第5話 誰にでも秘密がある(4)
一人目の被害者:リズ・アッシャーの友人の証言。
『あたし達、同郷の同い年で。十五で首都に出て八年になります。別々の店の売り子から、オクサンフォルド通りの百貨店に移って再会したんです。あの子、すごく苦労してて……お店で知り合った建築技師から求婚されてよかったって……なのに、あんな死に方っ……きっと前の店で言い寄ってた客です! つきまとわれてて、婚約者に相談したらって言ったのにっ……寮ももう出るし、心配かけたくないってっ!』
二人目の被害者:エミリー・ガーランドの父親の証言。
『一体どこの悪魔がっ、娘はまだ十七ですよ! それを、胸を抉り木箱に詰めて捨てるように……オクサンフォルド通りの文具店に便箋を買いに出て帰らなかった。付き添いの家庭教師が、役目を放棄していなければ……クビにしましたよ当然でしょう! 怠慢なあんた達もそうしてやりたいがね! 捜索願いを出してっ……どうして……っ』
三人目の被害者:ドロシー・リデルのアパートの隣人の証言。
『美術学校の辺りにいる芸術家相手のモデルだって、羽振りよさそうに振る舞ってはいたわね。ここに住んでる時点で怪しいけど、パトロンはいたみたい。オクサンフォルド通りで深緑のドレスを作らせたとか……それよりお腹を刺されたって? 最近気分悪そうにしてて……ここだけの話、子供じゃないかって。都合悪くなってぐさっとやられたとか? 芸術家なんてイカれた連中だもの――』
◇◇◇◇◇
エドワード提供の捜査資料は、几帳面に整理されタイプし直されたものだった。
三件目の聞き込み証言まであることに、権力を感じる。
「この国の役人の勤勉さには感心する」
翡翠色の布を貼った工房の肘掛け椅子に座って、コンラートは運び込んだ資料を片手にずんぐりした役人を思い浮かべる。
資料を応接間のテーブルに置くなり、エドワードの側に控えもせず、職務に戻るためにさっさと帰っていった。
ふと目の合ったコンラートに「気持ちが悪い資料です」と一言残して。
猟奇的な殺人事件だからそれはそうだろう。
「変わった人でしたね。殿下は騒がしいだけでしたけど」
「フィフィは殿下に厳しいね」
「だって、子リス、子リスって」
コンラートと話しながら、ソフィアは作業机で小さな容器に検体を分けながら、エドワードへの不満をこぼす。
「要約すると、“早期解決を頼む!”といったところかな」
「まだなにも出ていないのに、困る」
ソフィアがぼやきながら、下処理した検体の容器を分析用の魔道具にセットしていくのをコンラートは横目に見る。
セットした容器が高速回転し、ものの数分で成分が分離する。
この国に渡る船の厨房で見た、牛乳を分離させる器具を見て思いついたらしい。
他にも、物質と魔力の反応差異を利用した分析器などもある。
三つの部屋を一つに繋いだ工房の一部屋分は、いまはソフィアの薬物研究室のようなものだ。作業机に近い壁には鍵付きの薬品棚があり、ソフィアの作った試薬や魔道具が整然と並んでいる。
「ヤードが平民の信頼を損なうのは避けたい。あれで各階層に気を配る人だ」
「レストラード警部も気の毒ですね。二人目の被害者の父親が庶民院議員の実業家で、責任を問われそうだなんて」
それもエドワードは避けたいのだろう。レストラードは優秀な警部であるし、なによりヤードの中でソフィアに協力的だ。
「警部がクビになったらいやだな……」
「大丈夫だよ。なんだかんだであの人も小狡く立ち回るところがあるしね」
この国は、大陸、特にコンラート達の生まれた大陸東部と違い、魔術を神に仇なす異教の邪術や呪いとせずに、いち早くその有用性に目をつけて取り入れた。
しかし一方で、その恩恵を王侯貴族が長く独占したために、多くの人々にとっては少々感情的に敷居が高い感覚もある。
レストラードはよくも悪くも現実的だ。十八歳の少女の知識や魔術の資質が捜査に役立ち、そう邪険に扱うものでもないと判断した。
近頃ではいくぶんか頼りにしているきらいもある。
「遺体の発見の仕方が、捜索してではなく博物館の爆弾騒ぎの警戒を解いて、動員された巡査が通常の巡回に戻ってだから……遺族側が感情的になるのも仕方ない」
資料によると、エミリー・ガーランドが行方不明となり捜索願いを出されて四日後に発見された遺体は、死後二日以上が経過していた。
それは丁度、博物館で爆弾騒ぎが起きた頃で、遺族としては単なるいたずらだった騒ぎにヤードがかまけている間に娘が殺害されたといった気持ちにはなる。
そして今日、白昼堂々と、首都の中心街を東西に走るオクサンフォルド通りと交差する大通り沿いで三人目の被害者が出た。
レストラードが言った「面目丸潰れ」はその通りではある。
「――モルヒネです」
会話しながら作業を進めていたソフィアが、試薬の色が層になった試験管をコンラートにも見えるようにかざす。
解剖所見から特定の成分に反応する試薬を選び、検体を分離した上澄みを混ぜれば、出る色の層で成分と濃度がわかる。ソフィアの試薬は彼女にとって研究の産物でしかないが、世に出れば価値あるものも多くある。
ただ、いまは彼女の身の安全のためにも悪目立ちは避けたい。
大魔導師の評判はその隠れ蓑にも都合がいい、コンラートが側にいれば彼の指示指導と事情を知らない人は思う。
「濃度から見て犯人が投与したのではなさそうです。成分が共通する睡眠薬くらいは使ったかもですが」
「強い鎮痛作用があるね。別の分析器にかけた、被害者の指先から採取した粉は?」
「小麦粉や油脂などが混ざった、お菓子の粉でした」
ソフィアの研究は独特だ。素材の分析を地道に重ね、特性を把握し利用する。
手法は化学的だが分析手法を確立させている点と、分析用の魔道具や様々な魔法薬を開発している点で評価できる。
「魔法薬は出なかったです。でも、すっきりしないぃっ」
「もう遅い時間だ。分析作業も終わった。フィフィ、片付けて今日は休もう」
「……はい」
猟奇的な部分は、生贄やこじつけのような代償を求める前時代の魔術を連想させるが、こうも魔術の痕跡がないなら普通の事件と見るべきだろう。
机の上を片付け、うっかりこぼした保存液や血液の汚れを拭くソフィアを眺めながらコンラートはそう考えるが、彼女は魔術の関与を捨てきれていないようだ。
「試薬の残量はきちんと記録につけたかい?」
「はい」
とはいえ、彼も目の前にあるものを捉え損ねている感覚がある。
こういった時は一度頭を休めたほうがいい、コンラートは工房に鍵をかけた。