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魔導検屍官ソフィア・レイアリングの巻き込まれ事件簿  作者: ミダ ワタル
File3:あなたの部屋はどんな部屋(全11話)
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第9話 あなたの部屋はどんな部屋(1)

 ボー――。

 海上で一昼夜の停泊を余儀なくされた蒸気客船が、航行の汽笛を鳴り響かせる。


「船も再び動くようだ。さあ、望み通り関係者を集めてやったぞ。子リスよ!」


 船の一室に集められた紳士淑女を前に立つ小柄な少女に、赤毛の、身なりのいい実業家風の青年が声をかける。

 栗色の髪に榛色(ヘーゼル)の瞳をした行儀見習いのような少女は人々を見渡し、静かに告げた。


「この事件は――」



 ◇◇◇◇◇



 ガタン、ゴトンと規則的な音と揺れに身をゆだね、ソフィアとコンラートは首都ロンデウムから湖水地方へと向かう列車に乗っていた。

 緑が続く丘陵地、荒野の草を喰む羊の群れなど田園風景が移りゆく車窓も、シューっと蒸気音と共に時折視界を塞ぐ煙も、ソフィアの興味を惹きつけてやまないものだが同時にそわそわしていた。

 だって、一等車両のコンパートメントなのだ。


「いいのかな、師匠さっき食堂車まで予約していましたよね? すっごく高いんですよ。わたし自分の分は払うって言ったのにぃぃ」


 開いた新聞の陰から、落ち着いたコンラートの声がした。


「フィフィ、僕もそれくらいは出せる稼ぎはあるんだよ。君の師匠がそんなに甲斐性なしと思われていたとは心外だ……それに弟子より自分の快適さへの出費かな。こうしてゆったりと新聞を読んだりね」


 ソフィアは「でもぉ」と、窓からコンラートへと顔を向けた。

 艶やかな黒髪と黒衣に白ローブを羽織った彼の姿を隠す新聞の、『ブランドルコートの大工場始動』の見出し文字が目に入る。

 ブランドルコートは途中の停車駅だ。

 座席に用意されていた新聞は、向かう地域の地方紙なのだろう。

 

「師匠が寝ててもお金が入るお金持ちなのは知ってますっ。でも、わたしの旅行の費用なのに」

貸別荘(コテージ)の一ヶ月分の滞在費用はフィフィが払っているだろう。僕も一緒に滞在する。師としてすべて弟子に出させるわけにはいかないね」


 貸別荘といっても空民家だ。手続きはコンラートがしてくれた。貸主が隣に住み、週一度、貸主宅の使用人が掃除に来るだけ。食事も自炊。

 どう考えても、この最新型列車にかかる費用の方が高い。

 象嵌細工(ぞうがんざいく)で花を描く艶やかな壁に、真鍮(しんちゅう)の金具が光を放つ、コンパートメントの内装にソフィアは思う。


「一等車両のコンパートメントなら、八時間ほどの移動の間も安心だ」

「……どういう意味ですか」

「君が考えた通りの意味だよ、フィフィ。列車なんて不特定多数の異なる階層が乗り合わせる、社会の縮図たるものだ」


 ソフィアが行く先々で、()()、事件に遭遇していることを指摘され、彼女は言葉に詰まる。「列車でまでそんなことはないもん」と、小さくぼやくソフィアにコンラートは苦笑しながら新聞をおろした。

 

「そう拗ねないで。僕なりに“完全なる休暇”を目指してのことだよ。もう乗っているのだし、寛いで楽しんでくれないなら手配した甲斐がない」


 うーんとソフィアは唸った。たしかにコンラートの言う通りだ。

 列車にはもう乗っている。遠慮しても払ったお金は戻らない。

 食堂車と合わせて、片道で十ポンドは下らない額だろうけど。


「はい。ええと……ありがとうございます」

「よろしい」


 本当はすごくうれしい。ソフィアにとって初めての楽しい列車旅行だ。

 アルビオンへの逃亡の間で列車には何度か乗ったが、二等車両で窓の外を見ることもなく縮こまっていた。

 くふふと、窓枠に両手をかけてソフィアは景色を楽しむ。


「変わり映えしない景色を見て楽しいかい?」

「えー、そんなことないですよ」


 景色も、それにコンラートも一緒にいる。


「僕がこの国に来た頃よりずっと速く動くね。魔石動力炉も補助動力としてうまく機能しているようだ。実はそれも一つの目的でね」

「そっか、師匠も開発に関わっていたのですよね」


 魔石の魔力は動力源として使え、少量でも得られる力は大きい。

 魔石動力炉は、低純度のクズ魔石を精錬せずに炉内で砕いて直接利用できる補助動力装置だ。排出される砂は建材などに利用できる。


「僕は主に理論や設計面で、実際に形にしたのは鉄道技師や魔術師や機械工だよ」


 魔導師は研究者として、魔術師は技術者として、社会や人に魔術を提供する。

 設計に関わった者として、実用化を確かめるための最新車両だった。


「それでも、僕の魔術が一握りの人でなく広く多くの人の役に立つならうれしいね。僕を送り出したルドルフシュタットの国王陛下の理念でもあった」


 少しばかりしんみりと、懐かしむようなコンラートの声だった。

 ソフィア達が育った大陸東部は、魔術に対する偏見が根強い。

 強大な魔力持ちのコンラートは、侯爵家に生まれながら忌み子として冷遇された。王族に魔力があれば神の力なのに、同じ魔力でまったく見方も変わる。

 そんな彼に手を差し伸べたのが、ソフィアの父ルドルフシュタットの国王だ。

 大国に飲み込まれず小国が生き延びるため、王は魔術の本格的な導入を考えたが間に合わなかった。


「まあ、“国を出た奴がくだらんこと気にせず好きに生きろ”と、陛下は言いそうだけどね」


 コンラートを送り出したのも、滅びゆく国の運命を予期してとソフィアは考える。王を父のように慕った若い才能を巻き込みたくなかった。

 同時に、王子達と兄弟のように育ったコンラートを、子供達が頼れる先にと計算もした。実際ソフィアはこうして助けられている。


「なので、好きにしている」


 コンラートの物言いがなんだかおかしくて、ソフィアはくすりと笑った。


「いい機会だから、聞いてもいいかな?」

「なんですか?」

「僕のところに来る前にエドワード殿下と、どういった経緯で知り合ったの?」


 ゔっとソフィアは眉間に皺を寄せる。

 コンラートが気にしているのはソフィアも気づいていたが、亡命経緯を知る遠慮からか、これまで彼が尋ねることはなかった。


「ええと、それは……」

「言いづらいなら無理には聞かない。でも殿下が繰り返しアルビオンに渡る船と口にするし、現グラハム伯爵夫妻もそこで知り合ったのだろう?」

「まあ」

「師としてまるで知らないというのも……長い話でも到着まで時間はたっぷりある」


 コンラートの言い分はもっともだ。

 国を出てからアルビオンに渡るまでの間、コンラートの変身薬を使っていたが、この国に来て関わりの深い人たちである。

 ソフィアが元王女だった正体を知る彼としては、出会いの経緯知っておきたいと考えて当然だ。でも――。


「聞いても、怒らない?」

「怒られるようなことをしているのかい?」

「そんな……ことは……ないと……思い、ます」


 にっこりと紫色の目を細めたコンラートに、ソフィアはもじもじと両手の指先を合わせながら小声で答える。

 成り行きとはいえ、正体も隠しているのに分別もなく動き回った自覚はある。


「僕の所に来た君は、ぼろぼろの無一文だった。大変だったろうね、怒らないよ」


 じゃあ、とソフィアは話し始めた。

 ルドルフシュタット王家が“末の王女の病死”を発表した後、ソフィアは隣国、姉の第一王女ユリアーネが嫁いだドゥルラハ大公国に避難させられた。

 長兄の元に届いていた、コンラートの変身薬を五本を持たされて。

 

「後で考えたら……お父様とお兄様達とわたし、五人の脱出用ですよね?」

「かすかな希望を込めて送ったんだ。きっと陛下と王太子殿下は使わない。逃すとしたら第二、第三王子と君だろう。それでも万一と考えて……」

「二人のお兄様達は前線にいました」

「そうか。銀髪琥珀目の王家の色のまま、君を大公国に送るわけにもいかないしね」


 葛藤を乗り越えた、そんな凪いだコンラートの声だった。

 ソフィアは彼の紫の瞳を真っ直ぐに見る。ソフィアがいまの暮らしに辿り着き、幸せなのはコンラートのおかげと伝えたい。


「師匠は、いつだって助けてくれましたよ」

「どうかな。君を助けたのはドゥルラハ大公国の旅券で、ユリアーネ殿下が自らと引き換えに国ごと守ったものだ。次期大公妃の犠牲とその粛清への批難の結果、大公国は侵攻を免れたのだから」


 平民ソフィアの経歴は、ルドルフシュタット出身の孤児。

 王家の慈善で王宮に雇われ、王女宮に配属されて、第一王女ユリアーネのお気に入りのメイドとなった。

 大公国へ嫁いだ王女が、戦禍に見舞われた祖国のメイドを案じて呼び寄せ、大公家の使用人にするため帰化させたことになっている。

 本当は頃合いを見て、大公家を出て田舎へ移り静かに暮らす予定だった。

 ゲルマニアの粛清の手が、嫁いで国を出た王女にまで伸びなければ。


「君の旅券が有効なのは、この国の手続きでも幸いだった。アルビオンは他国と比べ寛容だけど、審査官の心証は大事だからね」


 コンラートの言葉にソフィアは頷く。

 大陸を容易に脱出できたのも、ソフィアの旅券が滅びて効力を失ったルドルフシュタットではなく、有効な大公国の旅券だったためだ。

 ルドルフシュタットが砦となっていた国は、かろうじて独立を保っている。

 だが、ルドルフシュタットがゲルマニアに併合され、大陸西側の大国フランコ共和国との緩衝国となってしまった大公国の情勢は、双方の思惑でとても不安定だ。

 

「お姉様の侍女と一緒に逃げて、彼女の親戚が住む共和国の首都リュテスへ向かいました」


 共和国で困らないようにすると言われたけれど、ソフィアは断った。

 どうしてもアルビオンに行きたかった。

 コンラートに会いたい。また魔術や色々なことを彼から教わりたい。

 もう王女ではないのに、同じ大陸で情勢を気にしながら隠れ暮らすのも嫌だ。

 世界の四分の一を統べる、海を隔てた超大国ならソフィアの望みがすべて叶う。


「……それで、シェル=オクターヴ港に寄港する、新大陸とアルビオン間の定期客船を手配してもらえたんです。蒸気連絡船より入国の印象がよくなるって」

「まあ豪華客船で入国する、東部亡命者はあまりいないからね……フィフィ」

「はい」

「まさか逃亡経緯から話してくれると思わなかったけれど、いまのところ僕の元に酷い状態で来る感じではないのだけど」

「それは、色々あって……」


 紫の瞳がじぃっと見つめてくるのに、ソフィアはなんとなく目を逸らせた。


「えっと、とにかくっ! その客船に身分を隠したエドワード殿下や、新大陸での社交帰りだったグラハム夫妻が乗っていて! わたしは二等客室でしたけど」


 だから、彼らと遭遇することはなかったはずなのだ。

 一等客室とは部屋のある階も、食堂やサロンなどの施設も分けられている。


「二等? ならどうして」

「発端は、同じ二等客室にいたグラハム夫人の侍女が、盗難騒ぎに巻きこまれたことでした――」


 ソフィアがそう言った途端、コンラートの表情がぴくりと微妙に変化した。


「……犯人じゃないのは明らかなのに、気の毒でしょう?」

「弟子が心正しくて誇らしいよ」


 褒め言葉を口にしたコンラートに、ソフィアは小さく「意地悪」とつぶやいた。

お読みいただきありがとうございます。

ソフィアの過去の事件の幕開けです。

列車の中で語られる、エドワード殿下やグラハム夫妻と出会ったアルビオンへ渡る客船内のお話。

まだ見習い魔導師でも、検屍官でもないソフィアのエピソード0な事件になります。

お楽しみいただけたら幸いです。どうぞよろしくお願いします。


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