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魔導検屍官ソフィア・レイアリングの巻き込まれ事件簿  作者: ミダ ワタル
File3:あなたの部屋はどんな部屋(全11話)
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第18話 あなたの部屋はどんな部屋(10)

 メイ・アシュトンを中心に、サロンは息詰まるような沈黙と緊張に張り詰めていた。ソフィアは一呼吸して再び口を開く。まだすべての説明を終えていない。


「この事件は、アランさんの名を使った手紙のために、彼の死と遺稿を巡る不可解な連続殺人と未遂事件に見えますが、まったく違います」


 サイモン子爵も、レジナルド・ブラウンも、キャスリン・グレイもまったく関係のない理由で被害者となった。


「ですから出発点を間違えると、“ちぐはぐ”で辻褄がまったく合わないものになって当然なんです。ゴッドフリー氏がアランさんの死や遺稿と関係がないのと同様、三人の被害者の人たちも、それとはまったく無関係です」


 それを教えてくれたのが、キャスリン・グレイだ。

 

「使われた薬物が異なる事件も別物で、互いに無関係です。この船で起きた出来事はとても複雑に見えて、一つ一つはとても単純です。起きている事件は三つ」

「……三つ」


 船長がぼんやりとソフィアの言葉を反芻するようにつぶやく。


「ええ、三つ。それぞれの事件の犯人の思惑と行動が交錯し、重なり合い、子爵様が作り上げた状況下で偶然、一つの事件のように見えているだけです」

「小娘が、勿体(もったい)ぶらずさっさと話せ」


 痺れを切らしたようにゴッドフリーがソフィアを急かす。犯人役にされかかったのでその首謀者を知りたいのだろう。とはいえ、全体を説明しようとすると少々面倒なのだ。ソフィアは立てた親指で「一」を示す。


「一つ目は、この船に六人の関係者を集めたアラン・ギルバートの手紙です。犯人はサイモン子爵で、思惑と目的は先程お話しした通り。これ自体はそれで終わりです。ただし手紙の文面が、他の事件と関係します」


 続いて、人差し指で「二」を示す。 

 

「二つ目は、レジナルド・ブラウンとキャスリン・グレイ殺害です」

「待て! 子爵が魔法薬を盛られた件はどうなる?」


 ゴッドフリーの言葉に、そもそも子爵本人からその犯人と思われているのだから、彼としては肝心なところを飛ばされた気持ちだろうと、ソフィアは考える。


「それは三つ目の事件に関係します。ゴッドフリーさんは気になるでしょうが、余分な事件を省くために、二つ目について説明させてください」

「説明もなにも、この女が犯人なんだろう?」


 ゴッドフリーがメイを指差す。先程までとは立場逆転だ。

 

「ち、違います……誤解です、彼女なにか誤解してるんです……」


 気弱そうな様子はそのままに、メイが容疑を否認する。

 きっといまの彼女の役どころは、いわれなき罪で糾弾される哀れな女性。

 そういった風情で、そんな彼女を見かねてそろりとダッドリーが庇う発言をする。


「き、君……なにかの間違いじゃないかな。メイが二人をだなんて」


 ソフィアは黙ってダッドリーを見た。これと特徴のない、褐色の髪と目をした覇気のない人物。朝食もスープだけがやっとの様子で、パンも下げさせていた。

 

「やはり説明が必要なようです。そもそも何故キャスリンさんは、昨夜、騒ぎを起こしたのでしょう」

「それは、蜂に怯えたからで……」


 ソフィアの言葉に、メイがぽつりと答える。


「では何故、彼女は冬の海の上で、急に羽音が聞こえたと騒ぎ出したのでしょう」

「だからっ、レジーまで亡くなって……」

「そう、レジナルドさんが亡くなった。彼は倒れる前に脚や腕を掻き、激しく咳き込んで昏倒しました。わたしもあなたも、キャスリンさんもその一部始終を見ていた」


 見せなければならなかった。ゴッドフリーを犯人にするために。


「メイさんの誤算は、レジナルドさんの様子を見たキャスリンさんが、彼の本当の死因に気がついて、自分も狙われていると察し、騒ぎを起こしたことです」


 ソフィアは集められた人々全体を見た。


「たまたま彼女の部屋の隣がグラハム夫人の部屋で、わたしは騒ぎを聞きつけ廊下に出ました。その時部屋から飛び出してきたキャスリンさんに縋りつかれた。でもよく考えたら、彼女の行動はあまりに過剰で不自然です」


 そもそもキャスリンから見れば、メイの部屋が隣にある。

 しかも蜂が襲ってきたわけでもなく、羽音が聞こえただけ。


「悲鳴を上げたり、物をばら撒いたり、花瓶を割る前にさっさとメイさんの部屋に逃げ込めば済みます」

「ですから、彼女は……気が動転していて」

「そうですね。キャスリンさんはとても怯えていた。わたしに縋りついた彼女を慌てて部屋から出てきたメイさんが引き離すと、さらに興奮した様子でこう言いました」


 ソフィアはキャスリンの言葉を思い出して口にする。記憶の彼女の口調と、実際に話す自分の口調が合わず、少しばかり早口になる。


『ああっ、メイっ! 助けてっ、蜂っ、蜂よ! 刺されて死にかけたことがあるのあなたは知ってるでしょう!』


 あなたは――メイは知っている。

 取り乱しているようで、まるで側にいるソフィアに教えるような説明的な言葉だ。

 

「そして念押しとばかりに、わたしを前にメイさんにこう言いました。


『羽音がしたの! もうなにがどうなってるの……レジーまで死んで……次はきっと私よ……ねえメイそうでしょっ』


 羽音がした。蜂の姿は見ていない。

 しかし姿の見えない蜂が、明確に次は自分を狙うと言う。


「羽音だけの、姿の見えない蜂。なにか人為的に蜂に刺された状態にされると訴えているようにも思えます。実際、レジナルドさんは毒針が首に刺さっていた」

「そうよ……レジーの首の毒針は揉み合った、この人にしか刺せないわ」

「おい、いい加減にしろっ!」


 メイが、再びゴッドフリーを使って誤魔化そうとするのに、ソフィアはため息をついた。この人のどこが気弱なんだろう。


「首の毒針を刺せる人ならもう一人いますよ。レジナルドさんが倒れた時に頭を起こそうとしたあなたが」

「あの時、彼はもう亡くなってましたっ」

「ええ、なので首の針の跡の周囲は、足の引っ掻き傷ほど症状がひどくない」


 メイが、わずかに目を開きかけて瞬きで誤魔化すのをソフィアは見た。

 

「わたし、先程、彼の症状を言いましたよ。“倒れる前に脚や腕を掻き、激しく咳き込んで昏倒しました”と」


 ゴッドフリーと揉み合う前から、彼は脚や腕を掻いていた。

 

「皮膚には蕁麻疹が出ていました。キャスリンさんも手を刺された右腕に一番ひどく出ていた。そして、ソファ席を立って、ゴッドフリーさんへ向かおうとするレジナルドさんの足に縋りついたのもあなたです」

「あ……ああ……っ……」

「レジナルドさんが亡くなる前後で、彼の首と足に触れることができたのは、あなただけ」


 手を両頬に、呻き声を漏らすメイの姿を見ればもはや疑う余地はなかった。


「二つ目の事件は、怨恨による殺人です。犯人はメイ・アシュトン。目的は、自分を裏切った恋人と友人への復讐です」

「何故! どうして君が復讐なんてっ!」


 ダッドリーが、がたっと椅子から立ち上がって声を上げる。

 答えないメイの代わりに、ソフィアが答える。

 メイのドレスの胸元に光るサファイアのピンを見ながら。


「これはわたしの推測ですが、おそらく女優を辞めることになったメイさんの怪我は二人が原因だった」

「なんということだ!」

「でも事故だと思っていて、そのことを知ったのは比較的最近だと思います。さすがに自分の恋人が自分の将来を潰すとは思わないでしょうから」

「どうして……そんなことまで……」


 蒼白になった顔で小刻みに震えながら、メイはつぶやいた。

 

「でなければ、メイさんがキャスリンさんの側から離れない理由がありません。それにいま胸元につけているピンも理由がつきませんから」


 宝石はそんなに大きくなく、さりげないデザインで型は同じだ。


「メイさんはサファイア、レジナルドさんはルビー、キャスリンさんはダイヤモンド。三つの石の中でサファイアとルビーはコランダムという同じ鉱石です」


 ソフィアの説明に、は、はは……とメイは力のない笑い声を立てた。


「劇団が軌道に乗った頃に作ったの、レジーが金細工職人に伝手があるって……デザインと宝石は私が。アランは黒が好きでジェット。キャスリンがダイヤなのは自分が一番いいものと思えないと納得しないからよ」

「なるほど」

「アランが死ぬ前からレジーはキャスリンに言い寄っていた。でもそれは成功したキャスリンと結婚してから、彼女の財産を奪って私と再婚するためと言っていたの……でもそういうのも全部嘘だった……」


 それが憎悪に満ちた口調と声ならソフィアもなにも思わず聞いていられたと思う。しかし、メイは淡々と空虚な口調と声だった。

 蒸気機関は動き出し、暖房も機能しているはずなのに、サロン内は冷え冷えとしている。そういえば、朝から彼女はまるで喪に服すような色の、青みがかった灰色のドレスを着ている。


「酔っ払って、口を滑らせるなんて……本当、仕方ない人」

「キャスリンさんには、レジナルドさんの財産の思惑と心変わりを本当は恨んでいると伝えて安心させた」

「キャシーは馬鹿ではないけれど、良くも悪くも天真爛漫なの。アランの遺稿を持っていて、いつもの隠し場所に隠していると伝えたら、簡単にベッドとマットレスの間に手を突っ込んでくれた。毒針があるのに」

「遺稿は、燃やしたんですね?」 

「いざ果たしたら……なにも残っていないことに気づいたの。アランの遺稿もキャスリンの部屋で灰にして窓から外へ撒いてしまったし」


 朝、ソフィアが窓からみた煙はこの灰だったのだろう。ゴッドフリーには渡したくなかった。彼の部屋に隠した方がより強固な証拠になるとわかっていても。


「お、おおまえっ、この女っなんてことをしてくれたんだっ!」


 メイを怒鳴りつけたゴッドフリーに、彼女はハッと鼻で嗤った。


「劇作家がまだ推敲していた原稿よ! あんたみたいな守銭奴に渡せるもんかっ!」


 キャスリンの方がずっと繊細で淑やかに思える、激昂したメイの声だった。


各話の登場人物。

・マーガレット・グラハム(グラハム夫人)

  アルビオン貴族、グラハム伯爵令息夫人

・アーサー・ウィリアム・グラハム(グラハム卿)

  アルビオン貴族、グラハム伯爵令息

・赤毛の青年

  一等客室専用サロンにいた乗客

・サイモン子爵

  魔法薬が混入した酒を飲み倒れた乗客

・キャスリン・グレイ[死亡]

  有名舞台女優

・メイ・アシュトン

  キャスリンの付き人、元舞台女優

・レジナルド・ブラウン [死亡]

  演出家、キャスリンの恋人

・チャールズ・ゴッドフリー

  新大陸の新聞社主

・ジョン・ダッドリー

  新大陸の画商

・アラン・ギルバート[死亡]

  劇作家、半年前に自殺している

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