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魔導検屍官ソフィア・レイアリングの巻き込まれ事件簿  作者: ミダ ワタル
File3:あなたの部屋はどんな部屋(全11話)
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第10話 あなたの部屋はどんな部屋(2)

「私はここでお別れです。本当に、本当に気をつけてくださいね」


 姉の侍女が目に涙を浮かべるのを、ソフィアはぼんやりと眺めた。

 一緒に国を追われて逃げた連帯感はあったけれど、泣いて別れを惜しまれるほどと思っていなかった。そして、目元を拭ったと思ったらがしっと両手を握られた。


「ああもう心配っ! 孤児だなんて経歴上で、きっとユリアーネ様の元に託された良家のお嬢様なのよね? あなた本当にぼんやりさんなのに、一人で大丈夫かしら!」


 一気にまくし立てられて、ぽかんとソフィアは彼女を見た。

 半分は当たっていて、半分は少し失礼だ。でもそうなのかなと少し心配になる。


「ぼんやり……してる?」

「まあね。でも来た時はまだ十四歳で、亡くなった第二王女様にお仕えしてたって、ユリアーネ様から皆聞いていたから。お茶を入れるのは上手だったし」


 次期大公妃付きメイドとして、色々な仕事を試して、お茶の給仕係になった。

 ソフィアはお茶を入れるのだけは得意だ。王女だった頃、コンラートに教わった。

 コンラート……ソフィアは停泊している巨大な客船を見上げる。

 この船に乗れば、数時間後には彼に会える。そう思うと胸の奥が締めつけられるような期待と不安が入り混じる。


「ソフィア様っ」

「あ、はい。気をつけます」


 どういうわけか、ソフィアを良家の令嬢と思い込んでいる。

 そんな姉の侍女は、ルドルフシュタットの子爵令嬢だ。

 家族は下級貴族で粛清を免れた。でも彼女は、嫁ぐ姉と一緒に大公国へ移った忠義者の元王宮関係者。安全とはいえない。

 だから彼女は家には戻らず、共和国に移住し結婚した親戚を頼っている。ソフィアは彼女に便乗した形だ。アルビオンへ行くために。


「貴重品から目を離さないように。特に旅券と乗船券は大事ですからね!」


 まるで子供に言い聞かせるようだ。いま十五歳で来月には十六になるソフィアに。

 けれどやっぱり離れるのは少し寂しい。こくりと素直に頷くとソフィアは彼女にお礼を言って抱擁を交わす。

 国と家族を失い放心していたソフィアを引っ張り、共和国へ、この港まで連れてきてくれたのは彼女だ。


「お元気で」

「はい」


 春は近いが、冷たい海風に誘われてソフィアは沖を見る。

 別れの抱擁で感じた温かみも儚く消えて、ここからは本当にソフィア一人だ。

 少し緊張しながら乗船ゲートへとソフィアは向かった。


「二等客室、身分証を……ソフィア・レイアリングさん、ドゥルラハ大公国旅券か。可憐なお嬢さんが一人で気の毒に。侵攻されずとも混乱の苦労はお察ししますよ」


 心配していた乗船確認では、ひどく同情的な対応を受けた。

 ソフィアは時折、人から少し過分な同情や親切を受けたり、好感を持たれたりする。目の奥に宿るごく弱い魅了の力のためらしい。

 いまはきっと服装もある。姉の侍女に身支度を手伝ってもらい、家が傾きかけた下級貴族の令嬢くらいには見えそうだ。

 侍女もなく一人なのも訳ありげで、哀れを誘うのかもしれない。


「明らかに無害なお嬢さんでも、警戒中でね。どうぞ、よろしいですよ。この船の二等客室は他の船より広くて静かですよ」

「ありがとうございます」

 

 静かなのはいいな。ソフィアはそう思った。

 船も、外で一人で行動するのも初めてなソフィアは、二等客室が四人部屋と想像も出来ず、乗り合わせた相手によりひどく騒々しくもなると知らなかった。


「信っじられないわっ! 泥棒と一緒の部屋だなんて!」


 きいきい甲高い声に耳を塞いで、ソフィアはうぅぅと顔を(しか)める。

 この船の二等客室は広くて静かだなんて、嘘だ。

 カーテン付き二段ベッドが左右の壁に備わる二等客室は、ソフィアが子供の頃に囚われていた塔の部屋半分くらいの広さしかない。

 二段重ねのベッドなんて初めて見た。

 ソフィアは下の段だったけれど、上の段を試してみたくて替わってもらった。

 そしていま――ソフィアに上段を譲り、ベッドリネンも取り替えてくれた女性が、後から船室に戻ってきた人に猛烈な糾弾を受けている。



 ◇◇◇◇◇



「……乗り込んで早々、災難だったね」


 なんとなく先の展開が読める。

 コンラートが嘆息すれば、ソフィアは話すのを止めて、咎められた子供のように小さく俯く。彼女自身思うところがあるらしい。

 フィフィと、コンラートはソフィアに微笑みかけた。


「咎めたわけじゃないよ。推測すると、フィフィにベッドを譲ってくれた人が疑われて助けたら、グラハム伯爵家の使用人で夫人と引き合わされた、かな?」

「まあ、そうです……」

「なにか飲む? 話してばかりでは喉も渇くだろう」


 コンパートメントに備え付けてあるベルを鳴らせば、車両付きのボーイが用を聞きにきてくれる。お茶を頼んで、コンラートは再びソフィアに向き直った。


「フィフィには悪いけど、思いの外、面白く聞いてしまっているよ」

「え?」

「なんだか、僕のお姫様の初めての冒険譚にも思えてね」


 十五歳で、国も家族も失って、たった一人で……その頃、コンラートはソフィアが死んだと思っていた。生きて共和国に逃げ延びたと知っていたら迎えに行った。

 けれど、初めて彼女が一人で、自由に行動した話でもある。


「どうしてベッドを替わってもらったの? 数時間の乗船とはいえ、船の揺れを考えたら休むには下の段が快適だと思うけど。床でいくぶん広さも感じるだろうし」


 コンラートの疑問に、だってとソフィアは答えた。


「楽しいかもって……それに数時間じゃなかったです」

「ん?」

「海の上で船が止まって、殺人事件が起きました」


 コンパートメントのドアがノックされ、お茶が届く。

 客船の状況をコンラートは想像した。

 グラハム夫人を紹介されたのは一等客室専用サロンだろう。そこにエドワードがいてもおかしくない。

 だが何故、大帝国の第三王子が新大陸からの客船に乗っていたのか。

 それに彼は以前、ソフィアとの出会いをなんて言っていた? 

 たしか、不可解な連続殺人――。


「でもその前に盗難事件です」


 ボーイが給仕したお茶を一口飲み、ソフィアが話を再開する。

 ガタン、ゴトンと列車が揺れる。目的地に着くまで、まだ時間はたくさんある。



◇◇◇◇◇



 船室に響く甲高い声が聞くに耐えず、ソフィアはうつ伏せに丸まっていたベッドから体を浮かせた。

 出港して、船のふわふわした揺れを面白がっていたけれど、あまり長くそうしていると気分が悪くなりそうな気がしたのもある。


「もう一人が降りた時はあったのよっ! ならあんたじゃない!」

「あの、少し落ち着いてください」


 ソフィアがベッドの上から声をかければ、騒がしい声がピタリと止まった。続けて「えっ」と戸惑う声が聞こえる。ソフィアがいると知らなかったらしい。


「だっ、誰よあんたっ! どうしてこの女のベッドに!?」

「ソフィア・レイアリングです。シェル=オクターヴ港から乗船し、ベッドの上下を替わってもらいました」


 ベッドの真ん中にちょこんと座り、律儀に返答するソフィアを、声を荒げていた人物はぽかんと我を忘れた様子で見上げる。

 一方、ソフィアもすごい剣幕で怒鳴っていた人物が、儚げな風情すら漂う十七、八の少女だったことにびっくりする。

 亜麻色の髪に灰色の瞳。灰色の上等なツーピースドレスを着ているが、所作や言葉が身なりと合っていない。

 新大陸では、平民が事業を起こし富を得ることも珍しくないらしい。

 そんな家の人かなと推察しつつ、ソフィアはモゾモゾ動いてベッドの梯子(はしご)を降りた。


「そうですよね? ええと」


 今度はベッドの上下を替わってくれた人に、ソフィアは話しかける。

 びくっと肩を縮めたが、「はい」と彼女は答えた。


「エヴァ・ポーロックと申します。あの……私は本当に」


 健康的で愛らしい雰囲気の焦茶色の髪と瞳をした、二十過ぎ位の女性だった。

 言葉遣いも所作も淑やかで、ベッドの隅に詩集が一冊。

 腰掛けている膝の上には仕掛かりの刺繍。繊細な図案で、紺色のスカートの生地は滑らかで上質なウール地だ。


「ええ、絹のスカーフを盗ったのはあなたではないです」


 貴族夫人に仕える侍女かなとソフィアは考える。主人は優しい人のようだ。

 胸元にカメオのブローチ。精巧な細工だがそれほど古いものじゃない。

 元は主人のもので貰ったのだろう。

 振り返ってソフィアは向かいのベッドの、エヴァを糾弾する人をじっと見る。

 

「っ、クレアよ。クレア・テイラー。ゴッサムの一等地に建つテイラー商会の娘。アルビオンの首都にも事務所があってよ」

「はあ。でも二等客室なら大資本家ではなさそうですね」

「なっ、あんた何様よ!」


 何様と問われて、少しばかりソフィアは考えた。王女ではもちろんない、大公家のメイドでもなくなった。となると、やはり経歴通り……。


「……平民?」

「はぁ?」

「それより、テイラーさんの訴えは間違いです。ポーロックさんを犯人とするには無理があります。お二人とも新大陸から乗船ですよね。四人部屋を三人で使い、シェル=オクターヴ港で一人降りた」


 クレア・テイラーは「もう一人が降りた時」と言った。

 それに彼女が使うベッドの上段、リネンも布団もずれている。

 入れ替わりの乗客がいないから直していない。

 

「その時、テイラーさんはこの部屋に?」

「お昼から気分が悪くて横になってたの。この人はいなかった。一人でいたけど退屈だし治ってきたから外に出て、船を下りたけど、すぐ汽笛が鳴って戻ったの。そしたらトランクの金具が外れてて、スカーフがなくなってたの! 新しいのだったのに! 降りた人じゃないなら、この人でしょ!」


 声が、うるさい……聞こえるからもう少し静かに話してほしい。

 ソフィアは、エヴァ・ポーロックを振り返った。

 

「ポーロックさんは貴族夫人にお仕えしていますよね。主人夫妻の下船を見送り、夫人の部屋の荷物を整理してから、この部屋に戻ってすぐわたしがやって来た」

「はい、その通りです! どうしておわかりに?」


 驚く彼女にソフィアは首を傾げる。見たままと時間、船の中にずっといる貴族と仕える使用人が取りそうな行動を言っただけだ。


「船の寄港時刻はお昼前、出港は夕方。昼食後の散策には十分です。お仕えする夫人は優しい方で、いまここにいるのは夕食の身支度までは休憩だからでしょう?」

「そうです、すごいわ!」


 興奮気味に上気した顔で頷かれ、ソフィアは少し驚き(まばた)きした。

 魔術は観察や観測が大事だ。そう言ってコンラートとしていた、王城の回廊を行き交う人の身分や仕事や状況を当てる遊びの延長なのに。

 

「ポーロックさんが、部屋の手前で船員とぶつかりそうになったのを、わたしが見ています。一等客室専用区画で彼女を見た人も簡単に見つかるはずです」


 華やかな人々が集まる場所で、地味な紺地のドレスはかえって目立つ。

 

「テイラーさんが戻ったのは、わたしがベッドの上下を交換してもらってすぐです。つまり、ポーロックさんにあなたのトランクの中を漁る時間はありません」

「……わかったわよっ」


 ソフィアの説明にクレア・テイラーは黙り、ばつが悪そうにエヴァ・ポーロックに謝った。疑いが晴れた彼女は祈るように手を胸元で組み、ソフィアに心からの感謝を伝える。


「あっ、ありがとうございます!」

「あなたなに? 探偵かなにか?」


 つんけんした口調で尋ねられ、違いますとソフィアは答える。

 アルビオンに着いて、コンラートに会ったら――。


「見習い魔導師になる……予定です」

各話の登場人物です。

・エヴァ・ポーロック

  グラハム伯爵家の使用人

・クレア・テイラー

  新大陸で成功している商会の娘

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