【聖巡】
佐我が拉致されて数日後――森の中で平地が続く開けた場所で二名の者が向かい合い、激しく動いていた。
その一人は異世界転移者の佐我である。佐我は一回左手で地面に触れ、左肩を大きく下げると同時に右に向けて横跳びした。
「ふん、また引っかけか! もう一杯食ったりはしないのさ!」
佐我の変形タックルを素早く体をずらして避けた少女は、その大ぶりな手を佐我の顔に伸ばす。
「ぎゃっ!?」
少女の爪の鋭い指がなんと佐我の右目に突き刺さった。指の根元までずぶりと入る。
佐我が激痛にのけぞると少女はなんと、距離を詰め、佐我の腹の上に股を開いて座ったのだ。
「指は悪くかったよ、わざとじゃないのさ。そっちの世界じゃ反則なんだろう?」
佐我は目から血を流しながらも顔を両腕をクロスしてガードする。この先、少女に殴られることがわかっていたからこその防御であった。
それは現実となった。マウントポジションからの打撃、グラウンドパンチを佐我に放つ少女は人間ではない。
〈人族〉という大きなくくりには入るが、頭頂部についた大きな耳に、首から尻までみっちりと生えた毛、肛門のすぐ上から伸びたフサフサの尻尾は〈人狼族〉であることを示していた。
少女の野性味あふれる美しさにも目が行くが、最も特徴的なのはそのしなやかに発達した筋肉だった。大殿筋、広背筋、僧帽筋が隆起し、婉麗に動く。
しかも少女の毛は白銀に輝いている。これは〈人狼族〉では1000以上の生き物をその手で殺したことを意味する成長的変化であった。
〈人狼族〉の多種族との違いが魔力を生かした身体能力にある。豊富な魔力は筋肉の発達と俊敏性、肉体の再生能力を猛烈に高めた。
人間ならば拳を対戦相手の腕の骨に叩きつけることに躊躇するが、〈人狼族〉はそんなことは気にしない。筋肉が強固であり、万が一骨折しても短時間で治ってしまうからだ。
「ギブアップだ!」
佐我は一応言うが少女はいつものようにそれを無視する。佐我に雨あられとパンチを振り下ろす。
「うがっがっ、痛っ・ぐっ!」
遂には佐我はガードができなくなり、上半身に50の裂傷と内出血、24箇所の骨折を負う。重傷である。
「ふふん、勝負は食うか食われるかだから恨んじゃダメなのさ!」
そういった少女は肩をガンと突かれる。
「ああ! またサガが死にかけているのである! 我の順番だというのに強硬に戦闘を始めたら、またこれである! この馬鹿狼が!」
そう言ったのは全身が筋肉の髭面の青年であった。青年の激しい突込みに悪鬼のような顔をしていた少女はハッと我に返る。
「わ、悪かったのさ、ベルーク。つい調子に乗っちゃったのさ」
「くっそ、もうアピータの言うことは二度と聞かねえのである! ……こりゃ駄目である。ララポーを呼んで欲しいのである!」
「もう呼んでいるぞよ。しかしみっともなく壊したものぞよ」
〈人狼族〉アピータと〈大穴族〉ベールクを押しのけてズタズタのサガを覗き込んだのは、大きな人馬であった。
正確には馬の首の部分が人間の上半身で、〈人馬族〉と呼ばれる種族である。
「気が回るのである、キューストア。ふふふ、ララポーがすぐに治癒するというのであれば――」
「ふふふ、貴公も同じ考えなのは愉快ぞよ!」
そういうと〈人馬族〉のキューストアは手にした白銀の槍を――〈大穴族〉のベールクは大鉈を手にして佐我に近づく。
「ふんっ!!」
「ハッ!!」
キューストアとベールクが気合いを発すると、佐我の両手が肩から分離した。キューストアが槍で左肩をえぐり取り、ベールクが大鉈で右肩を切り落としたのだ。
「ウガァアァァァ~~!?」
半ば意識を失っていた佐我だったがあまりの激痛に血を流しながら叫び、のたうち回る。
「がはは、やはり人を斬るのは最高なのである!」
「人間族の悲鳴を聞くのはいつもとても愉快ぞよ! ケケケッ、もっとわめけ!」
「キャハハハ、見て見て、まるで芋虫みたいなのさ! まだまだ元気みたいなのさ!」
残虐非道な行為だったが佐我はまだすぐには死なないと判断する。
3人の笑い声を聞き、致命傷を受けた佐我は意識を失いながら思う。
くっそう、この後はまた、激痛を覚えながら覚醒することになるのか!
4分後、佐我の予想通りのことが起きる。
「うぎぎぎっ~!!」
佐我は馴染のある激痛で覚醒する。
瞼を開けると正面にいつものように純白の髪をした美しい女性がいた。清純そうに映る聖女のように映る。
頭に大きな白い花をつけた真っ白な肌に大きな瞳をした女性が佐我に手をかざしていた。
「ぎぎ・ぎっ!! ララポー様、は、早く〈グレートキュア〉をお、お願いします!!」
「あらあら、サガ――治して差し上げているのに強要は良くないですわ。今日こそは〈ミドルキュア〉で治して見せますですわ」
「で、ですが!?」
「あら、サガは怠けずに努力し続けるわらわを否定するのですか?」
「そ、そうではありませんが――ぐぎぎっ!!」
現在、両手を失った佐我は〈森霊族〉 のララポーに精霊術で治してもらっていた。
だがララポーが何度も佐我に施す〈ミドルキュア〉では欠損した両腕も複雑骨折も治すことはできない。〈ミドルキュア〉は正常な肉体に戻そうと働くのだが、あまり破損がひどいと治しきれずに力を霧散して消えてしまう。
この中途半端な治癒は痛覚神経を大いに刺激する。だから佐我は〈ミドルキュア〉は受けるたびに悶絶しそうな痛みで七転八倒となる。
ララポーもそれをわかっていて、体を完全回復させる〈グレートキュア〉をなかなか使わないのだ。
最後は結局〈グレートキュア〉を使うのだが、ララポーは己のサディスティックな欲望が満ちるまで〈ミドルキュア〉を連発させる。今のところ6日連続して同じようなことが続いていたのである。
そんな佐我を面白がってみている7人がいた。
〈人狼族〉、〈半吸血族〉、〈大穴族〉 、〈巨人族〉 、〈森霊族〉、 〈人馬族〉、〈白霊族〉の王子や姫である。
今、佐我は叡智の女神のヒノミアリスの神託に従って、「人間」も加わった9つの種族合同で行う冒険【聖巡】に参加していたのである。
佐我は一応人間族の代表であったが、奴隷よりもひどい扱いを受けていた。
地獄のような責め苦と労働を強いられ、冒険を続けていたのだ。




