追放されたおっさん
「あ、雪だ」
織田佐我は木製の椀を手にしながらそういった。
空から降ってきた白い結晶を見て、慌てて椀に口をつける。
せっかくの久しぶりの温かい食事が少しでも冷えるのを嫌ったのだ。
佐我の隣には佐我同様にひどい格好のものが6人いた。7人ともに動物の皮を、皮で作ったひもで縫って作った服を着ており、野蛮人に映る風体をしている。
温かいものに飢えていた9人は提供された食事を夢中で口にしていた。
「まぁまぁうふふ、誰も取らないから安心してゆっくりめしあがってくださいですの」
そういったのはプラスチック製の眼鏡をした女性・相武台さやかだった。
佐我は頭を下げる。佐我は青年と中年の間に映る痩せた人物だった。優しそうな外見だが眼もとには鋭さがある。
「本当に助かったよ! 獲物が罠になかなか引っ掛らなくてな。そういう時に限って怪我人や病人が発生して、備蓄した食料がなくなってしまって……」
「そういうこともありますの。〈インベントリ〉に大麦の袋を3つ入れてきたので、それを持って安心して帰ってください」
その言葉に50を過ぎた小柄で小太りの男性・林間のすけが破顔する。
「ありがてえよ、さかやちゃん。わしがあと30年若かったら嫁にするのに残念なのだ」
のすけの肩を佐我が肘で打つ。
「やめろよ、のすけさん。そういうのも今どきセクハラなんだぜ?」
「なに? そうなのか?」
さやかは手を横に振る。
「いいえいいえ、お医者の先生にそういっていただけるだけ嬉しいですの」
「ははは、さやかさんは優しいな」
そういうとさやかはくっきりとした南国風の顔に悲しみを浮かべる。
「ごめんなさいですの。わたし、こんなことしかできなくて……」
今度は佐我が手を横に振る。
「いいやさやかさんが悪いんじゃないよ。全部女神のヒノミアリスのせいさ。俺たちをこの世界に連れてきておいて、魔力がないから追放とか酷すぎる!」
2か月前――さやかと無我ら29名がこの世界グロアへ叡智の女神ヒノミアリスによって連れてこられていた。
魔王を討伐したいサクラドー帝国のソローゼン女王の願いを聞き入れ、〈聖女〉と〈勇者〉の〈クラス〉を持つ者をヒノミアリス神が強制転移したのである。
が、2人が乗っていた市営バスごと転移したためにほかにも関係ない者達が連れてこられたのだ。
佐我に至ってはバスの横を自転車で通り抜けようとしていただけなのに巻き込まれていた。
ヒノミアリスを信仰するサクラドー帝国にやってきた29名だったが、無我達を含む6名が属国であるチューレーに送れる。無我たちはソローゼン女王が望む魔力量をもっていなかったのだ。この世界は個人の魔力量が重要視される傾向にあった。
チューレーでも佐我とのすけは追放される。佐我は魔力がゼロ、のすけは〈医者〉という〈クラス〉だったために縁起が悪いという理由で追放されたのだ。2人は人里に近づいてはならないと云われ、それから森の中で野人のような生活を送っていた。
当初、佐我にしろのすけにしろ、状況を楽観視していたのである。栄華を誇ると自負するサクラドー帝国でさえ、中世西欧の11世紀ほどの文明しかなかった。だから街にさほどの未練もなく、現代知識があれば森の中でのサバイバルもそう問題はないだろと考えていた。
だがこの世界の野外活動には常に魔獣の弊害があり、安寧の時間を生み出すのはほぼ不可能であったのだ。ゴブリンやコボルドは知恵が回り、設置した罠を壊したり、奇襲をしかけてきたり常に油断ならなかったのである。
そんな生活の中で捨て子を8人も拾ってしまったために更に生活は苦しくなっていた。この世界は神に貰った〈クラス〉が「縁起が悪い」という理由だけで、簡単に子供が捨てられるのだ。
そしてついに怪我や不猟のせいで食料が尽き、時々様子を見に来てくれていたさやかに助けを求めたのだった。
さやかは川原に石で組んだだけの竈に大鍋を置き、大麦粥を作って佐我達にふるまった。
ふとさやかは思い出し、左足首を出す。
「まぁそういえばわたしも【ヴォケーション】をいただいたのですの。ほら!」
さやかの左足首にはタンポポの花のような模様の痣があった。
佐我は左拳の甲を突き出すと同じ痣があった。
「あっ! 俺と同じですね。俺も豊穣の神ムラトミーヌ様ですね」
「わしの菊っぽい紋章は未だにどこの神だかわからんのだ」
のすけの痣は背中にあった。花型の痣は神から〈クラス〉を受けた際に発生するとされていた。〈クラス〉とは職業とも呼ばれる神が人に授ける力の一つであった。〈クラス〉が授かると同時に【ヴォケーション】という特別な奇跡を引き起こせる能力ももらえる。
ちなみに異世界転移者は神に関係なく自動翻訳してくれる〈トランスレーション〉と〈インベントリ〉の【ヴォケーション】を初めから持っている。
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新連載です。3日間集中して連続投稿します。
それ以降は書き溜めに入りますがよろしくお願いいたします。