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クラスは〈格闘技家〉

 佐我が少し改まった調子でさやかに語る。


「俺がムラトミーヌ様からもらった【ヴォケーション】は〈決闘〉です。んで〈クラス〉は〈格闘技家〉です」


「あら! それは〈格闘技家〉の佐我さんにはピッタリですね。でもそんなことを他人のわたしに教えてくれていいんですの?」


「いいんですいいです。どうせ使い道のない【ヴォケーション】ですから。〈決闘〉は相手と条件の合意をして戦うと、必ずその通りになるってだけの能力ですから。相当に使い道がないですよ」


 同意するようにのすけが笑う。


「わしらの棲む森には言葉が話せるモンスターはいないから〈決闘〉を使う相手がいないしな!」


 佐我は突如、音を立てて息を吸う。長く深い呼吸は聞いていたさやかにも特別だと思えた。

 それを3回繰り返した佐我はさやかに左の手の平を差し出す。


「さやかさん、俺の手の平に触らずに手を近づけてくれませんか?」


「えっ?」


「警戒するのはわかります。32歳のおっさんにそう言われたらキモいのはわかりますが、ちょっと信じて付き合ってください」


「あらあら、はい、わかりましたの」


 意味が分からないままさやかが指先を手に平に近づける。するとさやかは指先から体に侵入してくる確かな波動を感じた。温かいがどこか意思のあるエネルギーの存在を覚えたのだ。


「佐我さんは魔法が使えるようになったんですの? すごい!」


「いいえ、残念ながらこれは魔法・魔力ではないんです。これは〈氣〉というやつです。古い中国の思想に存在する一種の生命エネルギーのことですね。前の世界では〈氣〉を感じることはゼロに近かったですけど、ムラトミーヌ様に〈クラス〉をもらった後にしっかりとした〈氣〉が出せるようになったんです」


 のすけが太い自分の肩を拳で叩く。


「まあ今のところ、肩に〈氣〉を送ってもらうと少しほぐれるぐらいしか使い道はないのだ」


「あっ、云ったなのすけさん! 〈氣〉を使った医術を高めて、医者のあんたをギャフンと言わせてやるからな」


 さやかは自分の指先をしげしげと見つめる。


「〈氣〉……あらこれは面白そうですね。わたしも少し試してみますの」


「コツがあるんです。今度やり方をお教えしますよ。いや~今となってはヒノミアリスなんかの加護なんかもらわなくてよかったですよ!」


 ガギッ!!


 そういった佐我の顔面に猛烈な蹴りが食い込み、麦粥をまき散らして吹き飛んだ。

 佐我を蹴ったのは痩せた眼鏡をかけた少年だった。

 

「この魔力なしの分際でヒノミアリス様の悪口をいうんじゃねー! 無駄に生きているだけのおっさんが!」


 整った装備を身に着けた4人がいつの間にか佐我達のいる川原にいた。


「鶴間くんたちどうして?」


 さやか達は4人を知っていた。一緒に異世界に連れてこられた日本人である。

 大剣を背に持っている金髪の少年が〈勇者〉金森周男――銀の杖を持った栗色の髪の少女が〈聖女〉麻溝台竜美――3メートル超える刀を背負った筋骨たくましい少年が〈剣聖〉栗原秀登――そして佐我を蹴った眼鏡をかけた細身の少年が〈賢者〉鶴間郷である。

 いずれも高校生であった。

 麻溝台森が肩をすくめていう。


「私たちはソローゼン女王の命令できただけの話。帝国に織田佐我さんを連れてこいって言われただけの話なのよ」


 これにはのすけが眉を顰める。


「追放した佐我が必要? いったいどんな理由があるというのだ?」


 すると鶴間が電光石火で動き、今度はのすけのどてっ腹に蹴りを見舞う。


「無駄な質問すんじゃねー、ジジイが!?」


「ぐはっ!?」


 のすけは4メートル飛んで川べりで落ちた。

 佐我は腕を浅く前に出し、腰を落とすクラウチングのスタイルを取る。


「やめろ! これ以上暴れるなら痛い目を見てもらうぞ」


 そういった佐我は口に異物感を覚え、それを吐き出す。二本の折れた歯であった。

 佐我の態度を見て鶴間は笑う。


「へへへっ、おっさん、MMAの選手だったんだよな。面白い! 逃げんじゃねーぞ?」


 佐我はMMA(総合格闘技)のスーパーライトの現役選手である。32歳で現役であるのは珍しいが、それでも素人相手にはまず負けない。

 だが佐我は鶴間を警戒した。動きのそれが人間ではないのだ。のすけに近づき、蹴るまでの速度が目で追えなかった。

 佐我はクラウチングで近づいて、アップライトにスタイルを変える。タックルするような姿勢からいきなり打撃のスタイルにスイッチしたのだ。

 更に素人には処理できない、脛をカットするローキックをモーションを少なくして放つ。

 がローキックは当たらない。一瞬で猛スピードで前進した鶴間が佐我の胸を左拳で撃っていた。


「ぐはっ!」


 佐我は呼吸ができなくなるが、左にバックステップで移動し、鶴間の右わき腹にタックルするように移行する。

 が、佐我は鶴間に髪を掴まれ、あっさりタックルを殺された。


「とろくせえんだよ、おっさん! それで本当にプロとか嘘言ってんじゃねーよ!」


 鶴間は佐我の髪を掴んだまま、佐我を振り回し、地面に5回叩きつけた。

 佐我はこれほどまで握力・腕力を持った者に出会ったことがなかった。まさに怪力である。

 真っ青になるさやかに金森が言う。


「鶴間くんは最近魔力による〈身体強化〉に非常に夢中なのさ。魔力を全身に流すと最大通常の6倍の力が出せるというのさ。それだけじゃなく反射神経・思考速度まで魔力で加速させられるんだって。だから運動が得意ではなかった鶴間くんはのめりこんでしまって僕らも非常に困っているのさ」


 栗原が動かなくなった佐我に近づくと猫でも持ち上げるかのようにさっと摘み上げる。


「さあ、ソローゼン王女がお待ちだで帰ろうがや。帰りもどえりゃー時間が掛かるで急がんねぇ」


 さやかは去っていく4人をただただ眺めていくしかなかった。

鶴間たちの変化が恐ろしかったのだ。豹変と言っていい。明らかに好戦的で物騒な雰囲気を漂わせていたのだ、

 のすけが回復し、顔を上げた時には襲来者と佐我の姿は見えなくなっていた。

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