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第25話 影しかない男(6)

【木曜日・午後:ブランドル家】


「フィフィ! フィフィ、着いたよ」

「ぅうん……らぁ、とぅ……」


 肩を揺らす手と呼びかける声に、ソフィアは薄目を開けた。

 薄暗い。まだ夜明け前……ううん違う、なんだか窮屈な場所にいる。


「フィフィ、ブランドル家のお屋敷に着いたよ」

「……はぃ、師匠」

「まったく。寝ぼけているね?」

「寝ぼけてますな。うとうと目を閉じたまま返事をして、検屍官が子供のようだ」


 呆れ返っているコンラートに、レストラードの声まで聞こえて、ぼんやりしていたソフィアの意識が次第にはっきりしていく。そして馬車で移動していたことを思い出す。


「ふぇっ!?」

「お目覚めですか、検屍官。よくまあ、事件の話の最中にうたた寝できたものだ」

「お疲れだったのでしょう。大魔導師様と列車の調査もされていましたもの」


 馬車に揺られて、いつの間にか居眠りしていた!

 慌ててソフィアは隣に座る、彼女の師匠へ目だけを動かす。ソフィアの視線にすぐさま気づいて、師コンラートは綺麗な紫色の瞳を穏やかに細めた。

 これは叱られる。


「お二人はどうぞお先に。僕たちの説明は先ほど決めた通りで」

「ですな。ミス・ブランドルの依頼で大魔導師殿が同行したとなれば、誰がなにをしでかすかわからん」

「あの、それはブランドル家の中に黒い紙人形の犯人がいると?」

「そうとは限らんが、用心して越したことはない。しかし……大魔導師殿が直接説明しても先方は拒まんと思うがね。なんたって第三王子殿下と懇意の政府顧問だ」


 主な説明を任せられたレストラードが、面倒そうに渋い顔をする。


「さすがにそれは厚かましいよ。警部はともかく、僕とフィフィは予定外の訪問客だ。ブランドル家の案内をここで待つのが礼儀というものだ」

「紳士も大変ですな」


 違う。コンラートならそんな言い訳いくらでも考えつくし、人を納得もさせられる。これは馬車に残ってお説教という、師匠から弟子への宣言だ。


「……師匠ぅぅ」

「フィフィ。なにがよくないのか、わかっているね?」


 ソフィアの予想通り。

 ロビンとレストラードが馬車を降りて、すぐさま師匠のお叱りを彼女は受けた。

 それはもうしっかりと。

 依頼を受けた魔導師としても、立派な淑女としても、師として注意せざるを得ないと言ったコンラートの言葉はもっともで、反論も言い訳の余地もないけれど。


「すごく……叱られた……」

「当たり前だ。ミス・ブランドルが庇ってくれた通りに疲れてもいたのだろうけどね、君が警部の話の途中で飽きていたのも事実だろう?」

「だってずっと書類を読み上げてて……ごめんなさい、反省してます」

「よろしい」


 ぽん、と左肩に軽くコンラートの手を置かれて、ソフィアが彼の顔を見れば「警部とミス・ブランドルが上手く話してくれたようだ」と彼が囁いた。

 お屋敷の使用人と言うよりは、事務員や秘書風の青年が馬車の扉を開ける。


「お待たせしました。本当に大魔導師のシュタウヘン卿だ……!」

「君は?」

「失礼しました。当主の秘書のデイビッドと申します。お二人のことをお任せいただきました。なんなりとお申し付けください。お手をどうぞ、レディ」


 すっと差し出された手に少々面食らいつつ、ソフィアは小さな手を乗せる。

 初対面の客人に対する挨拶にしては、親しみを越して馴れ馴れしくも思えるけれど、その動作は礼儀正しく、ソフィア達への敬意も感じられる。

 鼻筋の通った品のいい面差しのデイビッドに、少しばかりどぎまぎしながら彼女は馬車を降りた。


「ありがとうございます」

「ブランドルにようこそ」


 薄茶色の髪を短く整えた秘書の青年は、灰色の目で真っ直ぐにソフィアを見て歓迎の笑みを浮かべる。

 この国で、ソフィアを淑女として扱う人はあまりいないから新鮮だ……と、彼女はエスコートされた手を開いて、なんとなく見つめる。

 レストラードもグラハム伯爵夫妻も、ソフィアを小さなお嬢さん扱いする。

 第三王子のエドワードに至っては、「子リス」と小動物扱いだ。

 コンラートは淑女扱いもするけれど、どちらかといえば一緒に暮らす家族に近い。


「どうしてサー・リチャード・ブランドルの秘書が、僕たちの世話を?」


 ソフィアに続いて馬車から降りたコンラートが質問し、デイビッドは「実は」と少々バツが悪そうな顔を見せた。


「開発者のお力をお借りしたく」

「開発者?」

「魔石動力炉です。新工場の動力に採用していて、工場機械との連結部に不具合が起きていまして……見ていただけないでしょうか? もちろん謝礼はいたします!」


 両手を組んで拝むように頭を下げられ、コンラートとソフィアは顔を見合わせた。なんというか、上流階級に仕える秘書らしくない率直さだ。


「師匠、魔石動力炉って……」

「鉄道の補助動力の段階のはずだけどね」

「ああそれはですね! ブランドル家は鉄道に出資をしていまして。最新式列車の設計図を見て、この仕組みなら工場の動力に転用可能と仰った人がいて」

「設計図で……?」

 

 コンラートのつぶやきには驚きが含まれていた。

 当然だ、魔術職による調整が必要な天然魔石の魔力を直接利用できる、高出力の動力炉で大型産業用魔道具としても画期的なのだから。


「工場に、魔導師か魔術師の方がいるのですか?」

「まさか。こんな田舎にそんな人いませんよ」


 尋ねたソフィアに答えたデイビッドの言葉に、彼女は目を丸くする。

 工場の動力へ転用を考えるなら、高度な魔術知識が絶対不可欠なはずなのに。 


「……工学的見地からの応用かな、興味深いね。謝礼どころか詳しく見せて欲しいとお願いしたいくらいだ。もちろん工場の機密は厳守する」

「よろしくお願いします!」


 歓喜の声を上げたデイビッドから、コンラートと共に何故かソフィアまでも握手を求められる。少々不躾だが、誠意のある憎めなさといった魅力がある。


「そういえば、サー・リチャード・ブランドルと仰ってましたね」

「大地主の名家なら、準男爵(バロネット)騎士号(ナイト)ではと」

「仰る通り、準男爵の称号です。旦那様はともかく、この屋敷は少々独特で」

「独特?」

「ファーストネームや通称めいた呼称を使う方が多くて。ブランドル家の方々はもちろん、使用人も家族で仕え同姓の者が何人もいて……先にお伝えしておこうかと」


 なるほど。だから最初にデイビッドと、少し馴れ馴れしいようなファーストネームのみの挨拶をしたのか。

 ソフィアとコンラートは腑に落ちた。


「では我々も同じように。シュタウヘン卿なんて大仰だからね」

「それはさすがに……大魔導師様ではいけませんか? 王室と懇意な元侯爵家の方など恐れ多くて。こちらのレディは――」

「僕の内弟子のソフィアだ」

「見習い魔導師のソフィア・レイアリングです」

「こんなに若くて大魔導師の内弟子さんとは、ミス・レイアリングは優秀なのでしょうね」

 

 思いがけない評価の言葉だった。

 ソフィアは馬車から降ろしてもらった時以上の面映さを感じてはにかむ。

 

「えっと……まだ、全然そんなことはない、です」

「これでも仕事で色々な方を見ています。ただ愛らしいだけでないとわかりますよ」


 いざ良家の成年女性のように扱われ、時々言われる「愛らしい」以上の褒め言葉までついてくると、なんだか気恥ずかしい。くすぐったいような落ち着かないような感じに、両頬を押さえて口元をもぐもぐさせてしまう。

 

「荷物、下ろしますね」


 ソフィア達に断って離れたデイビッドは、玄関先で待機していた使用人を呼び、彼らと一緒になって馬車の荷室から二人の荷物を下ろし始める。

 客室を指示して荷物を先に運ばせている彼を待つ間に、すっと彼女の隣に立ったコンラートがぼそりと囁いた。


「好青年とは、彼のためにある言葉だね」

「はい」 

「……フィフィ、親しい人ができたら必ず僕に教えて」

「どうしたんですか、急に?」

「素直で、人懐っこいのもフィフィの良いところなんだけどね」


 悩ましげなため息をついたコンラートに、ソフィアは首をひねる。


「師匠?」

「なんでもないよ、少し心配したまでだ」

「お待たせしました。中へどうぞ、ご案内いたします」


 こうして二人はデイビッドに歓迎され、ブランドルの屋敷に通されたのだった。



 ◇◇◇◇◇



「思ったより、早く来ましたな」


 工場の通用口に立つ、地元警察の巡査と話していたレストラードが言った。

 デイビッドに先導され、工場にやってきたソフィアとコンラートに気がついてのことだった。


「町の巡査はこの人一人らしい。これじゃあ警備もままならんが、まずは現場を見にいきましょうか」

「申し訳ないが警部、僕は別件ができてしまってね。フィフィは……」

「わたしも師匠と一緒に魔力動力炉が見たいです」

「は? 二人とも!? 話が違う!」


 レストラードが大声で抗議する。

 他の刑事と比べれば話を聞いてくれるにしても、日頃現場で魔術に対し懐疑的な言動も取るのに、こんな時だけ調子がいいとソフィアは思う。


「事件は火曜の夜起きたのですよね。仮に魔術絡みでも残滓はとっくに消えてます。ご遺体もない。州警察も現場検証済み……することがないです」

「なっ」

「捜査には協力するよ。現場を見るにしても後というだけだ。それに警部が検分した話を聞いてからの方が、僕たちの手間もずっと省ける。休暇中だしね」

「お得意の分析とか!」

「だからそれも……警部が気になった検体を採取してくれれば……」

  

 ソフィアの言葉に頬をひきつらせて「なるほど」とレストラードはぼやいた。


「これだから魔術なんてやってるお貴族様は」

「警部、僕たちはお貴族様でもないんだ」


 すかさず言い返してコンラートがにっこりと微笑む。

 いい笑みだとソフィアは思った。


「ヤードの警部相手に物怖じしない方ですね、ミス・レイアリングは」

「警部とは僕共々それなりに付き合いがあるからね」


 コンラートがデイビッドに答える。

 デイビッドはきっと弟子が師匠の考えを代弁したと思っているだろう。


「デイビッドさん、ソフィアでいいですよ」


 レストラードが捜査協力してほしいのは、コンラートよりもソフィアだろうが、いまこの場で検屍官であることは伏せられている。さっき話した通り、検屍官としていま現場でできることもない。レストラードは不満そうだが理解はしてくれているはずだ。その証拠に「検屍官」といつものように呼びかけてこない。


「ああそうだ。本当に客間はよろしいんですか、レストラード警部? 近くの町に宿は一軒しかないですよ?」

「私一人だ。一軒あれば十分です」


 念を押すように尋ねたデイビッドに、レストラードは淡々と答えた。犯人がいるかもしれない、それも領主の屋敷などに刑事が泊まれるかと思っていそうだ。

 そもそもレストラードがここにいるのは、ブランドル家と州警察が揉めてのことらしい。だから上役の学友関係の伝手での要請なのだ。

 土日は非番で奥さんと庭仕事と言っていたけれど、たぶん帰れないと思う。

 警部も大変だなとソフィアは心の中で同情した。


「そうですか。では、こちらから連絡しておきます。大魔導師様とソフィアさんは、私についてきてください。事務棟と工場は別棟なのでレストラード警部はこの入口からの廊下をまっすぐ。階段を登ってすぐの部屋です」

「お二人共、後でちゃんと時間取ってくださいよ。まったく……」


 念押しする言葉を聞きつつ、ソフィア達はレストラードと別れた。

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