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国盗り伝説

 アピータは対峙する佐我に犬歯を見せて笑う。


「ここにいる全員で相手にするなんてことはしないさ! 俺一人で十分なのさ」


「どうでもいいよ。取り合えず軟功と硬功を試させてもらうぜ」


 佐我は呼吸をリズムよく行い、全身に〈氣〉を循環させていく。

 アピータは魔力の身体強化で佐我に真正面から突っ込み、左手の鉤爪を振り込んでいく。一撃で首の骨を折る気だった。

 直後、アピータはガクリと膝をつく。


「えっ?」


 驚愕するアピータの顎に佐我の膝蹴りが炸裂していたのだ。

 アピータは顎を粉砕骨折すると同時に気絶し、後ろ向きに倒れた。

 佐我はムエタイ風のアップライトスタイルに構えてアピータを見下ろす。


「真剣勝負だってわかってねえのか、ワン公?」


 するとアピータに側近の一人が近寄って口に薬を素早く流し込む。たちまちアピータのひしゃげた顎も治る。

 アピータはダウンから26秒で起き上がるが、現実を認識するまで17秒掛かった。

 佐我に倒されたと理解すると、可愛げのある顔を歪ませて激しい憎悪の表情を浮かべる。


「人間が!!! なんだかわからんが、もう楽に死ねるとは思わんことさ! 俺の【ヴォケーション】で完膚なきまでにズタズタにしてやるのさ!!」


 間もなくアピータの全身が白く輝く。毛も尖るように膨らみ、筋肉も一回り大きくなった。


「俺のクラスは〈拳鬼〉そして【ヴォケーション】の〈怪傑〉はどんな時でも勝率が大幅に上がるというものさ! 万が一にもおまえに勝ち目はなくなったのさ」


 アピータは全身に覇気を漂わせ、堂々とした歩調で佐我に近づく。


「勝率ねえ――でも勝ち目がゼロなら何をやってもゼロだろう?」


 そういった佐我の唇をアピータは引きちぎろうと腕を振るう。

 電光一閃――〈怪傑〉を使って行った攻撃をアピータは常に確実にヒットさせていた。

 しかし、アピータは自分の攻撃が当たる前に、踏み込んできた佐我が自分の顔面に向けて拳を伸ばしているのが見えた。


「な、なんだと!!」


 アピータは驚き、急遽後退するために全力を込める。それは間に合わず、鼻は佐我の拳で6センチ凹む。

 アピータは無様にしりもちをついて倒れこむ。

 アピータ、そして側近たちも唖然となって、ボロボロの服を着た中年の人間を見つめた。

 ここまで動ける人間など誰も出会ったことがない。

 驚嘆の瞳を向けられた佐我であったが冴えない顔をしていた。


「やばいな。ここまで変化しているとは思わなかった。あのドラゴンを殺したせいだろうけど――もはや俺は人間じゃないな……」


 佐我は己の体・脳のスペックが滅茶苦茶向上しているのを感じていた。佐我は長い間、ガラケーを契約会社を換えてまで意固地に使ってきていたが、昨年所属ジムに説得されてスマホに乗り換えたのだが、その時、時代の進歩に衝撃を受けた。今現在それと同等の驚きを味わっていたのである。

 最新スマホは便利なアプリがある上に信じられないほどサクサクと動いていたのだが、今の佐我の脳と体も負けないほど向上していたのだ。

 〈経験値〉が溜まりまくった佐我はアプリを使うが如く、気功やチャクラ、高速行動、並列思考を使えていることを自覚していた。

 気配が変わったので佐我は〈人狼族(ルーガルー)〉を見ると、アピータ達は全員何かを服用していた。更にメリケンサックやナイフ、手甲鉤で武装している。

 また全身を獣毛で覆い、狼に近い外見となっていた。


「国を賭けているんだ! お前は必ず倒す!!」


 濃厚で激しすぎる殺気を放ち、〈人狼族(ルーガルー)〉が佐我を今、抹殺せんとしていた。


「いいね、俺も全力でチャクラを……」


 と佐我は考えたが今は優先してやるべきことがあるのに気づく。白い球の検証だ。

 が、ここで少し逡巡する。白い球を使えば、魔力を備えた薬も武器も効果を失ってしまうだろうと思ったのだ。

 佐我はできれば〈人狼族(ルーガルー)〉が持っている薬や装備をいただきたいと考えていたので、ここで白い球を取り出したくないと思ったのである。

 ふと、ある考えが浮かぶ。


「なあテツ、あいつらの持ち物を白い球の魔力吸収から守るとかできないか?」


 佐我がそういった処で〈人狼族(ルーガルー)〉達が一斉に襲い掛かる。閃光のような身のこなしで必殺の一撃を加えようと駆けた。

 佐我は気功を使って、〈人狼族(ルーガルー)〉の攻撃を3秒避けた。それで決着がつく。


「あ、あれ……俺、なんで地面を見ているのさ……か、体が全然――動かない」


 アピータは目の前に地面があることに激しく戸惑った。何があっても負けてはいけない闘いの最中だというのに指一本動かせない。それどころか呼吸するのもままならない。

 対戦相手の人間の声が聞こえる。


「なんだよ、全員倒れているのに俺の勝利の確定はまだなのか? そうかよ、わかったよ。全員の魔力が回復しても動けなくすればいいんだな?」


 そこからアピータは佐我に触れられ、左肩の関節を砕かれた。

 とんでもない激痛が脳天に突き刺さる。が、悲鳴を上げる気力さえない。

 ボキッ! ギジッ!! ボグゥ!! ――佐我は次々と肩、肘、膝、手首、足首を砕いて回る。

 特濃で猛烈な痛みを受けながらアピータは自身の超回復が機能していないことにも気づく。特に狼の状態ならば骨折も10分で治癒してしまうのだが、治る気配がまず出ない。

 折っていても佐我も別に楽しくはない。白い球を取り出し、〈人狼族(ルーガルー)〉の魔力を完全吸収すれば勝利すると思ったがそうはいかなかったのだ。

 7名の〈人狼族(ルーガルー)〉を再起不能にしたところで、佐我の頭上にタンポポの形の光が輝いた。


「ようやく勝利か!」


 途端、佐我の体に強い生命力が流れ込み、高まった。それが〈人狼族(ルーガルー)〉達から奪った寿命なのだろうと察しがつく。

 だが国を手に入れた実感はない。


「へへへ、まあいいさ。おいおい色々検証していくからよ」


 佐我は空を仰いで、ニッコリとほほ笑む。


「俺を不愉快にさせた奴は全員、残らず思い知らせてやるからよ! 首を洗って待っておけ!」


 佐我はこの世界に来て理不尽な目にあわせてきた者全員にきっちり落とし前をつけようと改めて思う。

 その復讐する相手に、この世界に連れてきた叡智の女神のヒノミアリスが入っていることに佐我自身もこの時は気づいていなかった。

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