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ヴァンパイア・メタリック  作者: すこーぴおん
2/15

2話


「おっ」


ふらふらとリズムよく、にんまりと嘘くさい笑みを浮かべながら

ご機嫌に歩いていたディルは、これまた嘘くさい陽気な声をあげた。


「オッドアイ」

路地に座る少女を見て一言、呟く。

少女とディルは確かに目があったのだが、お互いに虚空を見つめている気分だった。


ぼろり、と手にしたミートパイのピースが落ちる。

あらら、と声を出し、糸目で地面を見つめる。


例のオッドアイの少女が食い始めるのを、ディルはなにを思ったか。

1万ピーカもする革靴で踏みつぶした。


「あ~ごめんね」と意地悪く陽気に嗤う。


「あーごめん。ほんとうにごめんって。そんな落ちて人が踏みつぶしたもの、食べないでよ。ほら僕が持ってるやつ、あげるから。全部あげるから」


今度は一転して困り顔になり、膝を曲げ、低姿勢になる。




「やはり5分遅れたか」と白髪交じりの中年の男は愚痴をこぼした。


「今度はなにを拾ってきたんだか…」と口中で呟き、糸目の青年をねめつけた。


ディルは相も変わらずへらへらとした笑みを浮かべている。


「いやー好かれちゃって」


「オッドアイか。好きだよな、そういうの」と嫌みを込めて冷静に暴言を吐く。「薄汚いガキを車に乗せるな。あと食べ物も、だ。俺の車を汚すな」




「あーこれ。どっちでしょうね。人だったら僕らの仕事じゃないんで楽なんですけどねー」


「これが人なわけあるか。肉が食いちぎられてるんだぞ」


「それは早計そっけい。そんなの僕でもできますから。僕じゃなくてもできるけど」


「誰もがお前みたいな外道の精神を持っているわけじゃない」


「ん…嫌みですか?」


「事実だ」


「僕がまともだったらノイローゼになっちゃいますよ。こんな血なまぐさい職場」


「それもそうだな。俺はノイローゼになりかけてるよ」



「1時間前くらいかな? この湿度と温度でこの状態は1時間前に出血しましたね。それにしても酷い有様。下手ですね。これ、独学じゃないですか? 鶏の首の絞め方から練習したほうがいいっすよーーーーあ~こらこら。じっとしてなさいって。ヴァンパイアじゃないんだから、人の骨なんてしゃぶんないの」


「こいつがヴァンパイアだったら殺す」


甘いよな、そういうところ。とディルは腕を組みながら思う。

疑いをもった時点で殺す理由は十分なのに、と。

「あー」


「向いてなさそうなのに」


刃をつきつけた白髪交じりの中年男ゼロウに向かい、ロナは思ったことを呟いた。


「なにがだ」


「人を見極めること?」とディルは口をはさみ、挑発する。


「あなたは抵抗がある人だから向いてない。人を殺すの」


見つめあうこと数秒。


「うぇ…」


「あ~吐いちゃったかぁ。だから無理しないでって言ってるでしょ。どうして向いてないこと続けるんですか」


「うぇ…このガキが汚いからだ。ドブのような匂いしやがってぇ」


「スラムから連れてきましたからねぇ…。でも汚くて血なまぐさいのは、死体現場あるあるでしょ? 毎度毎度 吐いて…」


「だからこそ俺は胃袋にはなにも入れないようにしてるんだ」


「そこまでして頑張る理由ってなんです? 例の復讐ですか」


「復讐…ってなに?」


「報復。この人ねぇ家族を殺されて、殺したやつを返り討ちにすることが夢なんだよ」とにこにことディルは教えたげる。

ロナは大きなピンクと赤色のキラキラとした瞳をまっすぐに向けて、

「夢…?」


ロナの頭の中では夢=楽しいだ。


「楽しそうね」


「そんなものじゃないと思うけどな」と眉を八の字にして、ディルは呟く。


「吐いてるものね」とロナは納得したようにうなずいた。



「君、家は? 迷子でしょ?」


「うん…帰らないと。おなかすいた」


ロナは手を伸ばし、ディルの手を掴みかけるが。


「送らないよ。ひとりで帰りな」とディルはひょいと両手をあげる。


「…………家ない」


「スラムの子だから?」


「燃えちゃった」


「あらら。それは大変」とディルはおどけて続ける。「うち、来る?」



「キュウケツキってなに?」とロナは尋ねる。


「人を食べるだよ」


「人が人を食べる」


「うん」


「なにが変なの?」


「さぁね?」とディルは両腕を開いて、おどけて見せる。「闇市でね、ためしに買って食ってみたんだけど、俺はまずかったよ。まずくて、吐いちゃった」


「吸血鬼はね、あの人肉が美味しいらしいんだ」


「おじさんはキュウケツキじゃなかったのね」


「お兄さんね、お兄さん」とディルは修正する。


「おっ、ピザ屋だ。アップルパイも売っている。ピザとアップルパイ、どっちがいい?」


「しょっぱいもの」


ディルはピザを買った。

片手で食べながら歩を進める。

ロナははじめて食べる食べ物をマジマジと見つめた。

そして口の中に含む。


「…………」


ロナは路地からの視線を感じた。

ふと顔を向けると、こちらを虚ろな目で見ている。


「…………ピザのことかな?」


食べたいのかも。


「ねぇおなかすいたの?」


口をつけたピザを渡す。


「あぁ…落としちゃった」


「食べたいの…」と女は言う。這いながら。


「…………なにを?」とロナは問いかける。


「あ~いたいたいた!」とディルが駆けてくる。


「なに? その人? あ~血の匂いが好きでしょ? 絶命しかけている生き物の匂い」


とディルは布袋を投げた。ゆるい結び目が自然とほどけて、白い羽毛と赤いシミが覗いた。


「…人じゃなきゃダメなのよ」


「あ~そうなの?」とディルは穏やかにいう。「あれを見たときね、初見で衝動的にやったんだろうな、って思ったんだ。今さぁ、すごい食べたいでしょ。人の肉と血」


一瞬のスキを見逃さず、ディルはナイフで首の根をめがけて、切った。

倒れた女の身体に蹴りを入れる。


「あ~あ。磨いたばかりの靴が汚れちゃう。お気に入りのスニーカーなのに。いいね、吸血鬼の身体は柔らかくて。踏みにじりやすくて気持ちがいい」


「かわいそうにぃ」


「大丈夫。これくらいじゃ死なないから。死なないけど、すごい痛いらしいね」


吹っ飛ばされた吸血鬼は逃げだした。

がれきを振り払い、もつれた足でかけていく。





「派手に壊したな」と白髪の男ゼロウはため息をつく。「しかも吸血鬼を逃がしたとか」


「逃がしたなんて人聞きが悪い。俺は任務時間外だったしぃ」


「任務時間外に壊したんだな。他人様の家を。ーーー賞与からマイナス200万」


「えっ…俺、そんなに貰ったことないよ」


「足りない分は基本給で補え」


「えっ…俺はどうやって生きていけば」


「大丈夫。おまえが金欠なんかで死ぬもんか」


「ええ~人は幸せになるために生きているんでしょ」


「だが幸せに生きられない。理想と現実は別問題だ」


「はぁ~」とディルはため息をつく。糸目と緩んだ口からは、深刻さはうかがえない。


「あの吸血鬼は今日、明日…ーーーーあと10時間後、遅くても20時間以内には人を襲う。あの手の吸血鬼は闇市自体 知らないだろうね。お上品に生きてきて、偶然、目覚めちゃったんでしょ」


「ーーーどういうことだ?」


「吸血鬼にも2つの派閥がある。派閥ってよりは生き方かな? 闇を生きるか。闇と光を行き来するか。光を生きるか」


「3種類じぇねぇか」とゼロウの突っ込みが入る。


「吸血鬼は人なんか食べなくても生きていけるんだよねぇ。ほら人を食べるとさ、リスク高いじゃん。だから一部の吸血鬼は人を食べない。食べない文化を持っている。あ~あと、だいたいそういうやつってお高く決まってて、そういうのを子供にも押し付けたりする」とにやりと頬を緩ませ、ニヒルに片側の口角をあげ、糸目から緋色の双眸を覗かせた。


「吸血鬼は人を食べなくても生きていけるのか…」と怪訝にゼロウは唇を動かさずに呟く。

ディルのニヒルな表情を肯定と捉える。


「なんで人を食うんだ」


「おいしいものが食べたいんでしょ? 食べ物はおいしいほうがいいね」


ダンっ! とディルの背面が音を立てた。

ディルのストレートの髪が一閃の風で煽られる。


(あっ…やべ。この人、怒らせなちゃいけなかったんだ)


ディルは軽々しいセリフを吐いたあとで、遅い後悔をした。

ちなみにこの後悔は何十回も繰り返しているので、改善の見込みはない。


(暴力的な人は困るなぁ…)

彼の背後で壁面が崩れる音がした。


「あ~僕が悪かった。ほら、はやく探さないとなぁ…。被喰者の人間関係を荒いだしたんだ。候補者を絞ったんだ」


(僕らの仕事は地道…)


「一軒ずつ回って確かめましょう」とディルは疲れ果てたように言った。



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