一人でのクエスト
佐我は23日ぶりに一人になった。
自分のペースで歩け、休み、食事が取れる。
誰も傍にいないことがこれほど快感であるとは思っていなかった。
「気持ちが清々するけど……もうちょっと気分のいい場所がよかったな~」
佐我のいる場所は人の手が入らない密林であった。周囲があらゆる植物で埋め尽くされている。しかも葉も草も幹さえ黄色という奇怪な密林である。
更に、時折魔物に遭遇するのも不快だった。
ヒグマを超す大きなモンスターに出くわすのだが、その8割が死んでおり強い腐敗臭を放っているのだ。
時折、虫の息といったモンスターにも遭遇するが、横たわり浅く息をしているだけだった。
佐我は念のために手製の木の槍で止めを刺していくのだが、きちんと〈経験値〉が佐我に入ってきた。
佐我達転移者は〈経験値〉と呼ぶが、この世界の人間は〈魂氣〉と呼ぶそれは、相手を殺したモノに殺されたモノから流れ込む特殊なエネルギーである。
〈魂氣〉を吸収すると身体能力が上がったり、新たな【ヴォケーション】や〈呪文〉を得たりするのだ。つまりはゲームでいうレベルアップが起きるのである。
転移者にして見れば〈魂氣〉はRPGゲームでお馴染みの〈経験値〉そのものだったので〈魂氣〉とは呼ばない。
また倒れていたモンスターには他にも不可解なことがあった。体内にある魔石という魔力が集まった結晶がないか、大きく破損していたのだ。魔石は魔法の材料になったり高値で取引されるので佐我は集めようと思ったが途中で諦めていた。
なぜモンスターがバタバタ倒れて、魔石が傷ついているのかわからないが、佐我は〈八枢聚〉に言われたとおりに進んでいく。
佐我の与えられた命令は、「何か凄いものがあったら拾ってこい」というだけのものだった。
佐我を送り出した〈八枢聚〉達全員が昨日から調子が悪くなっていた。この密林に近づいた途端、二日酔いのような、高山病になったような体調不良となっていた。それは従者も同じである。
佐我は何の影響もない。体調的には絶好調といえた。
ほとんど何の説明も受けていなかったので、ここがどこでどういう状況かわからなかったが、体調が普通なのは転移者であることが関係しているのではないかと思う。
「そろそろ、飯にすっかな……」
佐我は腐敗臭がしない場所で石に腰掛け、背中に背負っていたバックを開く。バックには油紙に包まれたハムの塊と、パン――そしてワインの入った革袋が入っていた。
「サンパークスに感謝だな」
サンパークスは〈八枢聚〉の〈黒霊族〉の次期女王である。佐我には肌が浅黒いエルフに見える種族だった。
サンパークスは〈八枢聚〉の中で唯一、佐我を虐待したり、寿命を奪う決闘を仕掛けてこない存在であった。
優しいというのではなく、徹底的に他人に興味がないようで他の〈八枢聚〉との接触も完全に無視してきていたのだ。
それでもこの叡智の女神のヒノミアリスの神託には興味があるようだった。
旅の最中、ろくに食事を与えられなかった佐我であったが「神託の成就のために死んでは駄目だから」といってサンパークスは佐我に食べ物を渡していた。もっともパンとハムを投げつけてくるという乱暴なものではあったが。
石に座って食事をしていた佐我だったが、進行方向に異様なモノがあるのに気づく。
大型ダンプのようなモンスターがバタバタと倒れているのが目に入ったのだ。
そして数キロ先には大型客船のようなサイズの何かがいるのが見えた。
「おいおい……これはどういうことだよ」
あまりにも異様な光景に唖然となる。一見伝染病にやられたようにも映るが、こんなに集結した状態で倒れているのは不自然に思えた。有毒ガスが発生し、中毒死したといわれた方がまだ納得できるように思う。
さらに不自然なのは倒れたモノの頭が同じ方向に向いている点だった。
佐我は自己診断するが、やはり調子は悪くない。悪いどころか〈経験値〉が立て続けに大量に入ってきたおかげで、体に力が漲っていた。
試しに気功法を使い、空気を取り込んで〈氣〉を練りこむと〈氣〉がかつてないほど膨張するのがわかる。
「おおっ、これって、もしかすると!」
佐我は体内を巡る〈氣〉を右手の平に集まるように意識する。すると空間を揺らすナニかが右手の平からあふれ出てきた。
「こ、これって〈氣〉を外に出せたってことか? マジか! スゲっ! もっと強くなれば波動拳――かめはめ波出せんじゃねえ?」
佐我はとてつもなく興奮していく。ここ最近ずっと過酷な虐待を受けていたというのに心が一気に元気になっていた。
〈経験値〉をもっともっと集めれば、子供の時の妄想が現実になりそうだと思うと陰鬱な体験などに執着していられない。
「よしよし! 片っ端から止めを刺して〈経験値〉をいただこうじゃないか!」
佐我は残ったパンに残ったハムを挟むと一気に喉に押し込み、ワインで強引に胃に送り込んだ。
そして〈経験値〉を稼ぐために、倒れたモンスター全てに引導を渡していった。