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魔導検屍官ソフィア・レイアリングの巻き込まれ事件簿  作者: ミダ ワタル
File2:誰にでも秘密がある(全7話)
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第4話 誰にでも秘密がある(3)

「んー、これと……これと、これっ」


 品揃えは上等店、なのになぜか中流の区画でも下町的な雰囲気の通りに、ソフィアとコンラート御用達の魔術素材専門店『マダム・オリヴァの店』はある。


「やっぱり純度で見たら、こっちかも……」


 その店内で、よさそうな中級魔石を二、三個ずつ手に取っては目を細めて見比べ、購入する石を選ぶソフィアを、カウンター越しに女店主が頬杖ついて眺めていた。


「そんな微妙な差……相変わらず目がいいわねえ。ウチの鑑定士にしたいくらいよ」


 選り分けられた魔石を見てぼやいた女店主に、ソフィアは上目に石から目線を上げてその顔を見た。

 四十絡みの、脂の乗った女っぷりの女店主は、ついさっき検屍(けんし)した被害者に髪色と雰囲気が少し似ている。濃い栗色(ブルネット)なんて最もありふれた髪色だ。

 あの人が歳をとったらこんな感じになるのかもと考えながら、ソフィアは石の選別に戻って買うものを決めた。


「この子が来ると、いいのは全部持ってっちゃうんだから」

「いいといっても同等品の中から選んでいる。目利きの客がいるのはいい店の証拠では、マダム・オリヴァ」

「先生の内弟子自慢は、間に合ってますから」


 中級品の天然魔石は同程度の質と大きさのものが箱に入れられ、バラ売りされていることが多い。同じ値段で買うなら、少しでもいい石を選びたい。

 魔石はその名の通り、魔力を含む石だ。鉱物同様に地中から出る。

 最上級の天然魔石なら宝石としての価値も高い。

 ブラックオパールに似た、青黒い暗色に赤や白や褐色が揺らめく、遊色の輝きが美しい石は希少なものだ。ただそれに近い石ならソフィアは見慣れている。


「先生のカフスリンクスの石なら、喜んで買取りますけど」

「僕のはまがい物だ」

「水晶に極限まで魔力を込めてそんなの作るの、先生くらいよ。見分けつかないし」

「つきますよ。溶解再合成して組織配列も均一に綺麗すぎるし、魔力の質も違うから、きちんと魔石として鑑定すれば人工物ってわかるはずです」


 最上級の天然魔石は、含んでいる魔力も多く純度も高い。

 ただし、小指の先ほどの一個で首都に家が建てられるほどの値がつき、大半が貴族の宝石箱行きになるらしい。もったいない。


「もうっ、目利きの鑑定士はちょっと黙ってなさいっ」

「見習い魔導師ですっ」

「悪い商売はできないよ。マダム・オリヴァ」


 魔石が持つ魔力の活用法は百年程前から確立されはじめ、魔術は一部の魔力持ちのものではなくなった。

 いまは知識と魔力を扱う技を習得すれば、魔力持ちでなくても魔術を使える。


「あっ、そうそう! 創薬用の新しい人工魔石触媒が入ったのよ〜。たまにはどお?」

「んー、用途別はいらないかな」


 白々しい愛想の良さで話を強引に変えて、新素材をすすめてきたマダム・オリヴァにソフィアは首を軽く横に振って断る。

 天然魔石の魔力は自由に使える一方、高価で扱いに習熟が必要だ。

 そこで開発されたのが、用途別に魔力調整した精製魔石や人工魔石素材である。

 最近は精度のよいものが色々あることはソフィアも知っているのだが、扱いやすい分、繊細な調整には不向きでソフィアの研究とは相性があまり良くない。

 ソフィアは魔法薬研究が専門で、当面の目標はコンラートの変身薬を安価な素材と少しの魔力で作ること。いつまでも彼頼りではいられない。

 

「ソフィアちゃんは職人気質ねえ。いまどき魔力持ちでも、精製魔石や人工魔石素材使う人が多いのに」

「少しの魔力や成分差が影響するから……」

「それは僕がもらおう。新しいものは試したい」

「どうも。ご入用の薬草他合わせて十二ポンド五シリング。この前、高級素材を沢山買ってくれたから端数はおまけね」


 わかっていたけど、旅の買い物より高いとソフィアは天井を仰ぐ。

 一日で、二〇ポンド以上使うなんて大豪遊だ。

 一般的な労働者階級が月に稼ぐお金はせいぜい数ポンド。それより少ない人の方が多いくらいなのだから。

 

「先生は、月末にまとめて請求よね」

「いや、今日までの分の請求書を。七日の内には払うよ」

「まあ、ありがたい」

「出かける予定でね。楽しくないことはしないか、さっさと片付けるに限る」


 だとしたらソフィアを弟子にしてこうして一緒にいるのは、楽しくないことではないと思っていいのだろうか。だったらうれしい。

 店を出て、ソフィアはコンラートの腕に懐いた。


「フィフィ、荷物を落とすよ」


 苦笑するコンラートに買った素材の紙袋を取り上げられる。

 家のある北西に向かって二人は路地を歩き、博物館前の広場に出て、通りすがりに露店を覗く。場所柄、古本や雑誌、一シリング本を扱う店もある。


「おまじないの本はなさそうだ」

「理想的な女性の人生は、初恋は十七歳頃がよいでしょう……え、そうなの?!」


 いま十八歳なのに、と。

 内容に衝撃を受けつつ、ソフィアが手にした本のページをぱらぱらめくっていたら、コンラートが「立ち読みはよくない」と露店の缶に一シリング銀貨を入れた。

 店番の少年が気怠げにソフィアを見ながら、「どうも旦那」と代金の礼を言う。


「“結婚は二十三歳が頃合いです。相手をよく吟味し選ぶのが幸福の要です。二十五歳には我が子を抱いていることでしょう……”」

「啓蒙的か旧弊か、わからない本だ。フィフィ、一休みするかい?」

 

 紙袋同様に本もコンラートに取り上げられる。

 まだ読んでたのにと思いながら、ソフィアは休むと答える。少し喉が渇いた。


「そこの路地に新しい店があるようだよ」


 店番の少年が教えてくれたらしく、情報料三ペンスを払ってコンラートが言った。

 店は、庶民的だが清潔なティーショップだった。

 窓枠は白で壁は青、客が使う陶器もすべて白に青いリボンの柄が入っている。


「素敵!」

「あら、うれしいわ。愛らしいお嬢さんに気に入ってもらえるなんて」


 二人を迎えた女店主が、ソフィアにビスケットもいかがと話しかけてきた。

 濃く豊かな栗色の髪をきちんと結い上げ、茶色い瞳が優しそうな清楚で感じのいい女性だった。マダム・オリヴァとは正反対で、女店主も色々だ。


「娘のアイデアなの。清潔で可愛らしいお店なら女性の人気が出て、柄の悪い嫌なお客さんは寄りつかないって。夫の遺産では裏通りの店がせいぜいで」

「賢い娘さんだ」

「ええ、十一歳で寄宿学校にいて。もうずいぶんと長く会えなくて寂しいけれど。娘の将来を思えばね」


 ソフィアの隣で、コンラートが感心した面持ちで女主人の話に頷いている。

 女手一つで店を経営し、娘を働き手にはせず進学させるなんて立派だと考えているのが、その表情でわかる。

 ふと、ソフィアが店のカウンターへ目を向ければ隅に、古書や一シリング本が無造作に重ねて置いてあった。読書好きな人のようだ。


「一番上の、数百年前に書かれた降霊術の本だね。少し前に好事家の間で流行って復刻本が多く出た頃の古本かな。僕の書斎にもあったかもしれない」

 

 本があると気になるのはソフィアもわかるが、背表紙を遠目に読み取るなんて、大魔導師と呼ばれている人がお行儀がいいとはいえない。

 

「魔術の誤解の元だから立場的には複雑なものの、読み物としては面白いからね」

「師匠色々集めてますもんね、前時代の怪しい魔術書(グリモワール)の類」

「大半妄想も同然だが、いまの知識につながる思想や発見もあるから馬鹿にできないものだよ」


 テーブルの席に落ち着いて、ソフィア達はお茶を楽しむ。

 砂糖を多めに入れたお茶にビスケットがおいしい。

 王女だった頃の、贅沢なお茶やお菓子の味も覚えているソフィアだけれど、おいしいものに貴賎はない。それに一緒に楽しむ人も重要だ。


「幸せ〜っ」

「もう買い物はない?」

「はい、大豪遊」

「フィフィは慎ましいね。だったら馬車を拾おうか。早めに帰るのがいい気がする」


 首を傾げるソフィアに、コンラートは眉を(ひそ)めてカップを口に運んだ。


「ヤードの目と鼻の先。往来で白昼堂々。手口も残忍とくれば、明日の新聞は高級紙まで大騒ぎだ。政府の馬車が来そうに思わないかい?」

「あ……」


 たしかにと、ソフィアは二枚目のビスケットを(かじ)った。

 丘の上の家に戻れば、予想を裏切らない人物が待ち構えていた。


「はっはっはー! 私を門前で待たせるとはな! それはそうと不可解な連続殺人とは船上での出会いを思い出すではないか、子リスよ!」

「……権力、嫌い」

「本来、人を呼びつける側の方が、勝手にやってきて仰いますね。エドワード殿下」


 大魔導師の家の前にいた政府の馬車から颯爽と現れた、派手で騒がしい第三王子にソフィア達はげんなりして応対する。


「そう嫌な顔をするな。貴公らの望むものを持って来た。政府の“重宝する役人”に整理させたから、手間もいくぶんか省けているはずだ」


 エドワードの後ろに、ずんぐりとした動くのも億劫そうな様子の、顔だけは威厳のある男が資料を抱えて控えていた。ソフィアが会釈すれば男も会釈する。

 政府のお役人も気の毒なことだ。資料はヤードの捜査資料に違いない。 


「どうぞ、歓迎しますよ。その貴き御身と立場には敬意を表して」


 ため息まじりのコンラートの皮肉に、なにがおかしいのかエドワードが愉快そうに哄笑する。

 こういった状況は見慣れたものなのか、こちらの対応に不敬と目くじらを立てることもなく、役人は無関心といった考えの読み取れない表情でいる。

 ソフィアはといえば、もちろんちっとも愉快ではなかった。

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