10話 あなたは吸血鬼殺しだ
エリックは頭を掻きむしった。
「確信したよ…おまえは異常だ、吸血鬼」
「ほんとうに吸血鬼なんかじゃないもの…」
リツコと呼ばれた女はとぼける。
その表情からは怯えが覗いていた。エリックはわけがわからずに頭を掻きむしった。
「俺は複雑な問題が嫌いでね、こういうのは部下に押し付けてきた。ーーーけどな今までの経験上、ノウキンと馬鹿にされてきた俺でもわかることがある」とステファンが厳かに言いながら立ち上がり歩を進める。
ゆっくりと自然体で歩を進めたものだから、反応するのに時間がかかった。もしかしたら彼が熟練のそういう世界の者だったからかもしれない。
露わになった武器に反応が遅れた。
「殺してみればいい」ステファンは言い切ると同時に女吸血鬼リツコを殺しにかかった。
打撃音と銃発音。
武器は護身用の警棒。
瞬間、警棒が宙を舞った。
吹っ飛ばされるリツコの身体と身体に空いた穴から血が垂れるステファンの姿があった。
「おまえ…腹黒すぎるだろ…」
「吸血鬼でしたら、それくらいじゃ死なないでしょ?」
ステファンが背後を睨みつけると、そこにいたのはフレインダーだった。
手には拳銃。続けて2度撃った。3発目を撃とうとし空なのに気づく。
それに、とフレインダーは淡々とした口調で続ける。
「人殺しに善性を求めてるほうが変でしょ?」
「そういや、おまえも人殺しだったな」
「ええ。僕が殺したのは2人ほどです。リツコの殺人現場を見たから。それと数多のセクハラ」
「人を食酢以外の目的で殺すとは、人間性の欠片もないな」
「そりゃ、こんな女を好きになるような奴だからな」とエリックは手元の写真を1枚呆れた様子で見て、ステファンの発言に頷いた。
「君だってリツコのことは好きだった」
「あ~?」とエリックはフレインダーを顔を歪ませ睨みつけた。
吹っ飛ばされたリツコが立ち上がる気配がした。
ステファンはそちらに歩を進めるが、数歩で立ち止まる。
ステファンは目を瞑った。
「俺の専門は吸血鬼だった。ーーーが」
ステファンは”同族狩り”と呼ばれた男だ。
自身が吸血鬼でありながら、吸血鬼を狩る男。
「吸血鬼を殺すと金が入るからな。でもな、食べる目的でもなく、鐘目的でもなく、殺人を犯す人間がいるらしい。彼ら曰く、楽しいから」
「リツコ、逃げよう」とフレインダーに駆け寄る。
「会社勤めをして9年。禁煙もしたし、こんな闇を生きてた俺が社会に溶け込めている。それももう終わりだけどな」
ステファンの話は長い。
その間にフレインダーはリツコの手をとる。
「おかげで社会性が身についた。人の気持ちがわからないと馬鹿にされる俺が、子供が学校で協調性や思いやる心を学んでいくように、俺も他人の気持ちがわかるようになった」
だからな、とステファンは独白する。
「愛してるんだったら、二人一緒の棺に入れてやるよ」
ステファンの眼球に鋭利な光が宿った。
「バカね、愛してないわよ」
妖艶な声だった。
身体的なダメージを受けたことを忘れたような、透き通った言い方だった。
フレインダーの差し出された手を手慣れた色恋女のように強く弾き返すと、夜の女の仕草で立ち上がった。
「だいたいストーカー行為とか重いし、気持ち悪いのよ」
そう放つ女は別人だった。か弱さなど一切ない凛とした女王の風格があった。
周囲の人間は、女が出す冷酷な物言いに戸惑った。
ただステファンは無関心に、ディルは「こえー」と面白がる小馬鹿にしたにやにや顔だった。
「僕、殺人事件の解決に来たはずなのに、こんな色恋と失恋が見れるとはね。ーーーー人のいる世界には恋は外せないね」
「馬鹿か、おまえ」ステファンはディルを睨みつけた。「他人の色恋なんか興味ない。共感もできない他人の気持ちなんか気持ち悪いだけだ。ほとんどのやつがドンびいてるぞ」
「他人に共感すること自体ないだろーが」とディルは心の中だけで反抗する。
「どうして攻撃しないんですか? 今がチャンスなのに?」
「この気持ち悪い会話に入る勇気はないな」
そう切り捨てた5秒後。
「飽きた。もう十分、バカップルの会話を待ってやった」
言い切ると同時に、警告もなしに剣で空を縦に切り落とした。
「なんかさ、思ってたのと違うな」
ふとした自然な仕草でフレインダーはオイルをかけた。
そして間をあけることなく、ライタに火をつけた。
「法に則った施設であるならばスプリンクラーが出る」
「ぁぁああああぁあああああぁぁぁぁぁぁあああああいややややややややややぁああああぁああ」
リツコの悲鳴の雄たけびがあがる。
と同時にステファンの放った剣空がリツコを直撃した。
(世の中ってブラックなやつほど、法を語るよな、とディルは平常心だった。もちろんステファンも。
この二人はーーというかこの二人自身もそうなのだが、人の態度が急に変わったり、過激で極端な人を目にするので、とくに驚くことも困惑することもなかった。
ディルに関してはメンドクサイ人たちだ、と内心、ため息をつくくらいはしたが。
さてと、とディルは伸びをひとつして、愛刀のナイフ「ギルティ」「断罪」を構える。
「あんなのに触れたら引火しちまうな」とささやかれたステファンの言葉に同意する。
ふぅ、と煙草を吸い出したステファンにディルは横目でにらみながら苦言を漏らす。
「…………煙草、辞めたんじゃなかったんですか?」
「再開した」
「そうですか」とディルは不機嫌に答える。ディルはこんなに道を踏み外していても、お坊ちゃまの家系だ。煙草など嫌いなのだ。
「吸血鬼が人を襲ってますよ、どうしますか? どっちと戦います?」
「俺はな吸血鬼専門の殺し屋なんだ」
ステファンは同族殺しと呼ばれている。なぜなら吸血鬼の身でありながら、吸血鬼を狩っていたからだ。
「吸血鬼は売ると金になっていいんだ」
「あ~じゃあステファンさんは吸血鬼のほうを…」
だがな、と切り出したステファンの声にディルの笑顔が引きつる。
(あ~この人たち、やっぱりそうだ。急に機嫌が変わるんだよなぁ)
「あの男がいなければ、俺は今の会社を続けられたんだ。あの男が吸血鬼の素行を止めていればこんなことにならなかった」
それは論理が飛躍しすぎじゃ、とディルは思った。
「それはどうでしょうか? 4度目もダメだったんでしょ? それってもう会社員の適正マイナスなんですよ」
ディルは口元にニヒルな笑みを浮かべて、ステファンの敵意でギラギラとした双眸を受け止めた。
ディルの赤い目がうす暗い室内で輝いていた。
「戻ったらどうですか、同族殺しに」