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魔導検屍官ソフィア・レイアリングの巻き込まれ事件簿  作者: ミダ ワタル
File5:パン職人失踪事件(全3話)
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第44話 パン職人失踪事件(1)

 湖水地方はヴィナンダル湖の北部、北側にはなだらかな稜線を描く山がそびえ、古い時代の石垣の囲いが残る草原に羊が草を喰む、のどかな場所の貸別荘(コテージ)に落ち着いたソフィアとコンラートは、のんびり穏やかな休暇の日々を満喫していた。


「緑の丘と山の景観に、青く静かにきらめく湖。人は時間の流れにせかされることもなく、当たり前の日課をこなし朝から昼へ、昼から夜へ、夜から朝へと日々が過ぎていく……最高だねこれは、詩人達が讃えるのもわかる」

「はい! 師匠っ、針水晶(ルチルクォーツ)が採れましたよ! 真っ直ぐの金針です! 最高っ!」


 本日ソフィアは、少々足を伸ばして山頂近くまで鉱石採取に来ていた。

 山頂といっても、なだらかな登り坂をてくてくと歩けば辿り着ける。

 この辺りは地層が多層的で、これといった鉱床はないものの、少量だがさまざまな石が採取できる。

 古着で買ったシャツにズボンに麦わら帽子と、田舎町の少年みたいな格好でコンラートの元に戻ったソフィアは手のひらにのせた戦利品を誇らしげに見せた。ちらりと本から彼女に目を移したコンラートは、はあっとため息をつく。


「フィフィ……せっかくの“完全なる休暇”だよ。この景色の中にいて、あっちやこっちへちょこちょこと移動しては鉱石採取。キタリスの巣篭もりだって君ほどは忙しくはないだろうね」

「せっかくの“完全なる休暇”だからですよ。師匠こそ、外に出ても寝そべって本ばかり読んで……景色なんてちっとも見ていないじゃないですか」

「自然の中に身を委ねているんだよ。フィフィ、もうかなり日も登ったからお昼にしよう。食べたらしばらく休憩だよ。そんなに張り切っていては帰りにばててしまう」


 草の上に敷いた、鮮やかな青と緑の格子柄に細いオレンジの線が入ったブランケットから上半身を起こしたコンラートに、被っていた帽子のつばをぐいっと押し下げられる。ソフィアは作業用手袋をはめた手からこぼれかけた、鉱石の欠片を慌てて握り込んだ。


「もうっ、師匠!」

「土埃を払って、手を綺麗にしておいで」


 機嫌のよい笑みを見せて、コンラートがお昼の入ったバスケットに手をかける。

 パンに薄切りのハムとチーズや、ゆで卵のペーストを挟んだお昼と、お茶を入れるための小さな湯沸かしポットの魔導具が入っている。

 ポットと台座がセットになっていて、台座に魔力を流すと魔石をはめ込んだ部分が熱くなり、お湯が沸かせる仕組みのものだ。


「水晶だけではなさそうだね……方鉛鉱も取れたのかい?」


 ソフィアが、ブランケットの上に置いた戦利品の中で、銀色の金属光沢を放っている、灰色の小さな六面体が集まった塊を見下ろしてコンラートがつぶやいた。


「はい、小さいですが、探せば色々な鉱物が出てきますよ」


 細々した鉱物の欠片を眺め、「随分、集めたね」と彼は黒っぽく艶のある石を摘んだ。


「これは石墨かな? そういえば、近くのケセウィックの街は鉛筆芯を作る工場で栄えてもいるね」

「ああ、そういえば。お土産物屋さんにも文具がありましたね」


 ケセウィックはヴィナンダル湖北側の主要な観光都市だ。都市といっても、首都と違ってお伽話に出てきそうな外観の建物が並び、文具やチーズや羊の毛皮や毛織物製品が特産品として売られている、のんびりとした雰囲気のかわいらしい街である。

 ソフィア達も週に一度ほど、貸別荘のある小集落から、食料品や日用品の買い出しに訪れている。設備の整ったホテルも街には沢山あるが、素材採取の長期滞在のため費用面も考え、少し離れた山の麓の集落の貸別荘とは名ばかりな借家を月単位で借りている。到着してそろそろ一ヶ月が過ぎる頃だった。

 

「お昼はこっちに並べる?」


 ブランケットを敷いた灌木の木陰から数歩離れて、軽く全身に浄化の魔術をかけて戻ったソフィアは、バスケットから清潔な白麻のナフキンを出してお茶の湯を沸かしているコンラートに尋ねる。


「そうだね。お茶に砂糖は入れるかい?」

「入れる!」


 ソフィアは上機嫌に答えた。幸せだ。こんなにものんびりと大自然が満喫できる景色も綺麗な場所で、コンラートとのんびりピクニックだなんて、王女だった頃でもできなかったことだ。


「うれしそうだね」

「はい、うれしいです」

「まあフィフィは美味しいご飯やお茶があればいつもご機嫌だけどね」

「そんなことないですー」


 からかうコンラートに少しむくれても見せるけれど、頬が緩んでにこにこしてしまうのを抑えきれない。旅行を計画してよかったとソフィアは思う。

 日頃、政府の仕事や企業の相談、魔術学校の講義や工房との共同研究と、忙しくしているコンラートもゆっくり休養を取れているようだし、大満足だ。

 お昼を食べて、お腹も満たされる。

 採取中は脱いでいた、いつも羽織っている褐色のローブを掛け布にして寝そべってソフィアが休憩する側で、午前中に彼女が採取した石を一つ一つ摘んでコンラートが鑑定するように見ていた。


「いつもながら、フィフィは“目がいい”ね。これといった鉱床はないだろうにいい石を採ってきている。たしかにこの針水晶(ルチルクォーツ)は白眉だね」

「でしょう?」

針水晶(ルチルクォーツ)はその金色に輝く内包物から富の石とされてきた。水晶として浄化の作用も強いとされてきたお守り石でもある」


 掘り出したものの中でも、選りすぐりの結晶だけ採取している。

 寝そべったままソフィアは、えへへとすぐ側に足を伸ばして座っているコンラートを見上げて自慢げに口元を緩めた。 


「これはマダム・オリヴァのところへ持っていても、それなりの値で取引してくれそうだ」

「売りませんよ。加工してグラハム夫人へのお土産にするんです」

「それはまた、贅沢なお土産だね」

 

 魔導師が手ずから採取・加工した宝石にもなる鉱石だからだろう。でもいいお土産だねとコンラートは言ってくれた。 


「ところで方鉛鉱(ガレナ)は魔術が錬金術の一端に取り込まれる以前から、重視されてきた石だ。フィフィ、錬金術においてこの石はどんな特性を持っている?」

「“変容を促す”、です。錬金術はそもそも卑金属から貴金属、すなわち金を生み出すのが目的。方鉛鉱から鉛精製はその第一段階、金銀の精錬に必要な素材です……」


 鉛を介して金銀の抽出・精製を行うものでは、灰吹法という方法が代表的だ。これは古代文明の頃から行われた基本の方法で、いまは金属の分析法にも応用されている。ソフィアが昼食後の気怠さの滲む口調で答えれば、きちんと勉強もしているねと苦笑された。


「……休憩じゃないの?」

「休憩でいいよ。フィフィが随分と旧時代の魔術みたいな素材集めをしてきたからついね」


 鉛は錬金術では最も卑しい金属とも言われている。

 魔術的に天体の属性でいえば土星に属し、太陽に属する金への変容するための、出発点となる始原物質だ。そんなことをきっと考えたのだろう。


「鉛なんて毒性が強いのに創薬で使うのかい?」

「魔導具用の素材です……加工に便利なので」

「なるほど。天然鉱物から精錬なんてフィフィらしいね。少し昼寝したら麓に戻ろうか。今夜はハミルトン夫妻からディナーの招待を受けているしね」

「はい。楽しみです」


 ハミルトン夫妻は貸別荘の所有者、つまり大家さんだ。

 五十代半ば過ぎの気さくなご夫婦で、若い頃に首都に住んでいた期間もあるらしく魔術職への理解もあった。

 魔導師は研究者として、魔術師は技術者として、人や社会に魔術を提供する。

 契約の際の審査で職業も伝えることになっている。大魔導師の先生とお弟子さんなら学者さんに近いわよねと、週に一度、ハミルトン家のメイドによる掃除などの家事手伝いもつけてくれた。とても助かっている。


「時折、お裾分けしてくれるパイも美味しいし……」

「フィフィは本当に美味しいものに目がないね」


 夫妻は元々この近辺で畜産業を営んでいたが、そちらは息子夫婦に譲り、若い頃からコツコツとお金を債権投資に回してきた配当で慎ましく暮らしていた。

 近年、鉄道の普及もあり、裕福な人々や中流階級の芸術家の長期滞在も増えてきたことに目をつけて貸家業を営みはじめ、いまは悠々自適に生活している。

 ソフィア達が借りている貸家は夫妻の家の隣に建っていた。街から少し離れるからか、静けさや小さな集落の生活の体験を望む、学者や作家といった所謂文化人の借り手が多く、夕食に招いて話を聞くのも夫妻の楽しみの一つであるらしい。


「まあ僕たちは、街から離れた人の少なさと安さで借りたけどね」


 コンラートが肩をすくめる。魔術書や研究用の魔法薬や魔導具を持ち込むので、防犯の面でも、人は少なく余所者は出入りしづらい集落の方がいい。

 もちろん借りている間、仮設工房とする許可も得ている。結界と魔術の錠をかけるだけで家自体に大きな影響はない説明をしたら、「以前貸した化学実験趣味の人よりずっとましね」と夫人が言った。酸素爆発を起こして部屋をめちゃくちゃにされたらしい。魔法薬は扱うけれどそういったことはないとソフィアは説明した。

 

「師匠はあまり講義のような話はしない方がいいかも」


 首都警察(ヤード)のレストラード警部によく煙たがられているため、ソフィアが言えば「わかっているよ」とコンラートは答えた。


「講演や社交向けの話にするさ。でもたぶん、ブランドルコートの事件に興味をもたれそうだけどね」


 ソフィア達も関わった事件。途中駅ブランドルコートを治める、ブランドル家で起きた人体発火消失事件と継承騒動は、地方新聞の紙面を大いに賑わせた。

 なにしろ領主が先代から双子の兄と弟で入れ替わっていて、出奔した兄の息子が殺人を犯し、ブランドル家の莫大な資産乗っ取りを企てた大事件である。

 捜査の過程で、乳母の手により、息子世代も入れ替えられていたことも発覚した。


「トマス様とデイビッド様の望む結果になりそうで、よかったです」


 領主交代に関する裁判所手続きも含め、事件の刑事裁判も人々の耳目を集めるものになった。

 この一ヶ月の間で、悪質な手口と凶悪さから犯人のロビン・ブランドルの絞首刑が確定。またブランドル家の新当主は、ブランドルの血筋を持つ、元秘書デイビッド・クック青年が本来の身分を取り戻し、サー・トマス・ブランドルとして正式に継承することに落ち着いた。デイビッドとなったトマスはブランドルの技術顧問に就任することになり、ようやく世間の注目と関心も他の物事へと移り始めている。


「あ、そうだ。帰りにホテルに寄りましょう。郵便が届いているかも」

「そうだね」


 手紙などの郵送物は集落唯一のホテル留めにしてもらうようにしていた。

 貸別荘にいつ落ち着いて、いつ出るか予定が決まっていないためである。

 唯一のホテルだが、立派な庭園をもった高級ホテルで、観光都市からも距離を置く保養地の宿としてこちらは上流階級や中流上の人々に人気のようだった。

 静かな丘陵地の木陰で、穏やかな風に吹かれて寝転んでいると次第にうとうとしてくる。ソフィアは幸せな昼寝にまどろんだ。

 まさか、ハミルトン夫妻との夕食の場に、ちょっとした事件が舞い込んでくるなんてそれこそ夢にも思わずに――。

File5です。長めのお話が続いていたので、今回はほっと一息つくような短編です。

休暇満喫のソフィアとコンラートをお楽しみいただけたらうれしいです。


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