9話 二重人格の吸血鬼と殺人癖の人間
ごめんなさい。
推理する推理小説は書けません。
~~~とある殺人願望をもつ人間の~~~
昔から俺は人を殺してみたいという願望があった。
それは道端のねずみから始まって、哺乳類に至る。
そして俺はこの表面上は善良な社会に適応するように、今まで人を殺したことはない。
物語や演技と同じだと思う。
人を殺す度胸なんかほんとうはなくて、ただ日々の窮屈さからの反動で、なにか悪いことをしてみたくなっただけだと思う。
そう。物語や演技と同じで、不満の日々から逃げたいだけだと思う。
その世界に住む気はないけど、一時的にだったら、その世界に浸かって浸っていたい。
その程度だったんだ。
だから俺は物語の中で人を殺したり、吸血鬼について調べていたくらいだった。
多分、それ自体はどうでもいいんだと思う。
ただ日常の鬱蒼とした世界から逃げたかっただけだと思う。ーーーどうせその世界も嫌になって、今度は現実に戻ってくるんだろうけどさ。
俺はほんとうにろくでもないほど、実行しない人間だったーーーはず。
ほんと。ろくでもないほどに理想だけを語っていた。
実際、人を殺したきっかけなんて、異性がらみだったし。
好きな子を助けたいっていう正義感だったし。
多分、俺は自分の意思じゃなくて、仕方ない状況とか許される口実がなきゃ実行するには至らなかったってことだと思う。
俺がやったこと、俺の行動だけ見ればさ、そんなの関係なくて、全部、俺の責任なんだけどね。
でもさ、経緯とか認識や動機ってさ、他人から見ればどうでもいいけど、自分が自分をどう思うかっていうのは大事だと思うんだ。
とある人間の男の回想 完
★
「あら? なんのこと?」
視線を向けられた女は、ほんとうにわけがわからないように、きょとんと首を傾げた。
その瞳の微細な動きからは動揺すら伝わってくる。
「予想外だ」ぼそり、と漏らしたステファンのあっけらかんとした声にディルは苦笑した。
「どうした? 予想が外れた?」
ディルのからかうような声にステファンは言う。
「俺の観察眼は鈍くなったもんだな」
「もとからハズレ多かったでしょ」とディルはイヤホンに軽く手を添えながら苦笑した。
「ーーー飽きた」
「我慢弱い君がよく耐えてられるね」
「全員、殺してすっきりさせたい」
その発言を聞きながらもディルは思う。
殺すといって殺さない。この人も社会的な意味で精神的に成長したな、と50代の男に対して思った。
だがその心理は撤回される。
「ーーー俺の潔白を晴らしてたいからな。皆殺しはそれからだ」
「ん~」
(この人もなぁ…)
(ゼロウさんと同じで極端で社会性のない人だなぁ)
(自分の潔癖を証明したいと思うのは当然の心理だけど)
(吸血鬼ってだけで人殺しと言われるのもかわいそうだけどさぁ)
(実際、君10年前まで人狩り殺して食ってたじゃん)
(しかも楽しんでたじゃん)
(…まぁいいや)
(正論を重ねったって なんにもなりゃしない)
(興味ないな、の一言で砂の城と化すんだ)
(もうどうだっていいね)
教育はなんのためにあるかと言われれば、俺はコミュニケーションのためだと思っている。
そういう意味では、まともに教育を受けてまともに教育的に育つことができた人たちと、僕ら(・・)がまともなコミュニケーションをできるわけがない。
「だいたいあの3人が死んだ時刻と仲の悪さを考えれば、おまえが該当するだろうが」と髪を染めた男は眼鏡の位置を正し、睨みつけた。
「でもわたしは吸血鬼なんかじゃない…指だって…」
戸惑いながら、女は指を噛み切った。
強く噛んで爪を剥ぎ取る。
「ほら…さっきもやったでしょ?」
血は止まらない。
「じゃあ、なんであのとき血の匂いがした? あのときなにをしてた?」
「そんなこと言われても…」
問い詰める男エリックに、女は戸惑いながら身をすくめるだけだった。
陽が暮れだす頃。
黒髪のマッシュルームヘアの男フレインダーが口が挟んだ。
「リツコは二重人格なんだ」とフレインダーは淡々という。この男はステファンが目をつけていた男のひとりだった。血を見たときの反応が周囲と異なることで、ステファンが怪訝に思ったのだった。
フレインダーは表情を変えずに続ける。
「体も昼と夜で違う。性格が…つまり脳みそが昼と夜で別物になるなら身体だって変わったっておかしいとは思わない」
「…..............................」
2泊ほど置いて、エリックは疑問点を乾いた口で発言する。
「そんなことありえねぇだろうが…」
あまりにもぶっとんでいる、と。
フレインダーは両の手を広げた。パラパラと床に落ちたのは写真だった。
それに映っているのはリツコと呼ばれた女の姿だった。
隠し撮り写真。
「…………なんだこれ」
1枚目を拾い上げた。
その写真には人を喰う女の姿が映っていた。
「なんでおまえは黙っていた?」
「俺は彼女のことが…リツコのことが好きなんだ」
「はぁ?」とエリックがわざとらしく口の中を見せた。
「好きな子の犯罪を見逃すのは当たり前だろ?」
「よくそんな女、好きでいられるよな」
「顔が好きなんだ。彼女の中身は悪いけど…それでもリツコを好きになった理由は変わらない」
それに、とフレインダーは拳を握りしめる。
「俺は彼女の内面も好きだ」
それも本当なんだ、と。
俺は彼女の容姿が好きだった。
ときどき漂わす血の匂い。天然発言。紅と紫の髪色。
「俺はリツコのことが好きだ」
でも今は内面も好きなんだ。容姿はきっかけのひとつでしかない。
楽しそうに嗤って今を生きてる、彼女のことが好きなんだ。
「…憧れたんだっ………!!」
俺にはきっと持ちえないものだから。
生きる意味も楽しみも。
「おまえ馬鹿じゃねぇの? 仕事もできねぇ食い意地も汚い…
顔や種族以前の問題を抱えた女を好きになれるかよっ」とエリックは髪を乱暴に掻きむしった。
理解できねーよ、と俯いてため息を吐く。
「理解なんかされなくたっていい」
「少しは他人からの評判ってものを気にしてみろよ。知れば知るほど顔だけの女じゃねーか」
ステファンは瞼を持ち上げた。
「ディル…もういい加減、着いただろ?」
「ああ…もう電話越しじゃなくても聞こえています」
「色恋沙汰にどうして夢中になれるだろうな」
「捕まえるべき人間はわかったんで。俺の出番はなそうでなによりです」
「なに言ってるんだ。捕まえるのがお前の仕事だろ」
「僕より強い人が何言ってるんですか」
「俺はもう当分、人を喰っていない。本来の力は衰えたんでな」
「あ~そうですか」
(全員、皆殺しって言ってたじゃねーか。コロコロ意見変えやがって)
ディルは内心、鬱憤が溜まっていたが、ディルの処世術「忘れる」を用いた。
ディルはさて、どうしようかな、と目の前のことに集中した。
油の匂いが濃い。
殺人鬼は二人。
さてどちらから捕まえようか…
(吸血鬼はともかく人のほうは厄介だな…)
殺してしまうから。
ディルは二つの愛刀のナイフを握りしめた。
ナイフの名は”ギルティ”。刃渡り20センチと15センチのナイフ。
片方は刃先がサメ歯のようにギラギラとしていて、片方は欠けすらもないほどに整ったナイフ。
皮膚を裂き、痛みの感覚を増幅させるナイフと感覚そのものを鈍感にさせるナイフ。
「めんどうだな…ぼくは闘いが得意じゃないのに」
ああ、でも、とディルは顔を俯ける。
(このナイフの出番があってなにより…)
ディルは笑みを浮かべながら、手袋をはめ込んだ。
僕はほんとうに能力面だけでいえば戦闘が不向きだけど、死にそうになったら逃げればいいだけだから、ね。
今までだって大丈夫だったし、これから先も大丈夫。
ディルは危機に疎かった。
今から思えば移動手段、バイクを登場させたい。
バイクの絵を描きたい。
推しはカワサキのバイク。