表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導検屍官ソフィア・レイアリングの巻き込まれ事件簿  作者: ミダ ワタル
File3:あなたの部屋はどんな部屋(全11話)
14/19

第14話 あなたの部屋はどんな部屋(6)

「レジー……! なにっ、なんなのよこれは……っ!!」


 飲み物のグラスを取り落とし、黄金の歌声とはかけ離れた金切り声で女優のキャスリン・グレイが叫ぶ。

 彼女の隣りにいた赤毛の青年は、落ちついた歩みでレジナルド・ブラウンへ近づくと屈んで首に触れ、顔を(しか)めた。


「亡くなっている」

「あ……あ、あなたが……っ」


 青年の言葉に、まだ床に座り込んでいたメイ・アシュトンが震えながらゴッドフリーを指差す。

 レジナルドが息絶える直前に揉み合っていた彼は、勢いよく首を横に振った。


「違う……私じゃない!」


 人を脅していると噂の新聞社主チャールズ・ゴッドフリーは、身に降りかかった疑いを否定する。

 

「嘘よっ! だって、あの手紙もあなたの仕業なんでしょう! レジーがさっきそう言って……っ」

「あんただったのか、ゴッドフリーさん」


 少し離れた場所から、新たな男が現れた。中肉中背でこれと特徴のない、ゴッドフリーと同年代の褐色の髪と目をした中年男だった。

 

「言いがかりだっ!」


 ゴッドフリーが怒鳴り、赤毛の青年は立ち上がると、サロンの隅で呆然と成り行きを眺めている船員へ声をかける。


「なにをしている。早く船長と船医に知らせろ!」


 赤毛の青年の指示に、はっと己の役目を思い出して船員は駆け出していった。

 中年男がメイへと近づき、「さ、僕の肩に掴まって」と彼女を立たせる。

 

「ダッドリーさん、レジーが……」


 メイはダッドリーと呼んだ中年男に泣きながらすがりつき、そんな彼女の震える肩を中年男は手の平で軽く叩いて慰める。

 少し気が落ち着いたらしい。メイは中年男から身を離した。

 赤毛の青年は、レジナルドの遺体と周囲の人物を順に見た。


「事情はあとで聞く。疑われたくない者はサロンから出るな!」

「若造がっ、何様のつもりだっ!」


 最も疑いの目を向けられているゴッドフリーが、赤毛の青年に食ってかかる。

 一連の成り行きをテーブル席で見ていたソフィアは、ゴッドフリーの言葉には内心頷けるもののよくない状況だと思う。

 死者への動揺、場を仕切る青年への疑念や不服にサロンがざわついている。船長が来ても正当に不満を訴える先となるだけだ。


「どうしてこんなことに……」


 ソフィアの目の前でグラハム卿が嘆息し、席から立ち上がった。


「あなた?」

「グラハム様?」

「深刻な事態に居合わせた以上、放置するわけにもいかない」


 グラハム卿を見上げたソフィアと夫人にそう言って、彼は赤毛の青年のところへ移動した。


「失礼。彼に指示されるのが不満なら、私が引き継ぎましょう」

「あんたは……」


 ゴッドフリーがたじろぐ様子を見せ、グラハム卿はよく通る声でサロンに全体に聞こえるように告げた。


「私はアーサー・ウィリアム・グラハム。海軍大尉だ。船長の指示があるまで、この場は私に預からせていただきたい。よろしいですね?」

「ハッ、大帝国の伯爵家と女王陛下の艦隊じゃ、頷くしかない!」


 グラハム卿の援護に、赤毛の青年がパンッと大きく両手を打った。


「ではグラハム卿。早速だが、被害者の……」

「貴方も、例外ではない。大人しくしていただけますね?」


 あっという間に場を収め、青年を静かにさせたグラハム卿に、ソフィアは感服した。テーブル席から拍手したいくらいだ。


「グラハム様、格好いいですね!」


 ソフィアの言葉にグラハム夫人は、子供の頃から正義感の強い人なのとはにかむ。

 船長と船医が駆けつけてグラハム卿が状況を説明し、サロンの客はレジナルドの関係者を残して解放された。ソフィアは夫人に尋ねる。


「メイ・アシュトンを支えたあの人は誰ですか?」

「ジョン・ダッドリー氏ね。画商で、画家以外の芸術家も支援しているの。パトロンと言えば、あなたが助けたサイモン子爵も……」


 ――冗談じゃないわ! 死人の手紙で集められただけでも気味が悪いのに!


 ヒステリックな声と共に、テーブルになにか叩きつける音がした。

 キャスリン・グレイだ。音は彼女の小さなバッグだった。

 サロン中央。大きなテーブルを二つの長椅子で挟んだ席で、船長とグラハム卿が関係者に事情を聞いていた。

 一方の長椅子に、興奮状態のキャスリンと彼女を宥めるメイ。もう一方に、新聞社主ゴッドフリーが中央を陣取り、隅に寄り居心地悪そうに画商ダッドリーが座る。


「手紙って、先程もメイ・アシュトンが言ってましたね」

「二ヶ月前。彼等の元に、劇作家アラン・ギルバートの名で手紙が届き、この船の乗船券が同封されていた。キャスリン嬢は一等客室だから乗ったそうだ」


 ソフィアに答える声に彼女が後ろをふり仰げば、赤毛の青年が立っていてグラハム夫人に会釈した。


「こちらのテーブルのレディ達は、勇敢かつ好奇心旺盛のようだ」

「あら」

「先ほどは失礼しました。レディ・グラハム」

「構いませんわ。それよりアラン・ギルバートですって?」

「ええ。レディは、彼等に随分と注目されていたようだ」

「一緒に船旅を楽しむお仲間にしては、“ちぐはぐ”でしょう。気になってしまって」


 ちぐはぐ……たしかにとソフィアは、青年と夫人の会話を聞きながら考える。

 女優に付き人、演出家まではわかるが、新聞社主に画商。おそらく魔法薬で倒れた子爵も。同じ船旅の仲間には思えない組み合わせである。


「でもそうよ! アラン・ギルバート! 言われてみたらあの方達ってそうだわ。でも二ヶ月前はおかしいわね……彼が自殺したのは半年も前なのに」

「え?」


 不穏な言葉に驚いたソフィアに、グラハム夫人はアランについて説明してくれた。


「アランはキャスリンの前の恋人よ。彼の書いた舞台で彼女は名声を得たの。当然、アランも劇作家として評価されたわ」


 そのアランを支援するパトロンがサイモン子爵だった。また戯曲の出版権や上演権の管理を契約していたのがゴッドフリーである。

 サイモン子爵とゴッドフリーは、アランのことでひどく揉めていたらしい。


「ゴッドフリー氏がアランを不当に扱い、自殺に追い込んだと子爵が訴えてね」

「横取りされた、支援作家の作品権利を取り返すためか」

「いいえ、そうではないの。元々子爵がゴッドフリー氏にアランを紹介して、急に有名になったアランが作家として才能に専念できるように、諸々の管理を頼んだの」

「けれど契約は、適正に行われなかったのですね?」


 ソフィアがそう言えば、ええとグラハム夫人は頷いた。

 ゴッドフリーは新聞社と己の利益のため、アランを社交界や所有する新聞社主催の集まりにひっぱり回し、新作の執筆を強要した。


「支援していた作家とはいえ、ご自分と直接関係しないことで訴えるなんて、子爵はいい人なんですね」

「実は、アランは相続の際に存在がわかった子爵の異母弟なのよ。遺産のことで釘を刺すために会ったらアランにそのつもりはなく、彼の才能に子爵が惹かれたの」


 生まれ育ちが異なる半分血の繋がった兄弟は、良好な関係を築いた。

 社交界では知る人は知る程度の話らしい。

 

「普通にいい話って、人の興味をあまり引かないから」


 レジナルドとメイは、アランの友人の劇団仲間だ。

 画商のダッドリー氏は彼等の舞台の熱心なファンで、公演の際は出資もし、新大陸だけでなく各国での上演も追いかけている。


「仕事で大陸間を行き来し、商談の話題にもなるから、きっと趣味と実益も兼ねてね」

「本当に、全員劇作家の方と繋がっていますね」

「キャスリンがレジナルドと恋愛関係になったのは、アランが亡くなってか?」

「ええ、傷心の彼女を支えてという噂ね。噂といえば、アランは亡くなる前に新作を遺したらしいのだけど、誰の手元にもないそうなの」


 ゴッドフリーと子爵が揉めたのも、最初はそのことが発端だったらしい。

 

「ゴッドフリー氏は子爵が隠し持っていると考えて、子爵を追及したら逆に訴えられてしまったのよ」

「ずいぶんと()()()旅仲間だ」


 赤毛の青年が肩をすくめる。それにしても。


「すごく、お詳しいですね……グラハム夫人」

「あら、噂話(ゴシップ)は淑女の嗜みよ」

 

 なるほど。グラハム卿がほどほどにと諌めるのもわかる気がする。

 穏やかで気品ある貴族夫人の、意外な一面をソフィアは見た。


「実に感服すべき情報収集能力だ、レディ」


 赤毛の青年にふふっと笑いながらも、グラハム夫人はすっと眼差しを厳しいものにした。

 

「それでこの子にどんな御用かしら? まさか遺体を見ろと仰らないでしょうね?」

「夕方の一件との関連もある。彼女の知見をお借りしたい」

「まだ十五歳の少女ですよ」


 毅然と対応するグラハム夫人に、「あのっ」とソフィアは声をかけた。

 サイモン子爵と同じように苦しみ倒れたレジナルドだが、彼の周囲に魔力は感じなかった。そもそも魔法薬の出所も不明だ。 


「ソフィア……無理しなくていいのよ」

「大丈夫です。気になりますし」

「では、お手をどうぞ」


 赤毛の青年が手を差し出したが、ソフィアはそっぽを向いて一人で立ち上がった。彼の手とは反対側からすたすたと歩き、レジナルドの遺体へと向かう。


「礼儀も愛想もない子リスだ……エスコートを無視されるなど初めてだぞ」

「……手紙の内容はなんですか?」


 身長差で青年に簡単に追いつかれ、むすっとしながらソフィアは尋ねた。

 キャスリン・グレイを口説くためではなく、話を聞き出すために彼は近づいた。

 ソフィアを助けたのではなく、そのきっかけにされたのだ。

 グラハム夫人の彼等への関心を知っていたのは、彼もまた“ちぐはぐ”な人々に注目していたために他ならない。

 

「わざと外して話しましたよね」

「犯人に繋がるかもしれん、“真実と隠されたものを明らかにする”と書かれていた」

「アランの自殺原因と遺稿のありかと、きっと関係者は考えますね」

「明らかにそう考える者は、ここにはいないがな」


 たしかに子爵は、彼の客室で起き上がれる状態ではない。

 レジナルドの遺体に側まできて、ソフィアは屈んだ。検屍を終えたらしい船医が突然やってきた少女にぎょっとして、赤毛の青年を迷惑そうに見る。


「この子は貴方が医務室に運んだ……」

「子爵殿の恩人だ。私が許可した」

「まさか」

「その後、子爵様の容態はいかがですか? 成分は不明ですが、吐き出したものは魔力が打ち消されていたので、化学的な対処で大丈夫とは思いますけど」


 ソフィアの言葉に船医が絶句する。

 だが、青年が連れてきたことに納得はしたらしい。


「……本当に君が? いまのところ落ち着いてる。声も元通りは微妙だが回復はするだろう」

「そうですか。この人は?」

「おそらく毒による心臓麻痺だ。首筋にこれが」


 船医がハンカチに包んでいたものをソフィアと青年に見せる。

 小さな羽のついた針だった。ソフィアはレジナルドの首を見た。


「これを首に刺せるとしたら、やはり揉み合ったあの男か?」

「胸も苦しそうでしたが、それより急激な呼吸困難に見えましたけど……」

「私の判断が間違いだとでも?」

「そういったわけでは」


 “ちぐはぐ”だと、ソフィアは胸の内でつぶやいた。

 脅しにもとれる文面の手紙は、幻の遺稿と乗船券を餌にしたようにも思える。

 集められた六人の内、二人が薬物で倒れた。

 一人は未遂で、一人は死亡。でも同じ薬物ではない。

 それに何故死んだのがレジナルドなんだろう。

 子爵が残した言葉の意味もいまならわかるが、ソフィアには納得がいかない。


「ソフィア、ここでなにをしているのかな? 貴方も大人しくするはずでは?」


 柔らかくも威厳ある声に、びくんとソフィアは背筋を伸ばした。

 彼女の隣にいる赤毛の青年と一緒に、ゆっくりと後ろを振り返る。


「ぐ、グラハム様。その……気になって……」

「夕方の件との関連をっ、考慮せねばならんだろう!」

「なるほど。ソフィアは妻と部屋で休みなさい。貴方とは少々お話を」


 優しいのに怖い。ソフィアは大人しくグラハム卿の言葉に従った。

各話の登場人物。

・マーガレット・グラハム(グラハム夫人)

  アルビオン貴族、グラハム伯爵令息夫人

・アーサー・ウィリアム・グラハム(グラハム卿)

  アルビオン貴族、グラハム伯爵令息

・赤毛の青年

  一等客室専用サロンにいた乗客

・サイモン子爵

  魔法薬が混入した酒を飲み倒れた乗客

・キャスリン・グレイ

  有名舞台女優

・メイ・アシュトン

  キャスリンの付き人、元舞台女優

・レジナルド・ブラウン [死亡]

  演出家、キャスリンの恋人

・チャールズ・ゴッドフリー

  新大陸の新聞社主

・ジョン・ダッドリー

  新大陸の画商

・アラン・ギルバート[死亡]

  劇作家。半年前に自殺している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ