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第38話 影しかない男(19)

【月曜日・午前:ブランドルコート-宿屋】


『Kへ、雄駒鳥冬待たず二度渡る。当局照会。完全なる休暇とよく言う――Cより』


 これほどすべてを雄弁に物語る電信があるだろうか。

 Cとはクラレンス公爵――第三王子が賜った王族保有爵位である。

 彼が当局とするなら、それは間違いなくアルビオン政府およびアウストラリス王領植民地政府だ。つまりこれは政府による記録調査結果であった。

 だからこそ『雄駒鳥冬待たず二度渡る』の情報の重みがある――つまり、男のロビン(駒鳥)は、遠い南の植民地で季節が逆転するアウストラリスの秋、アルビオンでの春にはすでに海を渡っていた。それも二度も。

「これって……」


 すべてを覆えしてしまうような、値千金の情報だった。

 いま七月下旬、数ヶ月も渡航時期はずれていた。

 国家間の情報共有はされていない。末端の組織間ならなおさら。

 一般人でも警察であっても、重大な国際犯罪でもない限り確かめようもない。

 

「なんだ、二人してこそこそと」

「そうですよ」


 コンラートに見せてもらった電信を読んで師の顔をじっと見つめたソフィアに、トマスとノートン氏が文句を言うが、安易に伝えていい情報ではない。


「悪いが、政府の優先通信なんだ」

「政府の……?」

「ひぃっ、やっぱりいいです!」

「おや、ノートン氏は事件がお好きじゃなかったのかい?」

「新聞で読んで楽しむだけで十分ですよっ! そんな恐れ多そうなものはっ!」

「緊急か?」


 トマスの方は納得いかない顔をしていた。きっと電信を開く前のソフィアとコンラートの会話が引っかかているのだろう。

 だが、育ちがいいだけに政府情報に触れる恐ろしさも十分わかっている。

 そもそもコンラートが頼んだ「仕事」の中身を知らない。

 引っ掛かりはしても、まさか自分と直接関わりある情報とは思わないだろう。


「いいや、手元にかかっている案件絡みで大急ぎというわけではないよ。しかしブランドル家の事件にはそう長くかかってもいられないかな?」

「……そうですね」


 ソフィアはコンラートに同調した。

 一体いつから考えていたのだろう。

 手紙も、指輪も、話も真に迫っていたというのに。


「ここに来てか!?」


 声を荒げたトマスに、にっこりとコンラートは微笑んだ。


「早々に解決しなければという意味だ。そうだね、フィフィ」

「はい。でもまだ少し足りません」

「それはレストラード警部に期待しよう。きっとリディア・クックが握っている。僕たちも向かおうか」


 コンラートの目配せに彼の意図を察して、ソフィアは立ち上がった。

 

「はい、師匠」

「おい待て。どこへ行く!?」


 引き留めたトマスに一度向けた、喪服がわりの地味な褐色ローブの背を、ソフィアはくるりと翻した。

 

「プレストの庁舎です。証拠品の鑑識要請をしに。ですよね、師匠」

「急ごう、あと十五分ほどで次の特急列車が来る。ご馳走様です、サー・トマス。それにノートン氏も」


 そういえば、追悼の飲食代はトマス持ちだった。

 ソフィアも「ご馳走様です」と二人にぺこりと頭を下げる。


「なんなんだっ! あいつら――」


 店を出てすぐドア越しに、トマスの声と苦笑しながらノートン氏がとりなすのを聞きながら、ソフィアはコンラートと共に駅へと急いだ。



 ◇◇◇◇◇



「一体、いつから怪しいと思っていましたか?」


 シューシューと汽車が出す蒸気がたなびく駅のホームを、ちょこちょことした歩幅で歩きながらソフィアはコンラートに訴えた。半ば答えはわかっている。


「最初からだ。植民地訛りを誤魔化すのに言葉は途切れがちで、いくらアウストラリスといえど、冬は農閑期で髪が日灼けするわけがないからね」

「だからって!」

「北部へ向かう列車とはいえ、夏にしてはやや暑苦しい感じだった。流行でもあれは春の服装だよ。偽りながら近づいてきた人物が怪しくないわけないだろう?」


 本当に最初からだった。少し騙された気分だ。

 いままで黙って素知らぬ顔をしていたなんて。


「そう怒らないで。君は随分同情的に感情移入していたし、近づき方から見てもよからぬ思惑の可能性の方が大きい。下手に刺激しない方がいいと判断したんだ」

「ゔぅぅっ、だからってぇっ!」

「はい切符。フィフィ、文句は乗ってからだ。足元が危ないからね」


 おまけに子供扱い。信じられない。

 少しばかり嫌いになりそうだとコンラートに歯噛みしつつ、ソフィアは彼のエスコートの手を取る。にっこり優しい笑みに、ソフィアが傷つくのを心配してのことともわかるからだ。

 

「事象の観察、いつも言っているよ。そして秩序と方法――論理と整理された手順の構築こそ、我々魔導師のやり方だ。それなくして事象への干渉は成し得ない」


 ガタンゴトンと一等座席で走る列車の車輪の音を聞きながら、ソフィアは頬を膨らませていた。師の言うことは頭ではわかるけれど、感情はまた別なのだ。

 

「少し浮かれてた?」

「そうです。だって旅行ですよ。そうだけどっ! でも……ひどいぃ!」

「君だって途中から怪しく思っても僕に相談せずにいた、そこまで責めるかい?」

「それは……」


 さらりと、いつになくひんやりした声音でコンラートに言われて、ソフィアは詰まった。ブランドル家についてからロビンと少し距離を置いた自覚はある。

 ジェシカ達と馴染むロビンの様子にほっとしたと同時に、アルビオンに向かう途中は執拗だった黒い紙人形の脅迫が、ぴたりと止んだことに違和感も覚えた。

 最初は、犯人がブランドル家の中にいると知らせるようなものだからと考えた。


「……だけど、同時に彼女の話だけだとも気がついたんです」

「思ったより早い段階だね。クック氏の遺体発見時かと思っていた」

「それは決定打です。ジェシカさんと違い、遺体を見てなくても冷静すぎました」


 ただの遺体なら、それもわかる。

 だが、レストラードも鼻と口を覆って顔を顰めるほどの臭いがする、腐乱した遺体だったのだ。見ていなくても遺体と知っただけで普通はもっと気分を悪くする。

 ましてトマスに「思いやりがない」などと、とても遺体発見の当事者と思えない余裕である。実行犯でなくても、元々遺体がそこにあり状態も知っていたと考える方が自然だ。


「でも、わたしみたいな場合もあるし……鉱山事故とか見ていたらとも……」


 両手の指先を合わせて動かしながら、ぼそぼそとソフィアは口篭った。

 感情移入していると言われても仕方ない。

 

「フィフィ……それは妄想に近い仮定だ」

「はい」


 コンラートにはっきり指摘され、ソフィアは自覚した。

 そうあってほしくなかった。

 両親を亡くし故郷を捨ててアルビオンに単身やってきた、経緯はともかくソフィアと境遇の重なるロビンが、真逆の岸を選んでいると考えたくなかった。


「なにがあっても、ダメです。命だけは。どんな魔術でも不可逆です……」

「そうだね。君ほどそれをよく知る魔導師はきっといない、フィフィ」


 一瞬見せたコンラートの表情に、ソフィアは胸の奥がぎゅっと苦しくなる。

 家族が生きていたとしても、王女に戻る前のソフィアを知るのはコンラートだけ。

 死者の魂を維持し、血の繋がる似た器に移す。

 旧時代の邪術の儀式を見たのは、器のソフィアを知るのは、彼だけだ。


「フィフィ。僕たちは魔導師だ。犯人も動機も方法も関係ない、“なにが起きたか、起きようとしているか”。事象の解明こそが邪悪や呪いを無効化する」

「はい、師匠」


 すんっ、と鼻を小さく鳴らし、ソフィアは自分の両頬を両手でえいっと勢いよく一度挟んでからコンラートの顔を真っ直ぐに見た。

 やっぱり、いつだって、コンラートはソフィアの魔法使いで、魔術の師匠だ。


「重要なのは事象そのもの。もうあと少しです。全部わかるには本当にあといくつかの欠片のような確証だけ。レストラード警部がきっと掴んでくれますよね?」

「もし無理だったら僕たちで掴めばいい。その欠片についてだけれどフィフィはどう考えている?」


 コンラートの問いかけに、ソフィアは瞬きした。

 おかしな点は色々あった。人々が口にするリチャードの性格や人柄、実際の態度とちぐはぐな立派な領主としての行為。奇妙な遺言と過去の悔恨。

 リチャードを毛嫌いしていたリディア。その息子デイビッドへの厚遇と関心。

 ロバートが抱いた疑念に荒れた理由。トマスとの年齢と立場超えた交流や、臨時雇いの人夫との接触。

 工場長に言った「すべて間違っていた」「きちんと片付ける」といった言葉。


「出奔事件の際に、リチャードとデニスの双子の兄弟が入れ替わった。きっとそれまでと同様にリチャードがすべてをデニスに押し付けたのだと思います」


 人はそう簡単には変われない。

 トマスの言葉はその通りだ。そう、“彼”は変われなかった。

 本来は気弱な人だから、横暴に振る舞っても裏腹にひどく弱っていったのだ。

 そしてすべてを元通りにしようとした。本来のあるべきブランドル家に。

 遺された子を託すような手紙を受け取って。手紙だ。

 犯人が絶対に、リチャードから回収しなければならないもの。


「そして、今回の事件を複雑にしているが、その後に生まれた乳兄弟。トマスとデイビッドは乳母の手で取り替えられた。理由は本人に聞かないとわかりません」


 ブランドル夫人は産後すぐ療養し、半年後に戻るまでトマスを見ていない。

 すべての始まりと、いまの状況を構築しているもの。

 その両方を知る証言者を守らなければいけない、だからデイビッドを捕らえようと動くレストラードを止めはしなかった。

 犯人をデイビッドとした場合、彼には共犯者が必要になる。

 普通に考えれば容疑者に上がるのは、母親のリディアだ。

 状況証拠は揃っている。家庭事情や遺言もあって判事もそう判断をするだろう。

 刑が確定すれば、二人とも絞首台へと送られる。それをロビンは待っている。


「エドワード殿下の調査結果に、乳母のリディアさんの証言と証拠品の鑑識作業、そしてプレストの弁護士事務所にある委託契約の内容」


 これらを揃えれば、この欺瞞と影は崩せる。

 残りの欠片はすべてプレストにある。

 ソフィアの言葉にコンラートは頷いた。


「悪魔的創造性に状況を利用する機転……僕から見ても屈指の犯人だ。あの時、列車は止まらなければならなかった。邪悪な影によって」


 ソフィアも、コンラートの言葉に頷く。

 すべての事象がつながっている。

 盗まれた自転車も、黒い人影を轢いて止まった列車も無関係ではない。

 犯人の嘘に必要だった。

 列車の警笛が鳴り響く。間もなくプレストの駅に到着する。


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