─4─ 味覚が否定する味こそ不毛の味
こんにちは、もしくはこんばんは。
UrANoです。
水をゼラチンで固めただけのやつ何も付けずに食べると結構不毛の味がしますよ。ゼラチンが多ければ多いほど不毛です。もはや水ゼリーではなく豚の背骨の味しかしないので。
クレアは初対面の人には例外無く敬語を使うようにしている。礼儀として、というのもあるのだが敬語の方が変に絡まれにくいとグランオニーチャンが言っていたから……というのもある。
その為ひとり歩いていた時に暇過ぎてどう話しかけようか考えていた。
例えば寝る前。初対面の人に最初に言うセリフを考えた。わざわざ『奇跡』で薄く水を張って鏡代わりにしてニコリと笑う練習もしていた(背景はくっきり写っていたが、肝心のクレア本人の顔は人の顔と認識出来ない程ぼやけていたが)。
しかしそれは全て崩れ落ちてしまった。
「……うぅぅぅ、うぇ……うがあぁぁぁぁ!!」
クレアの口は潤った。……泥まみれの、ろ過しても飲めそうに無い液体が口の中に入ったのだ。つまり先程の濁流だ。口の中に溶けた粘土を入れられるような身の毛もよだつ感覚……に似た何かを感じた。今後一生忘れないだろう。
余談だが今日クレアが口に入れたものは珈琲と固形食(偶然チョコレート味)と泥だ。全部茶色い。苦味と甘みと……不毛の味という違いがあるが。
口が潤った喜びなど無く、泥に対する拒絶反応で発狂していた。ついでに服が泥まみれになってしまったのでもう諦めたかのようにバタバタとヤケクソ癇癪を起こしている。服がまっ茶色になるのも厭わず。
そして思考を別の方へ移動させる。所謂現実逃避というものだ。
(そういえば泥パックなる物を本で見た事あるなぁ)
……と。つまり自分は全身パック! 泥に見えるけど……いや、最終的に泥パックはお湯で洗い落とす。
ここにお湯は……ない。出そうと思えば出せるが調節が難しいのに加え、突然無からお湯を出したら怪しまれるだろう。
「お風呂ぉ……ぐすっ……」
思考が戻ってきた。ついでに虚しさも着いてきた。
軽く辺りを見渡すと左側には先程空を飛んだ時に見えた建物が見えた。ほぼ一週間ぶりに人に会えたのだが、クレアの脳内はお風呂に入りたい欲で埋め尽くされていた。
「……侵入者を発見した……のだが……その」
クレアが見つけた村人の男(仮定)第一号は耳に手をあてながらブツブツと呟いていた。おそらくというか確実に村の人に連絡を取っているのだろう。
本来のクレアならマナを使わない連絡方法について考察するはずだ。視認できない範囲にいる人との連絡は、現在の技術ではほぼ不可能だからだ。……『奇跡』を使えば簡単だが。
だが、今のクレアに何か言ったところで返ってくるのはただひとつ。
「お風呂入りたいよぉ……」
切実な願いだった。
クレアの見た目は十代半ばだ。勿論精神も普通の少女となんら変わらない。身体を拭いていたとはいえ一週間もの間お風呂に入れない経験は彼女には重くのしかかる。
「……あは、あはは、はっ……」
自分が侵入者と言われている事に気が付かずに思考を放棄している。いや、逆に自分を放置してどっかに行って欲しい、と思って行っているのだろうか。クレアは乾いた笑いをしながら虚ろな目で自身を見つめていた。泥まみれになった自分を。冷静になったのか、癇癪によってさらに汚れた服を見て虚無に陥っていた。
村人の男(仮定)は困り果てていた。
何故なら、「地図に載っていないはずの隠匿された村」に……それも木々によって視認する事すら難しいこの村に同胞以外の者がいるからだ。
しかも少女は泥まみれだが、それを差し置いたとしても異様に白い。肌が……全身が白いのだ。泥も相まって少女の白さが際立つ。逸話の中に出てくる「吸血鬼」のようだ。
しかし今は木漏れ日が差しているので少女は吸血鬼では無いのだろう。そう思わせている可能性もあるので警戒を怠る事は無い。……侵入者に変わりないのでどちらにしろやる事は変わらない。
ジジッ。
耳の奥でノイズが聞こえる。手をあてると声が聞こえる。
「侵入者を捕らえろ。二百年前の過ちを繰り返してはいけない」
幼い、しかし威厳のある少年の声が脳内に響く。数年前に長が亡くなり、代替わりしたばかりだ。何故大人ではなく、少年が長になったのか。……少年しか長の血を継ぐ者がいなかった。ただそれだけの事だった。どこの村にも……国にもある血筋による序列は、隠匿されたこの村も例に漏れず採用しているようだ。
声変わり前の少年は温度の無い声で言う。
「これ以上、犠牲を出してはいけない。お前も、理解っているだろう?」
「……ええ。勿論ですとも。その為にこの村は隔絶されているのですから……」
少年は納得したかのようなため息をひとつ、つく。しかしすぐに違和感を感じたのか男に問いかける。
「ところで捕らえた侵入者の声が少し漏れているのだが……。お前、何かしたのか?」
「……先程の揺れの元凶を確認したのですが、どうやらせき止められていた運河が解放された事により一気に土砂が流れ込んできた様です。同様のタイミングで現れた侵入者……足を滑らせて泥まみれになったので風呂に入りたいと喚いているのですが、怪しいと思いませんか?」
少年は少しばかり考え込む。
村は隔絶されているので滅多に外に人は居ない。今連絡している男は、先程の揺れの元を探る為に特例で向かわせたばかりだ。なのに少女は男と遭遇した。まるで待ち伏せしていたかのように。偶然で済ませるには都合が良すぎるだろう。
侵入者がこの村を長年悩ませてきたモノの使いの可能性は今のところ否定出来ない。アレは人を操る事ができるので侵入者――漏れる声からして少女だろう――が自覚が無い状態で操られているかもしれない。
もしかしたら、疑いなく村に侵入する為にか弱い少女を演じているのかもしれない。その場合、民に会わせるのは危険だ。さらに言うと村は先程の川の氾濫による被害で混乱に陥っている。
「……とりあえず、侵入者を地下の風呂に入らせてやれ。その後軟禁。事情聴取」
「承知いたしました」
侵入者の少女が吸血鬼なら流水によって魔力が絶たれ、本来の姿を現すはずだ。そうでなくとも操られてる場合、その拘束を解くことができる。その為冷水を浴びせるのは恒例行事なのだが。如何せん目の前の少女は泥まみれだ。さすがに泥まみれのままでは口を割らないだろう。それに牢に泥の匂いが付くのもいただけない。なので風呂に入らせるのか。
男は少女の方へ歩き出す。
「侵入者は例外無く捕らえるのがこの村の掟だ。抵抗するなら……」
「……お風呂入れるなら抵抗はしません……我儘なのは重々承知なのですが、お風呂ってありますか?」
「…………」
男は何も答えずに少女を掴む。
少女は「お風呂ぉぉぉぉ!!」と言いながらジタバタしていたので男も泥まみれになってしまった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
この話を執筆中に実際に泥を食べようか悩んで辞めました。最後に泥団子を作ったのは去年ですね。細かい砂がなかったので艶々のが作れませんでした。もちろん最後に地面に投げつけるまでがワンセットです。
コメントやレビューしていただけると励みになりますm(_ _)m




