紅界竜ミナミリティア
呼吸が整うのを待っていると、目の前に白い子供がいた。
相変わらず眠そうな顔をして佐我を見ていた。
「なんなんだよ、君は? 絶対普通の人間じゃないだろう。といっても言葉もわからんのか」
子供はやがて佐我に手を伸ばした。引き起こしてくれるのかと思い、手を掴むと、途端に頭の中が真っ白になり、一つの思念が満たされた。
「〈鉄壁〉と契約完了」
それは猛烈で絶対なメッセージだった。そして佐我は目の前の子供と精神が連結したのを覚える。
「くそっ!! なんなんだよ、これ。おまえはいったい、なんなんだよ?」
子供はボーっとしているが佐我には少し喜んでいるのがわかった。
またとんでもなく重いこともわかる。手で引っ張ってもビクともしないのだ。
「そ、そうだ。もう一匹のドラゴンなら何か知っているかも」
思い立った佐我は残りの白い球を革の袋にしまうと、襟巻ドラゴンに近づく。
「まだ生きているかい?」
だが思念は帰ってこない。どうもさっき送った思念で精いっぱいだったようだと察する。
では――と佐我は主に下半身にあるチャクラを回して、生命力を高める。気功も併用し、純粋な生命エネルギーに変換するようにイメージして練り上げる。
「おおおっ! これは――今ならかめはめ波マジで撃てそう……」
数時間前とは比較にならない生命エネルギーが体内を駆け巡るのを覚えた。佐我は襟巻ドラゴンに近づくとその鼻先にそっと手を置く。
そしてゆっくりと生命エネルギーを注ぎこんでいく。決して焦らないようにと意識しながら生命エネルギーを移動させていった。
体長40メートルはあろう巨大生物にどれほどの影響を与えられるかわからなかったが、佐我は辛抱強くチャクラを回しながら生命エネルギーを作り、流し込んでいく。
「おおおっ! 意識がはっきりとしてきた。き、貴殿は本当に人間か?」
突如襟巻ドラゴンが目をパッチリと開いて思念を送ってきた。気づくと全身を覆う鱗の色も赤みを帯び始めている。生き物らしい力を宿し始めているのがはっきりとわかった。
佐我はドラゴンに話しかけようか迷ったが、他に手がないので会話を試みる。
「はじめまして! 俺は織田佐我。異世界から召喚されてやってきた者だ」
「はじめまして。我はミナミリティア。紅界竜の長である。そうか、貴殿は異世界から来た者であったか」
「ミナミリティ……すまんがあまり賢くないので『ミナさん』と呼ばせてくれ。ミナさん、早速で悪いがここで何が起きているんだ? びっくりするほど俺は何も知らないんだ」
「うむ。確かに貴殿は知る権利があるな。『ミナさん』で構わない。まず一番先に言っておかなくてはいけないことだが、貴殿の手にしている白い球は、とてつもなく危険なものであるということだ」
「やっぱりか! でも……俺には影響がないようなんだが?」
「その白い球は魔素を吸うのだ。それもとんでもない速さと量を吸い続ける。影響がないのはおそらく貴殿が魔力をほぼ持っていないことが理由であろう。この世界の生物で魔力を持っていないモノはおらぬ」
「はあ……そういうことか。これってつまり兵器ってこと?」
「兵器ではあるが魔力を吸う兵器ではない。開発者の魔王軍の錬金術師キッショーイが我ら竜族の生態を模倣して高度なゴーレムを作ろうとして生み出されたものだ」
「ごめん、ゴーレムって確か人型で人の命令で動く怪物じゃなかった? これ丸くて白いよ?」
「正確にはゴーレムの卵であるな。我ら竜族も周囲の魔素を大量に吸い込んで卵から孵るのだ。貴殿の後ろに魔素を取り込んで成長したゴーレムがいるではないか」
佐我は驚いて振り返る。
白髪の子供と目が合う。
「えっ? あれゴーレムなの? 人間にしか見えないんだけど?」
「それについては解析が必要な状況だ。ともかく錬金術師キッショーイは破滅的に魔素を吸い込むことは想定せずに作り上げたという。それが8か国連合の勇者連合に襲撃を受けた際に安全装置が壊され、魔王城で解き放たれてしまったのだ」
「ええ、そんなことがあったのか!?」
「白い球が安全装置から出たために魔王軍の魔王とはじめとする幹部は死亡――勇者連合も壊滅したということだ。幸いキッショーイが生きていたので、再び球を回収し、取りあえずはこの〈魔渦の森〉の地下深くに封印しようということにしたのである」
「ええ、また衝撃。魔王も死んでいたのかい!」
「ところが魔王軍が〈魔渦の森〉で封印作業をしている最中、襲撃者が現れ、白い球を奪おうとしたのだ。それが貴殿が先ほど殺した深淵大竜のチウォークスだ」
「ああ――結果はそいつは奪還を失敗して、こぼれた白い球に魔力を吸い取られて倒れたんだな?」
「ご明察だ。だがチウォークスは魔力を吸われながらも命を取り留め、白い球をにじり寄って回収しようとしていた。それを我が阻止しようとしたのだが、白い球の影響範囲を見誤り、この様となったのだ」
「はあ……まあドンマイだな。ってことはこの白い球はあんたが持っていくのね」
そういって佐我が白い球の入った革袋を突き出すと、ミナミリティアは怯えるように後退った。
「わ、悪いがそれはできぬ。誤って袋からこぼれ出れば我が国がそれだけで滅ぶ。悪いが貴殿が持っていてくれ」
「えっ? その辺に捨てちゃダメ?」
「それは駄目だ! チウォークスのような奴に利用されれば、大勢の罪なき者が死ぬだろう」
「うっ……そういわれるとポイ捨てできないな」
「そういえば貴殿はチウォークスの邪悪さを見抜いたようだが何故そんなことができたのだ?」
佐我は自分の目を指さして言う。
「ああ、あれは目と額のチャクラを回したのさ。最近、悪党に囲まれた生活をしていたから、悪党はすぐにわかるんだ」
「チャクラ? それはいったいなんなのだ?」
「えっと……俺あんまり説明うまくできないかもだから、すごく時間がかかるけどいいかな?」
「それならば今はやめておこう。とにかく白い球は貴殿が預かってくれ。幾つかの神も関心を持っているから探し回る者も出てくるであろうが――」
「ええっ~探し回っている奴に襲われるのは嫌だな」
するとミナミリティアが長い牙を見せながらニッと笑う。
「貴殿が持っていることを知っているのは我だけだ。それに襲撃者もその白い球を前にすれば何もできないで倒れるだけだ」
「そうか。この世界は体の魔力を奪われると動けなくなる奴しかいないのか……」
その事実を佐我はゆっくりと吸収する。そして悪い顔でニヤリと笑う。
「つまり俺って今はほぼ無敵な状況ってことなんだな?」
「その通りだ。人間サイズならばまず白い球の見える範囲に3秒いただけでまる一日は活動不能となるだろう」
「へえ、それは便利だな。できるだけ襲撃者だけを範囲に巻き込むように活用してみるか!」
佐我は革袋を見つめながら未来を模索し始める。自分の絶望的状況はもはや解除されたといっていいと思う。
そして自由を手にするにはさやか達を奪還することが急務となることもわかる。
「俺の前に立ちふさがる奴には容赦はしねえ。容赦されなかったんだから当然だよな?」
佐我は己が手にした力を十二分に活用してやろうと覚悟した。