書庫
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「この案件について考えておくから、新人は書庫に行って吸血鬼の基礎知識を身につけておいてくれ。後、支給血液についても調べておいておくように」神谷さんからそう言われ、私は階段を下に降っているところだ。どうやら書庫は地下にあるらしい。階段を下り終わり地下をウロウロしていると、書庫と書いてある看板を見つけた。神谷さんから書いてもらった地図と照らし合わせてもここであっているようだ。だが、明らかに周りとは雰囲気が違う。異彩を放っている。そもそも扉が和風建築にあるような木造の引き戸だ。ちなみに周りの他の扉は金属製の開戸だ。私が引き戸前で呆然としていると、中から声が聞こえてきた。
「君、聞こえているかい?早く中に入ったらどうだい?鍵はかけていないよ。それに、神谷君の話じゃ急ぎなのではないのかな?」
私は言われるがままガラガラと引き戸を開けた。確かに鍵はかかっていなかった。中に入ってまず目に入ったのは、棚と本だった。そりゃ書庫に来たんだから本があって当然なのだが、その見た目は書庫というより・・・
「凄い大きい古本屋みたいでしょ」
私は声の方を振り向く。そこには本を読んでる長い黒髪をした眼鏡の若い女性が、カウンターの向こうに座っていた。
「どうも、初めまして」
「はじめまして、桜井ちゃん。神谷君から大体は聞いているよ。今回は吸血鬼らしいね。出社初日から随分面倒そうなものに当たるじゃあないか。そしてそれのリサーチを一任する上司も上司だね」
「いえいえ、そんな・・・普通にいい人ですよ。神谷さんは」
「そうかい?桜井ちゃんがそれでいいならいいんだけど・・・とりあえず座りなさいな。どんな本がいいか詳しく聞かせてくれるかい」
私はカウンターの椅子に腰掛ける。
「そういえば、お名前は?」
「私のかい?」
「あなた以外にいないのですが」
「私に名前なんてたいそうなものはないよ。ただ、強いていうなら書籍姫とでも呼んでおくれ」
書籍姫・・・名前というより身分を表す感じがする。そして自分で姫と名乗るところに面白みを感じる。
「じゃあ姫さんで、いいですか?」
「いいよ」
姫さんはクスクス笑いながら答える。
「じゃあ桜井ちゃんは何を飲みたい?一応メニューはコレね」
そう言いラミネートされたA4の紙を渡された。メニューにはコーヒーと紅茶に緑茶、抹茶が何種類かずつ手書きで書いてあった。しかし値段は書かれていなかった。私は「一番安いのでお願いします」と言った。
「一番安いの?あぁここのシステムは聞いてこなかったんだね。」
「システム?」
「ここではね、お金に価値はない。価値があるのは情報だよ。本を閲覧するのも、飲み物を飲むのも情報をくれなきゃできないシステムなんだよここは」
人差し指と親指を合わせて、お金のジェスチャーをする姫さん。一方私はこの日本という近代化が進んだ国でお金が通じない場所があるとは・・・と困惑していた。
「情報ってことは私の口から何か有益なことを伝えなければ、本を閲覧できないってことですかね?」
「まぁ口伝でもいいけど、そんなの正確性がたかがしれているからね。もし飲み物が飲みたいなら、本を持ってきな。本は情報の塊だからね」
なるほど、ここでは本が通貨の変わりなのか。そうなると、今の私は手持ちのお金が限りなくゼロであろう。カバンに暇つぶし用の流行りの娯楽小説一冊である。素直に白状するか・・・
「すいません。今手持ちの本が、流行りの娯楽小説一冊しかなくて・・・」
私は申し訳なさそうに手持ちの小説を渡す。すると姫さんは、その小説を手にとりじっくりと見つめはじめた。
「この本、桜井ちゃんの?」
「そうです」
「最近はこういう本が流行っているの?」
お、何だ、気になっているのか?
「そうですね、最近映画化もされて、若い人の間で流行っている小説ですかね。内容は・・・」
「内容は大丈夫!」
姫さんが私の言葉を遮る。
「私ネタバレはされたくないんだよね」
姫さんはニッと笑いそう言うと、後ろを向き黙々とコーヒーを淹れ始めた。どうやら気に入ってくれたらしい。私的にはよくある甘い恋愛小説で退屈だったからいいのだが・・・
「桜井ちゃんは今日どんな資料が欲しいのかな?大体のことしか聞いてないから、詳細を聞きたくてね。まぁコーヒーでも飲みながら聞かせてよ」
姫さんはコーヒーとチョコレートを差し出してきた。コーヒーの苦い香りが湯気と共に立ち上ってきた。