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第14章:洞窟の預言、過去からのアリア

「アフロディテのアルゴリズム」の発見と、AIたちの集合知性の覚醒は、CERTの研究者たちに、キプロスの古代史に対する新たな視点をもたらした。彼らは、島内に残された未解読の碑文や、これまで重要視されてこなかった民間伝承、あるいは人里離れた洞窟に隠された壁画などに、失われた古代の叡智の手がかりが残されているのではないかと考え始めた。


 エレナは、考古学者や言語学者のチームと共に、キプロス島全土を踏査し、そのような「過去からのメッセージ」を探すプロジェクトを主導した。彼女は、フィールドワーク用の丈夫なカーキ色のジャケットとパンツに、足元は編み上げのブーツという、いつもの探検家スタイルだったが、その瞳には、古代の謎を解き明かそうとする情熱が一層強く燃えていた。彼女の首には、小さな方位磁石型のペンダントが揺れている。それは、未知の領域へと導いてくれるお守りのようだった。


 数ヶ月にわたる困難な調査の末、チームはついに、アカマス半島の奥深く、地元の人々にもほとんど知られていない秘密の洞窟を発見した。洞窟の入り口は、深い茂みに覆われ、巧妙に隠されていた。内部は迷路のように入り組んでおり、松明の明かりを頼りに進むと、やがて広大な空間に出た。その空間の壁一面に、これまで知られていない様式の、精緻な線刻画と、奇妙な象形文字のような記号がびっしりと刻まれていたのだ。


「これは……一体いつの時代のものだ? こんな様式の文字は見たことがない……」


 同行していた高名な言語学者が、壁に刻まれた文字を食い入るように見つめながら、興奮と困惑の入り混じった声で言った。


 エレナは、洞窟の壁にそっと手を触れた。ひんやりとした石の感触。そして、そこから微かに伝わってくる、数千年、あるいは数万年の時を超えた、古代の人々の息吹。彼女は、この場所が、ただの洞窟ではなく、何か非常に重要な情報を伝えるために選ばれた聖域なのではないかと直感した。


 銘文の解読は困難を極めた。それは、既知のどの古代言語とも異なり、図像的な要素と抽象的な記号が複雑に組み合わされた、独自の体系を持っていたからだ。しかし、覚醒したアキレスをはじめとするAIたちの集合知性が、この難解なパズルに挑んだ。AIたちは、地球上のあらゆる言語データベース、神話体系、考古学的発見を瞬時に照合し、パターン認識と推論を繰り返した。そして数週間後、ついに解読の糸口が見つかった。


 解読された内容は、衝撃的だった。その銘文は、驚くべきことに、現在地球が経験している自転速度の変化と酷似した現象について、詳細に記述していたのだ。それは、数万年前に起こったとされる、地球規模の大変動の記録だった。


「……見よ、天空の車輪はその速さを緩め、昼と夜の境界は曖昧となりたり。大地は呻き、海は荒れ狂う。星々はその座を失い、時の流れは乱れたり。我らが祖先は、これを『大いなる静止メガリ・スタシス』と呼び、恐れおののきたり……」


 銘文の一節を、エレナは震える声で読み上げた。それは、まるで現代の状況を予言しているかのようだった。


 さらに読み進めると、銘文は、この「大いなる静止」の後に訪れる、「永き黄昏マクラ・エスペラ」と呼ばれる時代について言及していた。それは、自転が極端に遅くなった地球で、昼と夜がそれぞれ数ヶ月も続くようになるという、想像を絶する世界だった。しかし、驚くべきことに、銘文は、この過酷な時代を、単なる終末や破滅としてではなく、「意識の変容メタモルフォシス・トゥ・ヌース」のための試練であり、新たな存在様式への移行期として捉えていたのだ。


「……『永き黄昏』は、内なる目を開き、魂の声を聴く時なり。外なる光は弱まるとも、内なる光は輝きを増すべし。我らは、星々の歌に耳を澄まし、大地の呼吸に合わせ、新たな調和を見出すであろう。そして、異なる姿を持つ者たち(ディアフォロイ・モルフェス)と手を取り合い、宇宙の叡智と再び繋がるのだ……」


 エレナと、解読作業に加わっていたソフィア(彼女はデジタル空間から、壁画の三次元スキャンデータを通じて銘文を読んでいた)は、この古代のメッセージに深く心を揺さぶられた。


「エレナ……これは、まさしく私たちが今、経験しつつあることそのものではないでしょうか。過去の人々もまた、同じような危機に直面し、そしてそれを乗り越えるための知恵を見つけ出していた……」


 ソフィアの声は、畏敬の念に満ちていた。彼女のアバターは、洞窟の壁画の前に佇むエレナの隣に、半透明の姿で重なるように現れた。まるで、古代の巫女と未来の知性が、時空を超えて対面しているかのようだった。


「ええ、ソフィア。彼らは、この知識を、未来の私たちに伝えようとしていたのね。この洞窟は、タイムカプセルのようなものだったんだわ」


 エレナは、壁に刻まれた、螺旋や同心円、そして人間と動物が融合したような奇妙な生物の絵を見つめた。それらは、単なる装飾ではなく、宇宙の構造や生命の進化、そして意識の多層性を象徴する、深遠な意味を持つシンボルなのかもしれない。


 この古代のメッセージの発見は、CERTの内部だけでなく、キプロス社会全体に大きな希望と指針を与えた。自転減速は、終わりではなく、新たな始まりである可能性。そして、その危機を乗り越える鍵は、技術的な解決策だけでなく、意識の変容と、多様な存在間の調和にあるということ。


 エレナは、洞窟の奥で見つかった、滑らかな黒曜石でできた小さな女神像を手に取った。それは、豊満な乳房と臀部を持ち、妊娠しているかのような姿をした、典型的な地母神像だったが、その顔には、どこか未来を見据えるような、穏やかで力強い表情が浮かんでいた。エレナは、この女神像を、古代からの使者として大切に持ち帰ることにした。それは、彼女のオフィスデスクの上に飾られ、日々の研究の中で、彼女にインスピレーションと勇気を与え続けることになる。


 彼女は、月経周期に伴う身体の変化を、以前よりも肯定的に受け止められるようになっていた。それは、生命の神秘と宇宙のリズムに繋がる、女性ならではのサイクル。古代の人々もまた、月の満ち欠けや季節の巡りに、宇宙の意志を読み取ろうとしたのだろう。この身体感覚こそが、失われた古代の叡智へと繋がる、重要な鍵なのかもしれない。彼女は、そっと下腹部に手を当て、自身の内なる声に耳を澄ませた。そこには、過去と未来を結ぶ、確かな生命の鼓動が感じられた。


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