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魔導検屍官ソフィア・レイアリングの巻き込まれ事件簿  作者: ミダ ワタル
File2:誰にでも秘密がある(全7話)
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第3話 誰にでも秘密はある(2)

「ミス・ソフィア行くところ事件ありですな。グラハム伯爵邸といい、三ヶ月内に二度もお出かけ先で死人と遭遇する人は、そうおらんでしょう」

 

 少しばかり血色が悪く、黒い目の鋭さが小狡そうな風貌に、頭頂部が丸くつば(ブリム)が短く巻き上がったボーラーハットがどこか憎めなさを加える。

 警部グレイ・レストラードの言葉に、ソフィアは頬を小さく膨らませる。


「好きで遭遇しているわけじゃないです」

「そうでしょうとも。醸造所裏は厳重に警戒しろ。犯人が潜んでいる可能性もある」


 ダークスーツの背を向け、紺地に大きなボタンが目立つ制服と短いマントが特徴的な、首都警察(ヤード)の警官達にレストラードは指示を飛ばす。

 華やかな大通りに近いが、人通りの少ない路地の奥は醸造所裏の小規模な貧民街に繋がっている。

 都市開発が進んでも局所的にこういった場所が首都には残っていた。

 再びソフィアに向き直り、レストラードは彼女の後ろのコンラートへ目を向ける。


「大魔導師殿もご一緒とは」

「一人歩きさせるには首都は物騒でしょう。さすがに早い到着だ」

「白昼堂々、目と鼻の先で面目丸潰れです。これは貴方の指示で?」


 レストラードが、上部が燐光のような青緑を帯びた透明の壁を親指で示す。


「弟子の判断。捜査は門外漢だからね」


 ソフィア達から数歩離れた場所。

 被害者女性から路地の奥までを保存結界が囲っている。

 遺体は大通りと路地の境に爪先を置いて、暗い栗色の髪(ブルネット)を乱し、うつ伏せに倒れている。


()()()の結界なんて、我々の予算じゃ頼めませんからな。経費政府持ちの検屍(けんし)官が発見者でありがたい」

「魔術師じゃなく、見習い()()()です」

「私らには同じようなもんです。内科医も外科医も医者だ。それで?」

「倒れてすぐの時間はメモし、少し触れましたがまだ体温がありました」

「僕の時計だ。時計塔時間ぴったりに合わせてある」


 褐色のローブのポケットから出したメモを、ソフィアはレストラードに渡し、コンラートが時間について補足する。

 検屍官に医師資格は不要だけれど、知識はある程度求められる。

 魔術は化学、工学、生物学、薬学、医学など多方面の知識と関連するから、向いていると言えば向いている。


「死因はおそらく腹部の出血。うつ伏せでよく見えないけれど」

「じゃあ、よく見るとしましょう。若い娘に見せるものじゃないが……検屍官に検屍させないんじゃ意味ないですからな。魔術の痕跡は?」

「いまのところはないです。路地の確認に時間がかかると思い結界を張りました」


 被害者の側まで移動しながら、検屍を行う時にいつもそうするようにソフィアはフードを被る。なんとなくの癖だ。遺体や死への忌避感ではなく、他者の身に降りかかった不条理の気配から守られるような気がする。

 神秘を学問として扱う魔導師だって、それくらいの非論理的な気分くらいはある。

 

「遺体も保存できればだがね。特にこれからの季節は」

「生物は生死にかかわらず、変化と情報量が大きくて無理ですね」


 初夏から夏へ移る輝かしい季節は、遺体とそれを扱う者にとっては辛い季節だ。

 結界は、魔力の残滓や無生物の状態は保存できるが、遺体や生物は保存できない。遺体の細胞はすぐ死滅しないし、その変化は干渉するには複雑すぎる。

 

「ゆっくりだ」


 レストラードの指示で警官三人で遺体を動かし、仰向けにする。

 新米らしき警官が「うっ」と手で口を押さえ、えづきながら離れたが責める者はいなかった。

 

「こりゃひどい」


 レストラードも顔を歪めたが、経験豊富な警部だけに状態を見ようと遺体の側に屈み込む。ソフィアも隣に身を屈めた。

 深緑色のツーピースドレスのボタンが半分開いた腹部から、切り裂かれた肌着がはみ出ている。血と泥に赤黒く染まりよれた肌着は、引き摺り出された腸と見る者に錯覚させる。スカートにも血のしみは広がっていた。


「血でべったりですね」


 顔色一つ変えず、出血箇所を見つめるソフィアを、物言いたげにレストラードは見たが、彼女は気にも留めていなかった。

 硬直具合を見るために遺体の顎や、血の汚れが少ない左の手指に触れたソフィアは、中指と爪の間に薄黄色い粉がついているのに気がつく。


「なんの粉だろ」


 遺体の手首を掴んだまま、もう片方の手でローブの中から素材採取用のガラス管を取り出すと、ソフィアは爪先の粉をガラス管の中に振り落としローブの中へ戻した。

 戻すついでに、採取用のピンセットを出す。

 

「いつもながらなんでも出てきますな。そのローブ……」

「いいでしょう。色々工夫してるんです」


 裏地が数箇所開くようになっていて、その内側に大小のポケットやピンセットなどを引っ掛けられる布テープが縫い付けてある。

 検屍のためではなく、魔法薬の素材になりそうな薬草や種子や鉱物を拾った時、メモしたい時に困らないちょっとした道具をソフィアは持ち歩いている。

 ローブはコンラートから弟子用ローブとして与えられたものだ。撥水と汚れ避けの効果と軽く温湿度を調整する魔術加工もされていて、少しくらいの雨や泥はねなどは平気だし年中着られる。


「失血で死斑の出方が薄いですが、硬直も出ていない。やはり即死ではないですね。一時間近く経っているし、本当に倒れる直前まで生きてて自力で路地を歩いてきたのかも」

「この状態で? 想像したくもないですな」


 路地の奥から、助けを求めて人通りの多い場所へ出たのかもしれない。

  

「一度、お腹を刺して()いてますね。傷幅は三インチくらいかな」

 

 ピンセットで布地をよけて、目を細めて傷を観察しながら、ソフィアはレストラードに伝える。ドレスと肌着の間にあるはずのコルセットがなく、刺せるようにして刺している。

 

「腸から出血もしてるけど中身は出ていないようだし、奥の太い血管には達していません。刺し傷から見て細身のナイフ……男女どちらの力でも可能な傷です」

「服の汚れ方にしては地面の血が少ない、やはり移動しているようだ」


 頭の上から降ってきたコンラートの声に、そうですねとソフィアは答える。

 うつ伏せでわからなかったが、服のしみと石畳の血溜まりが合っていない。路地も見に行った方がよさそうだ。


「傷口も妙です……お(へそ)の部分が切り取られてる?」

「この髪色に体の一部の切り取り、まさか……三人目か?」


 ここ一ヶ月の間で二件起きた、切り裂き魔だとレストラードが話す。

 被害者は同じ髪色で茶色の目をした女性で、体の一部が切り取られているらしい。

 

「左手を切り落とし、心臓を(えぐ)り取り、と……正気とは思えん」

「新聞で読みました。この被害者は顔が綺麗なのも気になります。この傷だと痛みで相当苦しむはず」

「薬物か……これまでの犠牲者は木箱に詰めて捨てられ、それも異様だったが」


 蝋のように白く青ざめているが綺麗な顔をしている。二十半ばくらいで、どことなく扇情的な雰囲気だ。

 ジャケットやスカートを締める紐もゆるんでいる、コルセットを抜き取って刺した。被害者はほとんど抵抗できない状態だったということだ。


「聖ナタナエル病院に運んで、急ぎ解剖をお願いします。魔法薬が使われている可能性もあるので分析用の検体を分けて欲しいと伝えてください」

 

 遺体は安置所(モルグ)ではなく協力医の所へ運ぶよう指示し、ソフィアはレストラードと共に路地の奥へと足を進める。


「今日の検屍官はなにかきちんとして見えますな」

「はい?」

「適当なおさげを尻尾みたいに垂らしているよりずっといい」


 ソフィアの髪のことを話していると気がついて、適当なおさげなんて失礼とソフィアは口を尖らせた。後ろで苦笑するコンラートもと、振り返って軽く睨む。


「かなり、ふらふらしていたようだ。何度か壁にもよりかかっている」

 

 レストラードの言葉通り、石畳の血痕が点々と蛇行する足取りを示し、血のついた手の跡が壁に残っている。

 ワンブロックほど進んで血溜まりがあった。それより奥に血痕はない。


「ここから通りまで歩けるもんかね。五〇ヤードほどある」

「本当に犯行現場でしょうか……壁に血痕や、犯人の足跡もない」


 保存結界内だが、魔術の痕跡も見当たらなかった。

 がらんとした路地をソフィアは眺める。


()()()事件かも」

「これを普通と言っていいかは疑問だが、魔術絡みじゃないと?」

「検体を分析するまではわかりませんけど」


 可能性は低い。けれどなにか引っかかるし、腑に落ちない。

 遺体の傷は、猟奇的な手口に反し殺意が少ない印象をソフィアは受けた。

 まるで魚の腹を割いて(さば)くような……必要だからそうしたといった。

 必要――なんのために? 

 頭の中で考え巡らすもわからない。わかっているのは、ソフィアの検屍官としての仕事は一旦ここまでで、解剖待ちということだ。


「終わりかな?」


 コンラートの問いかけにソフィアは頷く。

 遺体も運ばれ現場も一通り確認した。写真を撮るなどの記録は警官がしてくれる。

 ソフィアがすることは特にない。検体が手元に届くまで数時間はかかるだろう。


「検体は日暮れ頃ですよね。買い物して帰れるかな」

「買い物……」


 手に浄化の魔術をかけながら、あれとこれとと欲しいものをソフィアは考える。

 猟奇的な遺体を検屍し、路地に残る血痕も見て、なんでもない様子で買い物と口にしたソフィアを奇異の目でレストラードが見る。


「ああ……分析に必要なものもあるだろうしね」

「なんだ、そういうことですか」


 コンラートの言葉に、レストラードがほっとした表情を見せる。

 ソフィアは首を傾げかけたが、「フィフィ」と呼ばれて、もうその場を離れていたコンラートを慌てて追いかけた。


五〇ヤード≒45、6メートルくらいです。

徒歩にして普通の健康な大人なら1、2分もあれば歩ける程度の距離なものの、瀕死の被害者よく歩けたなって感じです。


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