11話 ディルVS吸血鬼
僕はほんとうに戦い専門じゃないんだけど、ね。
『おまえの仕事は吸血鬼を狩ることじゃない』
『ましてや最強に協力することじゃない』
わかってますよ、そんなこと。
俺は俺のやるべきことをちゃんとやっている。
だからあんたに指図される筋合いなんてない。
ほんとうに戦闘向けじゃないんだけど、ね。
僕はふつうの人間だし、治癒能力の差には敵わない。
殴り合いって損傷が相殺されるわけじゃないから、戦うたびに僕は傷ついていく。
ほんとうに僕はさ、機械いじりや地道な調査や心理戦が得意なだけな内向的な人間なんだ。
僕には僕の目的がある。
そのためにここにいる。
だからどれだけ傷つこうとも立っていられるなら構わない。
死の淵で戦っているわけだけど、ね。
★
(散弾銃を持ってくればよかったなぁ~)
散弾銃で撃ちまくれば、吸血鬼だって死ぬと思うんだけどなぁ、とぼりぼりと頭を掻いた。
スコープで狙いを定めて撃つ。狙いは頭の中の脳みそ
(といきたいけど)
(僕の仕事は殺人じゃない)
狙いを胴体に変える。
脳みそさえ生きていれば、吸血鬼はたいてい、死なない。
4発ほど撃つ。ディルの銃の腕はもちろん下手なのでまともに当たらない。
彼女の背後の窓ガラスが音を立てて割れる。
彼女がこちらへと接近する。
(獰猛な獣が…)
ディルの言葉通りに、その女は獣の形相をしていた。
目は血走り、感情のままに絶叫している姿はまさに獣だった。
あー恐い、とディルはわざとらしく言いながら、ニヒルに微笑みを浮かべ、愛刀のククリナイフを2刀、カウンター狙いで構える。
ディルの蛍光のように光る赤目を見開く。
(1、2、3…)
ディルの愛刀『ギルティ』が吸血鬼の大動脈を切り裂いた。
「耳栓もってき忘れた」
吸血鬼の悲鳴は耳が痛い。
突如、ディルの背後から飛んできた蹴りを、ディルはその身体能力と反射神経で紙一重でよける。
(うわぁ…!! 体柔らか)
吸血鬼の身体の関節の柔らかさにディルは驚く。なぜなら吸血鬼が蹴り上げた足先はディルの顎先ギリギリまでに届いたからだ。なんたる関節の柔らかさ。
この女、格闘に関しては素人だが、身体能力は高いんじゃないか? と疑惑を思ったとき。
ディルは横腹に衝撃を受け、意識が衝撃で持っていかれそうになった。
「っ!?」
(おっぱいが邪魔で見えなかった…)
死角。
吸血鬼リツコの肘の突きを食らったが、ディルはよろけただけですぐに体制を持ち直した。
「ぐぁっ!」
吸血鬼の顔が真ん前に迫る。口を大きく開け、口の中が見える。噛みつかれる、と警戒したディルは横に飛び、致命傷を回避する。
周囲が燃えている。引火したのだ。
ディルの額からも大量の汗を流れ、ときどき思い出したかのように瞳にかかる。
「…………はぁ」と大きく息をひとつつく。
(はやく片付けないと俺が先にへばっちまう…)
(誰だよ、こんなところに油まいた馬鹿…)
「あ~おなかすいた」と吸血鬼は一言いうと、肉を喰い始めた。
周囲が恐怖の悲鳴をあげる。この女は同僚、その他の仲間を喰いだしたのだ。
「食い意地も来たねぇし、下品な女だな、リツコ」
エリックはガシガシと頭を掻きむしって、不機嫌そうに口を非対称に歪ませると、リツコの背後に回り、頭をわし掴みにし、体重をかける。首をへし折ろうという算段だ。
「あら…食事の邪魔とはいただけないわね」
「立ち食いとは下品だな」
「吸血鬼ってそういうものよ」
リツコは血で汚れた口元を手で拭った。
「わたしを殺そうなんて…騎士に反するわね」
「俺はモンスターを守る趣味はないんでね。おまえだってお姫様要素ゼロの化物じぇねぇか」
「ひどいいいようね。ーーーーキスまでした仲なのに」
「おまえは小学生か。キスなんて序の口だろうが。大人の関係はキスじゃねぇだろ」
二人の言い合いは続く。二人とも皮肉な笑みを浮かべているのが気になるところだ。
(あ…この人、ビッチなんだ)
ディルは戦闘中に余計なことを考え始めた。
吸血鬼リツコの服は燃えている。露出した肌は、普段目にすることができない部分も含む。
こんなにも肌を晒しておいて平然としているということは、そういうことだ、とディルの口が僅かに歪む。
そんな思考を振り落としてディルは戦闘態勢に入る。
助っ人が入ったのは幸運だった。
相手の動きが阻害されているうちに手を打つ!
ディルは夏用の薄手のコートのファスナーを下に下げた。
コートの中には消耗用のナイフを装備している。
床を蹴る、と同時に、捨てるようのナイフ5本空中に浮かべ、
(首、心臓、腎臓、肝臓、子宮)
に刺す。
最後に愛刀のナイフ「断罪」で吸血鬼の右の腕、左の腕、右足の付け根、左足の付け根の健を切り裂いた。
ふっ、と一息吐き、反撃が来ることを警戒して、後方へと飛び、距離をとる。
「…」
俯け額から汗の雫が垂れる。ふと顔をあげたとき、吸血鬼の姿が目に入る。
「…………」
確かにモテるだけはあるな、と思う。
綺麗な顔だ、とディルはお世辞でもなく、素直にそう思った。
と同時に思うのは…ーーーー
「..............................」
ディルは再度、前方へと飛躍した。
吸血鬼の額の真ん中に愛刀のナイフ「ギルティ」を刺し入れた。そしてそのまま下へと引き裂き下ろす。
(眉間、鼻、口、顎)
彼女の顔に縦の切り裂け線が入るとともに、彼女の絶叫が加速していく。
耳をつんざくばかりの悲鳴に、ディルは耳栓もってきておけばよかった、と再度、後悔する。
吸血鬼が後方へと飛ぶ。空を掻いた足がディルの腹を直撃した。
「~~~~~~っ!! チビで糸目のクソガキがっぁぁぁああああ!!!!!」
おー恐い恐い、とおどけた調子でいうディルの声が震えた。
自分自身の腕を食いちぎり、足りなくなった血肉を求める様はドン引けるほどだ。
美しかった整った顔立ちが壊れ、顔の中央がぱっくりと割れ、中から血肉と骨が垣間見える様は恐怖だった。美しく可愛らしかったから尚更、恐怖は際立つ。
「っはぁっ!?」
ディルは自身の受けた衝撃が処理できず、素っ頓狂な声をあげた。
「ぁ…」
感覚が痺れる。衝撃で痛みが半歩、遅れでやってきた。
次は体が半回転する。重力の感覚が変わり、頭に重りがかかる感覚がした。
と思ったら顔面に衝撃を受けた。
(あ、これはヤバい)
命の危機という意味でヤバい。
本能的に危機の崖っぷちを察知したディルは瞬間、目を見開き、異能を発動させる。
はぁはぁはぁ…と肩で息を吐くディル。
額からは汗が零れ、雫となって下へと落ちる。
(あの吸血鬼ーーーーモンスターすぎる)
なぜ自分がアイシャ以外の女に負けなければならないのか…とディルは不服を垂れる。
数M先には倒れた吸血鬼がいる。
すぐにでもトドメを刺さないといけない…と思ったが、体が思うように動かない。
(それより早く逃げないと…)
誰かがまいた油のせいで火は広がっている。
自分の身も危ない。
俺は吸血鬼じゃないんだ。体が壊れても再生できない。
(吸血鬼も火には弱いけどね)
あ、とディルは消耗しきった頭で思いだす。
あの吸血鬼はストーカーに燃えやされなかったか?
火で燃えされても再生できるって吸血鬼の中でも、すごい再生能力なんじゃ…
そんな化物に自分なんかが敵うわけがないのだ。
ゼロウ・レクタールにしろ、妹。僕は敵わない相手なんて人間相手でもいるじゃないか。
もちろん、ディルの実力だとステファンにも勝てない。
(早く逃げないと)
僕の身体が燃えてしまう。
(あ…でも力が出ない…)
足に力を入れようとすると、疲労感が倍増した。
身体が重い。
「まぁいっか..............................」
生きる理由なんてない。
死ぬ理由なんてない。でも同じくらい生きる理由もない。
思考が無意味にループしてる。
朦朧と奪われ続ける意識の中。ディルは生きる気力も気持ちも乾いていった。
乾ききった瞳が茫然と虚空を見上げている。
その視界の中になにかが映る。
ディルは息を呑んだ。
驚きのあまりに無自覚に糸目が見開かれる。
そして
「アイシャ…」
火に照らされて赤く染まった白い髪。美しい横顔。