第43話 影しかない男(24)※完結
燃えるロバートを助けに監督室へ駆けつけた者達と、同じ室内に犯人のロビンと遺体となったロバートはいた。
「工場長やデイビッドさんをはじめ駆けつけた人々は、室内にうっすら漂う石炭の灰の匂いを、ロバートさんが燃えた火の匂いに錯覚した。本当なら肉や髪の焦げる匂いのはずなのに。その証言も取れています」
工場長はソフィアの質問でようやくそのことに気がついた。
デイビッドもソフィアの説明を聞いて、「そういえば……」と愕然とした表情を浮かべる。
「すでに棟内のガス灯は火が落ち、明かりはデイビッドさんが事務室から持ってきた手元を照らすオイルランプだけ。入口付近から部屋全体を照らしたところで死角になった遺体も犯人も見えなかったでしょう」
そうして、ロバートが外に出たと皆で敷地を探し、結局見つからずに解散した。
「犯人とロバートさんの遺体が動いたのはその後です。外に遺体を運び出し燃やした。場所は工場裏だと思います。廃材置き場ですよね」
「ああ。たしかにあそこなら屋敷からも町からも離れていて、夜中は人もいない。建物に遮られ火も目につきにくい。焼却炉もある」
工場長がソフィアに答えた。
石炭炉の煙の匂いは夜もしていて、多少焦げ臭い匂いが残ってもわからない。
痕跡を隠す石炭の燃え殻や砂もある。
魔石動力炉から出るのは建材に流用できる砂だ。砂袋の一つくらい消えても誰も気に留めない。木切れや使い古しの布、書き損じの紙などゴミを利用し遺体の表面を焼いた。
「注射針や魔法薬の痕跡を消すためです。思わぬ出血もしたのでその血痕もでしょう。自然発火したように油などは使わずに。これで異常に燃えた遺体も出来上がりました」
燃やした遺体を防水シートにしっかり包み直して、腐敗が進めば人が気がつくような茂みに遺棄するだけだ。
夜が明ける前に盗んでおいた自転車で運んだ。
運んだ後、そのまま自転車でブランドルコートを出た。
「線路沿いに南下すると、ロバートさんが時折出稼ぎにいっていた炭鉱街です。日雇い向けの安宿が無数にあります」
安宿やその他の手配、物の準備や調達など諸々用意をするには、数日を要する。
目撃者を作るだけじゃなく準備もあってロバートと会う日時を指定した。
「火曜の前に一度は首都に戻る必要もありました。火曜日の朝にいま港に着いたばかりの旅の女性を装って。ホテルに泊まる必要がありました」
「アリバイ作りですね」
デイビッドの言葉にソフィアは頷いた。
その通りだ。
「前金で代金を払い、木曜朝早く出ると伝えて部屋で休むから構わないでと伝えれば、泊まって木曜朝早く出た宿泊客になります」
「くそっ、部下は支配人に宿泊客がいたか尋ねただけだ!」
たとえ途中で、客室係が部屋に入っても、適当に使った形跡を残しておけば、気晴らしにどこかへ出かけたと思うだけである。
「首都の宿を抜け出し、昼前の特急列車にのれば数時間。炭鉱街に途中下車して、安宿に荷物や調達した道具を置いても、夜にはブランドルコートに十分戻れます」
「しかし、ロビン・ブランドルは首都のホテルにいたことになる。上手く考えたものだ」
「荷物や道具を置いてというのはなに?」
トマスが苦々しくつぶやき、ジェシカが尋ねる。己が見つけた遺体に関わる話のためかやや興奮気味にソフィアの説明に食いついていた。
「デニスの娘、ロビン・ブランドルになるための荷物や道具です。それは大きな革の工具鞄と旅の荷物、青い作業着、黒い紙と細い木材に消毒液などです」
「まさか」
特急列車を止めた黒影の事件を知る、レストラードが声を上げる。
「そうです。安宿で休んだ翌日、犯人は髪に消毒液をかけて、日灼けしたように褪せた髪色にしました。炭鉱街の公衆浴場で入浴し、青い作業着に着替え、大小の黒い紙人形と木材で簡単な組み立て式の仕掛けを作った」
そして次の日の木曜日、荷物を工具鞄に包んで自転車で線路沿いに運んだ。
炭鉱街の駅からブランドルコートの駅までは約十マイルの距離。その中間地点。
「そう、列車はあの時、あの地点で止まらなければならなかったんです。ブランドル家に忍び寄る影のような犯人が擬態して乗り込むために」
簡単に壊れて脱線事故は引き起こさない、黒い紙人形を仕掛けて列車を止め、首都から来た怯える淑女のロビンとして乗り込んだ。
「列車が止まって調査を終えた後、師匠とコンパートメントに戻ろうとして、一等車両の通路で青い作業着の男性と肩がぶつかりました」
狭い通路でソフィアと肩がぶつかったなら、相手は細身だ。体格のいい人なら、斜めになっていても前を塞がれたはずだから。
「作業着の男性は、水漏れの点検と言って、予約された無人のコンパートメントに入り首都から列車に乗った女性のロビン・ブランドルになったんです」
その証拠にすぐ近くのコンパートメントに入ったソフィア達のところに、点検に来る作業員はいなかった。
「そしてあとは、皆さんの知るロビンさんとしてこの屋敷に入りこんだ」
ソフィアが説明を一区切りすると、居間にいた人々は詰めていた息を吐き出すように、ため息をついた。
「用意周到が過ぎる!」
「なんて恐ろしい」
グラットン医師とエレノアが口々に言って、ボイル夫人は聞いた話の消化に忙しい表情で大きく瞬きを繰り返している。
リディアは巡査と共に大人しく聞いているが、夫を殺害した犯人の邪悪さに口元を手で覆って震えていた。
「教えてくれ……」
トマスがそろりと、小声でソフィアに尋ねた。
「親父殿は、リチャードに扮していたデニス・ブランドルは殺されたのか?」
「いいえ」
ソフィアは首を横に振った。あれは病死だ。不審なところはなにもなかった。
グラットン医師もコンラートも一緒に三人がかりで検屍している、間違いはないだろう。
「彼の死そのものは発作による病死です。かなり心臓が悪く、日をおかずに二度倒れた直後で次に大きな発作が来たら危ない状態でした」
「そうか」
「ですが、発作を引き起こさせたのはロビンだと思います」
リチャードに扮していたデニス・ブランドルはロビンが息子であることを知っていた。
「彼はロビンの母親の手紙を持っていました。おそらく最も身近な場所に保管していたはず。執務室か寝室。でも執務室は秘書のデイビッドさんが頻繁に出入りする。だから寝室と考えた。ロビンが姪に扮したのはいくつか理由があります」
一つ目は、相続上不利になる女性と他の親族の警戒を緩ませ、同情を得るため。
二つ目は、単純に殺人犯と思われにくいため。
三つ目は、リチャードに扮したデニスに不審に思われるために。
「何故、不審と思われなければならない?」
「考えてみてください。ロビンが欲しいのはお金であって、ブランドルの名誉ではないんです。そこへ男性の姿で出ていって、リチャードと入れ替わっていたデニスに真の後継者と紹介されたくはなかったんですよ」
「そうか、旦那様はあの場で遺言の書き換えについて発表するつもりだったから、僕も呼ばれていた……」
「そうです。デニス・ブランドルは思慮深い人です。倒れた不調もあって一度は混乱したものの、すぐ真意をロビンに尋ねようと呼んだ」
ロビンは親族に警戒させず、ブランドルの誇りを傷つけないよう穏便に手続きを済ませるために考えたのだと言ったはずだ。
事業財団の手続きが終わるまでは姪として過ごす。リチャードとの入れ替わりや相続の場で波紋を呼ばずに済む。落ち着いたら自分もブランドルのために尽力すると。
「あくまで想像ですが、そのような話をしたのだと思います。ロビンには目的がありますから」
「ひどい、嘘ばかりじゃない」
ソフィアの話にアビゲイルが両手で胸元を押さえてロビンへの憤りをつぶやく。
「目的とは? 検屍官? 遺産以外にないと思うが」
「はい。その遺産のためです。事業財団は遺言とは別の契約です。そこに記されている指名する管財人の名はロビン・ブランドル。性別など関係なく本人の名前です」
ロビンにとって最も大事なのは、都合の悪いことはすべてデニスとデイビッドに押しつけ、憐憫を向けられた姪として法的に覆せない手続きが済んでしまう時間を稼ぐこと。
「デニスには、彼がまだ生きているうちに説明すればいいと。そして母親の手紙を言葉巧みに取り出させ奪い取った。これがあるとデニスを騙した証拠になるからです」
ロビンは事前にグラットン医師から注意を受けていた。話すのは五分だけ。かなり弱っていると。
「手紙を奪い取られた瞬間、デニスは察したはず。ロビンに彼が思うようなブランドルを取り戻す資格はないと。彼の兄リチャードと同じ、利己的で家のことなど一つも考えない人だと」
ロビンには誠実さの欠片もなかった。
「手紙を奪い取った後は、きっとわざと挑発した態度を取ったはずです。絶望とその憤りへの興奮で発作を引き起こすために。失敗した時は薬を過剰投与させたでしょう」
アビゲイルが聞いた「渡さんぞ!」という言葉とも一致する。そしてハンカチ。
「アビゲイルさんが見た、部屋を飛び出したロビンが持っていた白いものは、ハンカチではなく手紙です。廊下は薄暗く遠目で一瞬では見間違えても不思議はありません」
でもロビンにとっては気が気じゃない。だから土曜日はアビゲイルに張り付き、日曜日に罠にかけた。
デニスが死の間際にデイビッドを呼んだのも都合がよかった。その状況も利用して。
「せめてデイビッドさんに、本当の息子である真実を伝えようと、でも間に合わなかった……」
「なんて、なんてことなんだ……旦那様っ……父さんっ」
「後のことは、ロビンを捕える前に皆さんが見聞きした通りです。二世代それぞれで入れ替わりが起きたことも」
最後の「父さん」はロバートのことか、デニスのことか。もしかしたら両方かもしれないとソフィアは顔を覆って嘆いたデイビッドに胸を痛めながら思った。
「デイビッド……俺たちは、俺たち二人の父親達を亡くしたんだ……俺はロビンを許さないだろう」
「……ああっ」
これが、このブランドルで起きていたことですとソフィアは話を終えた。
「デイビッド、彼らがすべての悪事を明るみに、ロビンを裁きの場へ連れて行ってくれたんだ。法が奴に裁きと復讐を果たしてくれるはずだ」
とんとん、とんとんとトマスは何度もデイビッドの肩を叩き、彼も項垂れてその額をデイビッドの肩へと寄せた。
「お前の言う通りだ、トマス……」
主従ではなく幼馴染の乳兄弟の口調でデイビッドもまたトマスを慰めた。
◇◇◇◇◇
翌日、昼前、ソフィアとコンラート、そしてレストラードも共にブランドルの人々に見送りを受けた。
「秋には卒業するから、来年デビューしたら首都を案内してくれる?」
昼食を入れたバスケットを渡してくれたアビゲイルの言葉に、もちろんだとソフィアは応じる。令嬢を案内出来るような場所はよく知らないけれど、それまでにコンラートやグラハム夫人に聞いておこうと考える。
それはそうとびっくりしたのは、たった一晩でグラットン医師とジェシカの距離が一気に近くなったことだ。
まるでもう夫婦になったようにぴったり腕を組んで並んでいる。
「気づいたのよ。一人でも十分お金持ちになれるけれど、二人ならもっとお金持ちになれるって」
デイビッドとトマスの意思でリチャードに扮したデニスの遺言にそって分与が進められる手筈でカーライル弁護士が動くことになった。
ジェシカに三万ポンド、グラットン医師に一万ポンド合わせて四万ポンドだ。
「諸々の手続きが済んで落ち着いたら、新大陸へ行こうと思ってね。あちらはまだまだ真っ当な医師が少ないから。手続きの間に、代わりの医師を後輩か引退前の教授あたりから見つけるつもりだ」
新大陸なら、この田舎や競争の激しい首都と違って大いに稼げて内科医として腕もふるえるとグラットン医師は軽薄に笑った。
エレノアに嗜められていたけれど、きちんと後任の医師を探してからというのが、根は良識ある彼らしい。
「手紙書くわ。遺産の額まで知られてるのよ、もう私達お友達でしょう?」
「えっと、はいっ!」
よくわからない理屈だけれど、お友達が出来るのはうれしい。えへへと笑んだソフィアをコンラートとレストラードがにこやかに見た。
「よかったね、フィフィ」
「じゃあ行きましょうか、検屍官」
「レストラード警部も、ソフィアさんと大魔導師様もありがとうございました!」
「魔石動力炉も動くようになったしな。礼を言う」
出掛ける前に、工場の魔石動力炉にコンラートは補強術式を施した。後の手当はトマスがいれば大丈夫だろうということだった。
彼は身分を正した後は、ブランドルの技術顧問に就任するとデイビッドと決めたらしい。
「僕は当主としての教育は受けていませんし、やっぱりトマス様がいないと色々と困るんですよ」
「トマスでいいと言ってるだろ。俺相手にそんなことでは先が思いやられる。まあ、貴様も無茶をしそうだから元気で」
「はい、トマス様とデイビッド様も!」
検屍官急がないと乗り遅れますよと、レストラードの言葉にソフィアとコンラートは一礼して送ってくれるというブランドル家の馬車に乗り込んだ。
こうして事件は幕を閉じ、ブランドル家に新たな光が差し、新たな時間が動き出した。
〈影しかない男・完〉
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