ木のように細い。




着ている服も、




布切れをまとっているかのようにボロボロのようだ。




顔は闇に溶け込んでいて判別できない。




ただ、その人影から、




あの唄声が発されているのが分かった。




「てんみょうけ~…ふふふふ~」




唄声は、俺に語りかけるように響く。




まるで、




「こっちにおいで」と手招きしているかのようだ。




俺は恐怖で声も出せず、




金縛りにあったように動けない。




さらに、しばらく見てると、




俺は恐ろしいことに気づいた。




その人影はゆっくりと、




俺たちのいる部屋へと近づいてきているのだ。




しかし、足音は一切しない。




ただ、唄声だけがますます大きく、




鮮明になっていく。




部屋の前まで来ると、人影は立ち止まった。




そして、障子越しに俺を見つめているのが分かった。




顔は見えない。




だが、その存在から強烈な殺意を感じる。




俺は心臓が口から飛び出しそうなほど高鳴り、




全身の震えが止まらなかった。




「てんみょうけ~…ふふふふ~」




唄声が、俺の耳元で響く。




まるで、その人影が、




俺の脳に直接語りかけているようだ。




気付くと、その唄に引きずり込まれるかのような、




不思議な感覚に陥った。




視界がぼやけ、意識が遠のいていく…







気が付くと、俺は布団の中にいた。




部屋の中には、朝日が差し込んでいる。




横では仲間たちが、




普段と変わらない寝息を立てて眠っていた。




夢だったのか?




一瞬そう思ったが、




ふと枕元を見ると、




一枚の古い木札が置かれていた。




それは、宿の女将さんが以前、




里に伝わる御守りだと言って見せてくれたものと、




全く同じものだった。




誰かが俺の枕元に置いたのだ。




その日、俺たちは女将さんに、




昨晩の出来事を全て話した。




女将さんは少しうつむき、




深いため息をついた。




「やはり、お前さんたちにも




 聞こえてしまったのだね。




 あれは遠い昔に飢饉の犠牲になった




 子供たちの魂が、里に残した唄よ。」 




女将さんはゆっくり語り始めた。




「この里では遠い昔、ひどい飢饉が続き、




 幼い子供たちが次々と命を落としたらしい。




 親たちはせめて




 子供たちの魂が安らかであるようにと、




 夜な夜な子供たちの好きだった唄を歌い、




 小さな木札に願いを込めて、




 里の外れの祠に奉納したそうだ。




 しかし、飢えに苦しむ親たちは、




 やがて子供たちを山に捨てるようになり、




 捨てられた子どもたちは




 ほとんど餓えて亡くなった。




 そして、時が経ち、


 


 親に捨てられ、餓死していった




 子供たちの怨嗟は唄に宿り、




 この里に留まり続けていると




 言われている。」




俺は全身の血が凍り付くのを感じた。




あの人影は、犠牲になった子供たちの魂だったのか…




そして、俺の枕元にあった木札は、




彼らの魂が安らぎを求めて、




俺に託したものなのか。




「前にも言ったけど、




 あの唄に誘われて外へ出てしまった者は、


 


 二度とこの世には戻れない。


 


 出てしまえば、




 子供たちの怨霊に




 連れていかれてしまうからね。」




女将さんの言葉に、




自分が無事に朝を迎えられたことに、




心底安心した。




そして、あの時、




金縛りになって動けなかったことが、




幸いしたのだと理解した。




もし、俺が障子を開けて外に出ていたら……。 




俺たちはその日のうちに集落を後にした。




集落の後に行く予定だった史跡巡りも、




どうでもよくなっていた。




山道を下る間も俺の耳にはどこからか、




あの物悲しい唄声が聞こえてくるような気がした。




今でも俺も仲間たちもあの里のことはむやみやたらに話していない。




なぜだか分からないが、




あの夜の出来事は気軽に話してはいけないと思うんだ。




そして、夜中に風の音を聞くたびに、




あの唄声が聞こえてくる気がする。




「てんみょうけ~…ふふふふ~」



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