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魔導検屍官ソフィア・レイアリングの巻き込まれ事件簿  作者: ミダ ワタル
File3:あなたの部屋はどんな部屋(全11話)
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第12話 あなたの部屋はどんな部屋(4)

 ――ああ、本国へは知らせるな。どこに潜んで……以上だ。


 半覚醒の意識の中、ぼそぼそと話す声が急に途絶えて、ソフィアは目を開けた。


「起きたか」

「――ッ!」


 見知らぬ天井。どこだろうとぼんやり思うと同時に、視界に大写しになった赤毛の青年の顔にソフィアはびっくりして跳ね起き、ごつんと頭を壁にぶつけた。

 くぅぅぅ……と情けない声を発し、ソフィアは両手で頭を押さえて、被っていた布団に突っ伏す。


「なにをやっているのだ、貴様は」

「こ……ここ、どこですか?」


 呆れを滲ませた青年の声に、俯いたまま、ソフィアは目だけを動かした。

 殺風景な船室だ。少し黄ばんだ白布の衝立(ついたて)に部屋を仕切っている。

 サロンにいたのにどうして……そこまで考えて、はっとソフィアは顔を上げた。

 

「子爵様はっ?!」

「ここは医務室だ。あの男なら貴様のおかげで命に別状はない。いまは彼の客室で船医が診察と治療にあたっている」


 重篤な副作用は出ていないようだ。

 よかった、とソフィアはほっと胸を撫で下ろした。


「貴様は貧血らしいが、具合は?」

「え……あ、えーと」


 ソフィアは自分の状態を確認する。少しふわふわした感じはあるが、なんということもない。倒れたのは、急にたくさん魔力を使ったからだろう。

 魔力切れは、貧血に似た症状を引き起こす。魔力持ちといっても、ソフィアは本当に少ししか魔力がない。

 医務室の壁に寄せた小さなベッドにソフィアはいた。赤毛の青年がベッド側の簡素な椅子に足を組み腰掛けている。ソフィアを運び、付き添ってくれていたらしい。


「あ、ありがとう……ございます」

「大丈夫そうだな。礼より尋ねたことに答えろ」


 青年の偉そうな物言いにかちんときて、ソフィアはむっとした。

 親切な人だと思ったのに。命令される筋合いはない。

 ふんと青年は鼻を鳴らし、手にしていた紙切れに目を落とす。

 それを見て「あっ!」とソフィアは声を上げた。


「ソフィア・レイアリング。ドゥルラハ大公国の旅券に、乗船券は……リュテスの手配所の印か」

「わたしの身分証と船の券っ!」


 服のポケットに入れていたはずなのに。

 慌ててソフィアは青年の手から奪還しようとするも、体格のいい彼がひょいと後ろに大きく腕を振り上げたために手が届かず、失敗に終わる。

 あらめて見た青年は整った顔立ちをしていた。日焼けした肌がその精悍さを際立たせてもいる。じっと見るソフィアを青年は胡乱げに見下ろした。


「……一応、断っておくが小娘は守備範囲外だぞ」

「変な服って思っただけです」


 サロンでは、サイモン子爵を助けるのに必死で気にも留めていなかったが、青年はかなり奇抜で派手な格好をしている。

 男性の正装でよく見る、テールコートの尻尾の部分を切り落とした、風変わりな形のジャケット。それも黒が相場な夜の装いで真紅。トラウザーズは黒だが目立つ。


「ゴッサムの社交界では珍しくもないものだが?」


 ソフィアの言葉を気にするどころか、自慢げに青年は言った。

 実際、奇抜でいながら小洒落た感じに似合っている。青年の身のこなしに隙がないからだろう。迷いのない佇まいも、二十歳を過ぎたくらいの若者である彼を只者ではない人物に見せている。


「連絡船でなく、定期客船に乗り込むあたり周到だな。どこから来た?」

「……ルドルフシュタットです」


 澄んだ青い目に射抜かれて、ソフィアは正直に答えた。

 なんとなく得体が知れない。偉そうだが、単に失礼な人といった感じでもない。

 下手な誤魔化しは通用しなさそうで、そもそも誤魔化す必要もない。

 すでにグラハム夫人にも、同じことをソフィアは話しているのだから。


「一度はドゥルラハに避難したものの、か」


 ソフィアの答えを聞いて、青年は頭上に掲げた旅券と彼女を見比べ、腕を下ろした。納得したかなとソフィアは思ったが、しかし青年の追及は続いた。


「だがドゥルラハは侵攻を免れた。ルドルフシュタットの王宮関係者ならともかく、わざわざ共和国経由でアルビオンへ行く必要が……」


 ぴくんっと肩を震わせてしまったソフィアに、今度は青年が驚いた表情になる。


「まさか、そうなのか?」

「……王女宮に、いました。第一王女殿下が大公国に呼んでくれて、でもゲルマニアの手が伸びて。同じ理由で一緒に逃げた侍女の親戚が共和国にいて……」


 言葉少なにソフィアは話せる部分だけを話す。

 

「なるほど。しかし伝手があるなら、共和国で落ち着く手もあっただろう」

「魔術の国に、行きたくて」

「話の筋は通っているな……魔術が出来るなら、共和国より生活の安定も望める。だが大陸東部は魔術への偏見が強いはずだ」

「嘘じゃないです! 大体、あなたこそ何者っ!」


 再び身分証と乗船券を見ようとした青年からすかさずそれらを取り返し、ソフィアはベッドの片隅ぎりぎりまで身を寄せて彼を警戒する。

 尋問めいた質問をソフィアにする、この人こそ怪しい。

 両手を開いて肩をすくめている赤毛の青年を、ソフィアは睨みつけた。

 尊大な態度。奇抜な服装も、派手な見た目も、新大陸の裕福な実業家の雰囲気だが、たぶん違う。


「……かなり南、アウストラリス王領植民地帰り。従軍経験のあるアルビオン貴族」

「なに?」

「くだけた言葉でも、上流階級の方と発音(アクセント)が同じです。非常事態にすぐ動け、毒物中毒への知識もあるけれど医師ではない。それに手首の皮膚は白いのに、首から上の日焼け……」


 青年を睨んだまま、ソフィアは自分の首元をちょんちょんと指で示した。


「いまの季節、新大陸のゴッサムではそこまで焼けません。移動の間でいまの肌色に薄れる日焼けをする地域は限られます」 


 ソフィアの言葉に青年は呆気にとられたように黙る。

 しかし、少しの間を置いて「ははははっ!」と、突然、耳の奥がびりびりするような、よく響く声で笑いだした。


「大した観察眼だ! 魔術に洞察力……貴様のような奴を一人知っているが……グラハム伯爵家の侍女も助けたそうだな」

「どうしてそんなことまで!?」

「レディ・グラハムから聞いた。夫君と共に心配し、あとで侍女をよこすと言っていたぞ。ここで大人しくしていることだ、()()()よ」


 ソフィアの額を軽く指先で小突いて、ふふんと青年は口の端を釣り上げた。


「こ、子リス……?!」

「小さく、人を見るや飛び跳ね、むくれて威嚇もする。栗毛の子リスだろう」

 

 そう言って、青年はまた笑って立ち上がった。


「軍属ではあったが、いまは辞めて色々と手広くやっている。名乗るほどの者じゃない。ははは、謎の紳士Xとでも言っておくか? 怪しい者ではないぞ」


 怪しすぎる!

 笑いながら医務室を出ていく青年に、心の中でソフィアは叫んだ。 



 ◇◇◇◇◇



「さあ、ソフィア」


 目の前に、ほんわか湯気が立つ黄金色のコンソメスープに柔らかそうなパン。

 薄く切った薔薇色の仔牛肉に、豆と野菜を煮て添えた一皿が並べられている。

 嗅覚と視覚を刺激されて、ソフィアのお腹がきゅるるると小さく鳴り、忘れかけていた空腹を訴えた。


「あ……」

「あらあら」


 恥ずかしさと戸惑いで、少し情けない顔をしているに違いないソフィアを、グラハム夫人が微笑まし気に見る。

 

「無理もないわ、もう夜の九時半を過ぎたもの。倒れたあとだから軽い食事にしてしまったけれど……」

「足りなければ、デザートで補えばいい。夜でもそれぐらい対応できるさ。食堂の厨房に軽食を頼めたのだから」

「それもそうね」


 スープの湯気向こうで、穏やかに会話し微笑み合うグラハム夫妻を前に、どうしてこんなことにと、ソフィアは自分の置かれた状況を顧みる。

 医務室にグラハム家の侍女が迎えにくると赤毛の青年から告げられ、たしかに夫人の侍女のエヴァ・ポーロックがやってきた。ディナーを終えたグラハム夫妻と共に。


「十分ですっ。夫人のお部屋に休憩用ベッドも入れていただいて、浴室と服もお借りして、その上、食事までっ」

「当たり前じゃないの! 我が家の侍女の名誉を守った恩人で、人命救助をして倒れたお嬢さんを二等客室においてはおけないわ!」


 語気を強めたグラハム夫人に、「そういうもの?」とソフィアは着せてもらった服を見る。有り合わせの既製服らしいが、質のいい生地と仕立で丈も合っている。

 新大陸で高級既製服を扱う商人が乗っていて、甲板でグラハム卿と挨拶を交わしたらしく、その人から用立てたらしい。

 

「いくぶん強引とは思うが、そう構えないでほしい。到着までの短い間でも、妻の話し相手(コンパ二オン)を頼んだ報酬の一部と思ってくれないかな」


 グラハム卿ことアーサー・ウィリアム・グラハムは、伯爵家の跡取りらしい誇り高さは感じさせるが、人を威圧せず穏やかに話す好感の持てる人物だった。

 黒のテールコートを羽織り、眩しいほど白い皺のないシャツに白のタイ、ウエストコートは黒に地紋の浮かぶ絹でお洒落だ。

 奇抜で偉そうで騒がしい赤毛の青年と話した後だから、余計にソフィアには貴族のお手本みたいな人に思える。


「そうよ、ソフィア」


 臨時でも雇われたから呼び方もそうなるものの、夫人の口調は使用人への呼びかけにしては柔らかく、ソフィアへの親しみが感じられるものだった。

 

「はい、ありがとうございます」


 ソフィアはカトラリーを手に、スープを静かに飲む。

 熱々のスープが体に染み渡るようにおいしい。

 場所は再びサロンだ。あんな事件が起きたのが嘘のように、すっかり華やかな交流の場に戻っていた。

 

「君は、魔術ができるとか」

「はい。ほとんど独学ですが、基礎を教えてくれた先生がいまはアルビオンにいて」


 グラハム卿の質問に答えながら、この流れならコンラートのことを聞いてもおかしくないと思ったソフィアだったが、夫人が卿に話しかけて機を逃した。


「ねえ、わたくしの言った通りでしょう。境遇よりずっときちんとしたお嬢さんよ」

「まったく君は……ソフィア、妻が無茶を言ったら遠慮することはないよ」


 伯爵令息夫人に、遠慮するなこそ無茶だ。

 グラハム卿もお茶目な人のようである。夫妻は仲睦まじくとてもお似合いだ。

 

「……そういえば、そろそろ到着してもいい頃ですよね」


 好意に甘えて、食後のお茶まで一緒に楽しみながら、ふとソフィアはサロンの隅の柱時計が十時をとっくに回っていることに気がついた。

 夕方の四時ごろに出港して六時間……荒れた天候でもない、そろそろアルビオンの岸に近づいてもいい頃だ。


「風と潮の流れがよくなく遅れているそうだ。この季節ままあるらしい」

「まあそうなの?」

「夕食に君を迎えに行く途中でそんな話を耳にした。ともあれ一、二時間もすれば……ん?」


 これまでひどい揺れはなかった船が、急にぐらりと大きく横揺れし、遠くゴウンと鈍い音がして大きく上下に揺れた。

 夫人が卿の腕にすがりつき、ソフィアもテーブルの端を掴んだ。

 サロンの窓の外で、忙しなくデッキを通り過ぎる船員数人の足音がする。


「……なにかあったのかしら」

「そのうち何事か説明に来るだろう。心配いらないよ」


 夫人が不安そうにつぶやき、冷静な様子でグラハム卿が慰める。

 ソフィアもグラハム卿と同意見だ。しかしどうしてだろう、嫌な予感がした。

 船の揺れもなんだか変わった気がする。

 

「……もしかしてですけど、船、停まっていませんか?」

「まさか」


 ソフィアの問いかけをグラハム卿が打ち消すも、そのまさかであった。

各話の登場人物。

・エヴァ・ポーロック

  グラハム伯爵家の使用人

・マーガレット・グラハム(グラハム夫人)

  アルビオン貴族、グラハム伯爵令息夫人

・アーサー・ウィリアム・グラハム(グラハム卿)

  アルビオン貴族、グラハム伯爵令息

・赤毛の青年

  一等客室専用サロンにいた乗客

・サイモン子爵

  魔法薬が混入した酒を飲み倒れた乗客


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