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ヴァンパイア・メタリック  作者: すこーぴおん
13/24

13話 吸血鬼のその後


「アイシャ..............................」


消え入りそうな意識の中で、ディルはうわごとを呟く。


「残念だったな」dgfd


返ってきた声はアイシャの妖艶な声とは程遠い、野太いものだった。


「アイシャに会いたい」


「…………」


その男は無表情のまま告げる。


「俺はアイシャじゃない。そいつはそもそも、おまえの復讐相手だ」


「殺してやりたくて会いたいんだよ」


「ほんとうにそうなのか?」とさしては興味がなさそうな問いだった。


ゼロウ・レクタールはため息をついた。

この男ディル・フロートテールの頭脳の明晰さとそこそこの戦闘能力には、そこらへんの人間よりは能力値が高いと尊敬するが、それ以上に残念だと思うところがある。


「おまえは本当に残念な奴だな。ディル・フロートテール」


焔が支配する部屋でゼロウは呟きを落とした。



「なんで僕、働かされるんですか? 怪我人ですよ」


休ませてくれ、とディルは悪態をついた。

焔の中からゼロウに救出され、そのまま吸血鬼を追うことになったのだ。


「いやぁ…見つかんないですねぇ」


「そんなわけがないだろ」


わざとらしくへらへらとした態度で弱音を吐けば、屹然とした態度で返される。


「おまえは本当に無能なのか?」


「それは能力を認めているんですか?」


「能力は人並みよりは高い。性格がメンドクサイくて残念なのは本当だ」


「僕はお茶目なんですよ」


「ゴマすりは得意だよな」


嫌みではないストレートな口ぶりだ。

「…………まぁともかく吸血鬼の家を捜索してみましょう」とディルは言った。


「ここらへんの地域は街頭カメラがないところも多いですね。あえてそういう地区を選んだのかな?」とディルは町を見上げた。


街は煌びやかなネオンの光で包まれていた。

まるで町自体が発光しているようだと、なんとなく思った。



クルシェ・リツコ。ひとり暮らし。職歴が途中までしかたどれない。

僕の感覚からすると、怪しい類に入るな、とディルは目を細めた。


「あの女、自分の家に帰るような奴じゃないですね」


「どこに帰るんだ?」


「そりゃ会社暮らしでしょ」


「そうか。俺もそうだったからな」


「あ~軍人の頃ねぇ。拘束時間、長くて僕だったら耐えられないなぁ」


「協調性もなく我慢もできず飽き性には耐えられないだろうな」


「…………ーーー男遊びに決まってるじゃないですか。男の家にいって、することしてたんでしょ」


「吸血鬼だから人を喰ってたんだろうな」とゼロウは言うが、その声は鋭く尖った怒りと憎悪が覗いていた。


「…………」


ディルは内心、思う。

(あ~この人、天然だ。知ってはいたけど、その年齢としで天然もきついよぉ~)


だがディルはこういう見えてタフだ。

曲者たちとの付き合いの場数はこなしているため、そんなことでいちいち神経をすり減らすことはしない。


リツコの家は生活感がなかった。

最低限のもの。最低限の服。うっすらと埃が積まれた家具。半開きのカーテン。元栓を閉めたガス。

ゴミ袋すらない。

下着は数枚…。

トランクは3つ。


「どこ行ってんでしょうかねー。闇市じゃなきゃいいんですけどねー」


その先に言葉をディルは言わなかった。ふと軽い口が次を言いそうになるのを、寸前で止めた。

闇市には闇市のルールがある。

ルールを破ると厄介なことが起こる。あそこはあそこで、こことは違った曲者たちが多い。ここらへんの上層部はまだ穏便なのだ。腰は重いし、しがらみは多いが、血なまぐさいことは嫌いという、よくも悪くも、あそこよりは潔癖だ。歪んだ言い方をすれば平和的。


(吸血鬼を滅ぼすことを目標に掲げているレクタールさんからすれば、最悪な平和なんだろうけど)


ディルは糸目を開けた。紅の美しい瞳が覗いた。

闘わない。吸血鬼という害悪を放置した平和。ただ自分が喰われないことを祈り信じ、現実を見ない上で成り立っている平和だ。


(あ~問題はこの人なんだよな。闇市の人たちよりぶっ飛んでる、この人のほうが厄介なんけどね)


この男ゼロウ・レクタールは闇市だろうが関係なく吸血鬼を殺すだろう。

ラスト・ミッションに恐れるものはないのだ。彼は実際にものすごい桁の懸賞金がかけられている。

それで生き残っているということはそういうことなのだろう。


そういえば、とディルは思う。

(ステファンはなにしてるんだ?)


ステファンは吸血鬼だ。

当然のことながらステファンとゼロウは仲が悪い。

それはもはや殺し合いレベルの中の悪さだった。


ディルは迷ったが、興味のほうが勝ったので訊いてみることにした。


「ステファンには出会わなかったんですか?」


ギロリ、とその灰色の双眸で睨まれた。


「逃げたよ、あいつは」


「あ~そうですか…」


(ということは殺し合いになったのか。そしてステファンは逃げた、と)


ステファンさんも丸くなってたなぁ、とディルは思った。

ステファンも強い。そしてわりに合わない勝負もする。彼は冷静に見えて感情で生きている人間だ。ムカついたら平気で殴るし、自分のダメージを厭わない勝負をする。

昔の彼だったら逃げを選ばない人だったはずだ。

だからこそディルは関心してしまったのだ。

そしてゼロウ・レクタールにも及ぶ。


(この人も丸くなってくれないかなぁ~)

(年々尖ってく一方だよなぁ~)


ディルのへらへらとした表情の内で、そんなことを思った。


「おまえを助けなければ、あいつを逃すこともなかった」


「おっ。それは僕に対する嫌みですか?」


「俺が助けたかったんだよ。だから助けた」


「僕のこと嫌いな割には好きですよねー」


「必要だとは思う。おまえの代わりでマシな奴はいないからな」


「正直な人だよなぁー」とディルは後頭部を掻いた。


「気になるのは、この吸血鬼をストーカーしていた男」

クルシェ・リツコはモテる。ディルは一目見たときから、こいつは魔性だと直感した。

そしてそんなリツコの写真を何枚も持っていた男。

こいつはストーカーだ、とその好意の断片を一目見たとき、確信した。


「僕の邪推だと、吸血鬼の人喰いを見て見ぬふりした挙句、人殺しを助けた。ストーカーのほうがこの女が次に何をするのか、わかるんじゃないかと思います。追ってみましょう」


「そうだろうな」とゼロウはディルを見て、納得した表情をした。と同時にこの男を哀れだと思った。そんなことを思われていると当の本人は知らずに、きょとんとした顔をしている。

「ストーカーのほうがわかるかもしれん」

ゼロウは無機質に同意を示した。




「まるでお前の部屋みたいだな」


ゼロウは嫌みでもなく、そう思った。思ったことをそのまま言ってしまうのが、ゼロウだった。

ストーカーの部屋は、ストーカーらしく、その写真で埋め尽くされていた。


「気持ち悪いですねぇ~」


ゼロウの嫌みを聞こえないふりをして、ディルは思ったことを言った。

ディル自身の気持ち悪さにも気づかないふりをした。


「殺人衝動があるのかも。標本だ」



ディルは人の家だというのに、構わずに引き出しやクローゼットを漁っていく。


「ふ~ん…ねずみの標本ねぇ。趣味が小物だなぁ」


器用だな、とゼロウは感心したが、ディルとは違い無駄口が嫌いだった。


「この流れで行くと、人も標本にしそうですけどねぇ」


「なにが楽しいんだか」


ルンルンと語るディルを横目に、ゼロウはディルに対して呆れた表情を見せた。

何が楽しんだか、はディルに対して言ったセリフだったが、口数の少ないゼロウの真意を理解することはディルでさえ難しい。当然、他の人はもっと難しい。


「記念じゃないですか? 嬉しいでしょ? 金メダル貰ったりさ。ーーー僕にはわかんないけど」


「わかんないだろうな、無能な縁がないからな」


「あ?」


素で苛立ちを覚えてしまった。


「ん~この場所、見覚えあるな」とディルは写真を見て、ふと思う。

注意深く観察していると、だいたい検討がつく場所がいくつか見つかった。


(この町は意外と狭い)


ディルは紅の瞳を覗かせながら、そう思った。


「見当がついたか?」


ディルはきょとん、とした顔から、いつものにんまりとした皮肉交じりの笑みを浮かべて

「ええ。もちろん」と明るくニヒルに言ったのだった。


(この町は意外と狭い。逃げ場などないほどに)



そんなことを思いながら、ディルは外に出た。

照りつける朝日を手で遮りながら、糸目を見開いたのだった。



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