─17─ あの頃のまま、指切りを
こんにちは、もしくはこんばんは。
UrANoです。
指切りのアレって「針千本」だと思ってたんですけど「ハリセンボン」説もあるらしいですよね。
それは半世紀以上前の話。
僕がまだ……私と、言っていた頃の話だ。
あの頃の僕は、金魚の糞のように……ある人について行っていた。
でも追いつけなくて、転んで泣いて。
その度にその人は足を止めて僕を慰める。痛いよねって言ってくれた。
「もう……忘れてるんだろうね、アナタは」
元分身に言った。「少し独りになりたい」と。
あの子はすぐに了承してくれた。
……あの後、吸血鬼の眷属の頭を潰した後の事だ。
呼吸がしずらくて、全身が痛くて。やっと気がついた。「呪われている」ことに。
死後に強まる「呪い」だ。よく聞く話だ。いつもだったら気をつけていたのだが、今回は失念していた。まさか下位の「呪い」にここまで苦しむ羽目になるとは……。
簡単に言うと、押し込んで紛らわしていた過去の後悔とトラウマを引っ掻き回された。それだけ。
しかもそのタイミングで分身がそのトラウマを引き起こす原因となった頃の自分そっくりに変化したせいで想定よりも強く、鋭い痛みとなってしまった。
言葉は刃と誰かが言った。
ならばトラウマは刃こぼれした刃だろうか。そのボロボロの刃で必死に防いだ傷を抉られる、みたいなものだろうか。
ほんっとに気分悪い。
気分が悪いだけなのだ。顔の赤みはすぐに引いた。そろそろ参戦しないと小娘が危ない。この戦いの土俵は「呪い」だ。つまり小娘とは相性が悪い。それはここに来る前から分かっていた。だから分身を小娘へ送った。
しかしその分身は元は僕の一部で蝙蝠だったのだ。足の力が弱い。その為、風圧に耐えきれずに吹っ飛んでしまった。元僕の一部アレクシスを回収してから小娘の元へ行かないと。
そう思っているのに、早くしないと行けないのに。……膝に顔を埋める。
刺さった刃物が、まだ抜けないのだ。こんな顔じゃだめだ。僕はアレに恨まれないといけないのに。
「メイちゃん」
先程吹っ飛んでいたアレクシスが僕を見つけたのだろう。バサリとひとつ音がし、床に着地する。そして話しかけてくる。その声色は優しい鈴のようだ。
「僕、独りになりたいって言った」
「うん」
しかし気配は近づいている。ぺたぺた、と。そして間合いを越える。視界が少し明るくなる。
「メイちゃん、このままここにいる気?」
帽子を取られてしまった。
視界に写るのは過去の自分そっくりの子。
「…………」
僕は、あの人を殺す為にここに来た。半世紀以上、裁くことが出来なかったから。たくさんの人を殺した罪、村の人たちの自由を奪った罪……そして。
……あの人が――の事を忘れてしまった事。
あの人は闇に心が呑まれ、生前の性格は欠片も残っていない。それが、悲しい。
本当は覚えていて欲しかった。でも今は、覚えていなくて良かったと思う。
「メイちゃん……?」
カツカツとヒールが床を打つ。その音に比例するように僕とアレクシスの距離が縮まる。だってヒールを履いてるのは僕なのだから。
わしゃわしゃと少女の頭を撫でる。
「……帽子、返して」
その声は少しだけ、震えていた。
少女は背伸びをして僕の頭に帽子を置こうとする。しかし身長が足りない。
……飛べばいいのに。
あの時こうしていればよかったのに。その一言が重く、のしかかっている。それは年々重くなり、僕の足を止める程大きくなってしまった。
いつもと少し違う形で帽子が被せられる。
それもそうか。だって髪型が違う。
向こうが先に破ったのだ。こっちだって破ってもいいだろう。その約束のせいで少しめんどくさい髪型になっているのだから。
「先に行くよ」
しかしそれが昔の記憶と重なってしまい、彼女の腕を掴む。
「……いや、君は村人の方を確認、援護して。またすぐに吹き飛ぶか、ら……」
アレクシスは目をうるうるとさせていた。自分だけ仲間はずれにされて悲しいのだろうか。それとも……。あ、腕を掴む力が強かった?
かなり力を緩める。
「……メイちゃん。無理だけは、しちゃダメ、だよ? 指切りするからね。私との約束」
そう言いアレクシスは小指を出す。これに絡めろ、ということか。
昔、一回だけやった事がある。その記憶は朧気だが。彼女は早くしろと言いたげな顔をしながら待っている。
同じように小指を少し曲げると彼女の白く細い、折れそうな小さい小指が絡まる。僕は黒い手袋をしているので直接小指が見えていないが、彼女の指とさほど変わらない。
彼女は何回か手を上下させながら歌った。そして指が解ける。
あの時、ワインを見つけた時に朧気に歌っていた鼻歌はコレだったのか。
あのワインは製造年が、ある人が生まれた年である。その人は別に有名な人という訳ではなかった。あの家の中に限定すれば有名人と言っても遜色ないだろうが、ややこしくなるので割愛する。
その人の人生は、人を愛し人に愛されていた。
先程はリビング周辺以外には行っていないので、他のところを調べたら出てくるだろう。
経年劣化によって損傷が激しい写真や勉強道具、その人が好んで読んでいた本。記念日毎に身長が記された柱。壁に描かれた落書き。
……全て覚えている。
ワインの場所は知らなかったので見つけたのはたまたまだが。二本の製造年をみて気がついた。
僕が飲んだワインより数年早く製造されたワインには手をつけていない。
――よく我が物顔で人の家に居座れますよねぇ。メイヴンさんはこの村の人じゃないのに。
この神殿に向かう時にクレアに言われた。
あの家は……久々に、半世紀以上ぶりに入った実家なのだから。
だから唯一入る事ができたのだ。
吸血鬼は招かれないと入る事ができない。それはどこに置いてもそうだ。
だからあの時だけ、僕は――でもあった。
精神を、感情を操作してきた吸血鬼の眷属は眷属だったから勝手に人の感情に入る事ができたのだ。本来なら感情は誰にも見られることのない、唯一の逃避行場所でもある。そこを見られて掻き混ぜられ、掘り返されたのだ。
だから。
――あそこにいる吸血鬼を殺すのを、……躊躇ってしまった。
アレクシスには僕の記憶が殆ど共有されていないのだろう。だからこうやって「行こう」と手を伸ばしている。
分かっているよ。僕だってこれ以上人が死んで欲しくない。それに死んだ人を無理に操るなんてその人への冒涜でしかない。
価値がない人なんていないって言った貴女が。
人を愛していた貴女が。
人を玩具のように扱い、支配して。
気に触ったら殺して食べる。
そんなところをもうみたくない。
だから僕が貴女を殺す。貴女を、まだ人として見ている僕が貴女を殺すんだ。
貴女にかけられた呪いのせいで、こんなに苦しんでいるんだって。貴女の呪いがこんなにも僕を掻き乱して、思考を放棄しかけるくらい痛かったんだって。
もうその手で頭を撫でてくれることは二度とないのが悲しくて。
僕は――を捨てて「メイヴン・アトライア」と名乗っている。この名前は昔読んだ小説の主人公だ。そう。主人公は困難を乗り越えて、勝つんだ。……だから。
「僕は、あの吸血鬼を殺す」
ここまで読んで下さりありがとうございます。
蝙蝠って凄い稀ですけど頭で体重支える事ができる奴がいるらしい。つまりヘッドスピンできる個体がいるのでしょうか。




