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魔導検屍官ソフィア・レイアリングの巻き込まれ事件簿  作者: ミダ ワタル
File2:誰にでも秘密がある(全7話)
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第7話 誰にでも秘密がある(6)

「第三の被害者、ドロシー・リデルの傷を見た時、なんだか料理の下拵えみたいに感じました。あんなひどい遺体なのに」


 ソフィアの話を、コンラートは黙考するように目を伏せて、レストラードは不可解そうな面持ちで彼女の顔を注意深く見つめ聞いている。


「それが最初に引っかかったことで、すべてを物語っていたんです」


 二人の様子を眺めながら、ソフィアは話し続ける。

 この事件と事件が起きた周囲に複数あった、引っかかった事柄について。


「結論から先に言えば、これは()()()()()()起きた殺人事件です」


 ソフィアの言葉に、「はぁ?」とレストラードが興ざめしたような顔をする。

 つい先程まで、()()()事件の方向で話が進んでいたのだから無理もない。


「魔術の痕跡も魔法薬の検出もないと、検屍官が言ったんですが?」

「ないのは当然です、まだなにもしていませんから」

「なにもしていない!? 三人も殺されてる!」


 レストラードが声を荒げ、ソフィアは黙ってそれを受け流す。

 事件としてはその通りだ。だが魔術の視点で見ればなにも起きていない。

 現時点においては()()()事件の範囲内にある、なぜなら――。


「はい。でも魔術的にはなにも。殺害は素材集めのためですから」

「素、材……?」


 ソフィアの言葉を繰り返し、絶句したレストラードに彼女は頷いた。


「ただし犯人にとっては、です。魔術職なら魔術にならないと知っています。仮に試みるにしても正確を期すなら違う部位を切り取るはず。この犯人に魔術や医学の専門知識はありません」


 前時代の魔術が目指したものの一つではあり、その手の本には記述が沢山ある。

 本を読み、虚実ないまぜの知識が妄執と絡み合って、犯人のなかで魔術儀式として強い動機を伴い出来上がってしまっているのだろう。


「何故、そう断言できる」

「それについてはですね……昨日、博物館前の広場の露店でこんな本を買いました」


 ソフィアは薬品棚や整理棚が並ぶ壁際へ移動し、そこに置いてあった一シリング本を手に取った。昨日買った素材の袋の中に入っていたのだ。

 元の場所へ戻ったソフィアは、本を不機嫌な表情を取り繕うともしないレストラードへ渡す。


「なんだ。理想的な……女性の人生……?」


 書名を読み上げたレストラードに、そうですとソフィアは答える。


「気になるでしょう。つい立ち読みしたんです。そしたら初恋は十七歳って書いてあって衝撃を受けて……わたしもう十八なのに……」

「まあ、そんなのは人それぞれでは?」


 不機嫌ながらも、ソフィアを慰める言葉をレストラードがかけてくれる。

 顔に似合わず優しい。


「そのくだりを読んでください。目次から三ページ目です」


 ふむと唸り、ぱらぱらとページをめくる音をさせて、ソフィアの指定箇所を黙読したレストラードは心底つまらないものを見たような顔を彼女に向ける。


「これがなにか?」

「気がつきませんか? 被害者の年齢と状況に照応しています」

「照応? つまりこの馬鹿げた記述になぞらえてると?」

「そうか……本や魔術を知らなくても、人生における出来事と見出せなくもない。その視点では、捜査資料の被害者のファイル順や内容は()()()()()()


 それまで目を伏せて黙っていたコンラートが、思い至ったように目を開き思案げにつぶやく。


「そうです。師匠もわたしも魔術かどうかで考えていたでしょう? だから見ていても見えていなかったんです。犯人は素人です。いまの魔術の常識なんて関係ない」


 ――理想的な女性の人生は、初恋は十七歳頃がよいでしょう。

 ――結婚は二十三歳が頃合いです。

 ――二十五歳には我が子を抱いていることでしょう。


『“あたし達、同郷の同い年で。十五で首都に出て八年になります”』

『最初が十七歳のいい家庭のお嬢さんで、昨日は二十五歳の芸術家のモデルじゃ違いすぎる』


 最初の十七歳のエミリー・ガーランドは心臓を抉られた。

 オクサンフォルド通りにあるような高級文具店は紳士向けの店だ。父親や家族のものなら好みを知る執事や秘書に頼む。わざわざ買いに行ったのは、好きな人の気を引くものを自分で選びたかった。

 二番目のリズ・アッシャーは十五で首都に出て八年。二十三歳で、婚約者がいた。切り落とされた左手の薬指には、婚約指輪をはめていたはずだ。

 そして三番目の二十五歳の(へそ)を切り取られたドロシー・リデルには堕胎手術の痕があった。赤子は、臍の()で母体と繋がっている。


「人体は古来から様々な解釈をされてきた。前時代の魔術書や秘術書と呼ばれる本はもちろん、医学や歴史の本にもその記述はある」


 ソフィアの考えを汲んだコンラートが、たとえばと説明する。

 講義のような彼の語り口に、レストラードも聴講生のように聞き入る姿勢になる。


「古代、心臓は神宿る場所であり、心や生命、感情を象徴するものだった。精神活動は脳が司ると知る現代においても、心の在りかを示す動作で人は胸に手を当てる」

「たしかに」


 レスドラードが自身の胸元に手を当てて、納得するように頷く。


「関連して左手の薬指。特に女性のその指は、心臓と一本の太い血管で直接つながる愛と生命の場所と考えられた。そんな血管はないとわかっても、結婚指輪をはめる指の慣習として残っている」


 コンラートの言葉に操られるように、レストラードが胸に当てた手の指を見る。

 疑い探るのが商売なのに、根は素直な人なのだろう。ヤードでソフィアの話を一番まともに聞いてくれる人でもある。

 そんなレストラードの薬指に指輪があると、ソフィアははじめて気がついた。四十くらいだからおかしくないけれど、妻子の姿があまり想像できない。


「臍がこの犯人の独自性と人物を表しているね。医学や魔術の専門家なら同じ腹でも子宮を狙う。だが子を思う母親なら、臍の緒から臍を思い浮かべてもおかしくはない」

「母親?」

「中流層の濃い栗色の髪(ブルネット)で茶色の瞳を持つ女性。類似する特徴を持ち、“理想的な女性の人生”における出来事を経験する年齢、それを象徴する部位。殺害順が入れ替われば人生の順番と一致する――そうだね、フィフィ?」


 コンラートの問いかけに、はいとソフィアは返事をした。

 

「古代より何度も試みられた死者の復活……甦りの魔術です」

「甦り!? そんな魔術がっ……!」

「ないですよ。遺体の保存だって難しいのに出来るわけないじゃないですか」


 勢い込んだレストラードをくじくように、こともなげにソフィアは否定した。

 驚きのやり場を失ったレストラードに苦笑しつつ、コンラートがソフィアの言葉を補足する。


「前時代の魔術では、生贄や人体の部位などを対価に儀式を繰り返したけれどね。再構築するには生命や人生はあまりに情報が膨大で、個体固有の要素も大きい」


 どうにかなるものなら、ソフィアも魔法薬とは違う研究していたかもしれない。

 しかし、こればかりはどうにもならない。


「一度失われれば、どんなに願っても取り戻すことは不可能だ」

「で、犯人は? 検屍官の口ぶりだと、わかったんでしょう?」

「犯人かどうか警部が立証してください。推測できる事柄だけで証拠がありません」

 

 ソフィアは地図の一点へと目を向ける。

 あの店は、すべての事件の範囲内にある。

 

「地図のここ、博物館近くの裏通りにあるティーショップが犯行現場だと思います」

「ティーショップ? なんでまたそんな……」

「昨日、師匠と行ったんです。それは偶然じゃないと警部の言葉で気がつきました」


 ソフィア自身も事件の当事者として巻き込まれかけていた。

 理想的な人生の条件から外れてるけれど……と、ソフィアは小さくため息をついて、彼女を凝視するレストラードにごほんと咳払いする。


「とにかく、すべての条件を満たしています。店主は暗い髪色(ブルネット)で茶色目の未亡人です。おそらくは、亡くなった娘さんがいます」


 あの言葉は少し変だったからと、ソフィアは胸の内でつぶやく。


『十一歳で寄宿学校にいて。もうずいぶん長く会えなくて寂しいけれど』


 この国で、義務教育は五歳から十歳まで。

 もうずいぶん長く会えない、表現として少し大袈裟だ。

 秋に進学し、冬と春の休暇に帰っていないのは、店の内装を一緒に考えるほど仲が良く、娘を大切に思うような母親の姿と少々矛盾する。

 もうすぐ訪れる夏の休暇についても触れなかった。寄宿学校から帰ってくる娘など、きっといない。


「その娘を甦らせるために、殺人を犯したと?」

「たぶん。よき人生も込みで」

「店に降霊術の本があった。僕も持っている前時代の魔術書の類です、警部」

「なにより女性が親しい人とお喋りや相談事をするのに、最適な場所でしょう?」


 落ち着いた感じのいい女店主なら、話を聞きだすこともできたかもしれない。

 被害者を襲ったのではなく、獲物が自らやってくるのを待っていた。

 お茶に少量の睡眠薬を混ぜ、居眠りさせて連れを先に帰す状況を作ることも容易にできる。試食会など持ちかけて来させることも。

 閉店の札を出しておけば人も入ってこない。

 小さな厨房があり、刃物があっても誰も気にしない。

 台車で木箱に詰めたゴミを捨てるように運んでも、貴婦人の使用人を装って車椅子を押しても、違和感がない店主の容貌と雰囲気。周辺事情にも詳しいだろう。

 静かに人知れず獲物に手をかけ、透明人間のように動ける。

 ソフィアの説明に、レストラードの怪訝そうな面持ちが半信半疑なそれへと変化していく。

 

「それに、警部がいま持っている一シリング本を売る、露店の男の子に選別を委託しています」

「僕は彼に、新しくできた店があると教えてもらった。つまり女店主と露店の少年は知り合いだ。店には一シリング本もあった」

「彼も少し変でした。わたしが立ち読みした本の代金を払ったのは師匠です。それなのに……」


 少年はあの時、ソフィアを見ながら「どうも旦那」と言った。

 

「わたしが迷惑な立ち読み客だったから? 違います。彼は、わたしの髪の色に気を取られていた」

「そういえば……フィフィは現場からフードを被ったままでいた」

「はい。昨日は師匠が髪を綺麗に編んでまとめてくれて、被ったフードの中で収まりがよかったんです。だから髪色も暗く見えた。警部がさっき言った通り」


 レストラードは言った、フードを被ればソフィアの髪と瞳は、被害者達に近い色に見えると。

 買い物客や博物館を訪れた人が行き交い憩う広場で、少年は選別を任されていた。新しくできたティーショップの女性客を。


「お店の話題作りで、店主と同じ髪と目の色をした客を誘導したら一人いくらと持ちかけられでもしたのでしょう」


 露店は少年のものではない。自分の取り分にならない一シリングより、自分の取り分となるソフィアだった。

 コンラートが払った本の代金への態度は、それがそのまま現れたものだ。


「たしかにそんな店なら……これと繋がりもない被害者にも説明がつく」

「爆弾騒ぎもおそらくは店主です。やたらいい紙の脅迫状は、最初の被害者エミリー・ガーランドが買った便箋と封筒でしょうから」

 

 これが、引っかかっていたことと起きていたことです――と、ソフィアは話を終えた。


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