長生
○
「新人、この件どう思う?」
私は突然の問いにあたふたする。どう思うもなにも、この国で吸血鬼に血を支給していた事を初めて知ったのだ何も言えることなどない。だがそんなふうに言うわけにもいかないので、何かしら適当に答えるか。
「あれですかね、最近流行ってるウイルスにかかると、後遺症で味覚が一時的に変になるとかありましたよね。それじゃないですかね」
「なるほどな、やっぱ新人の感は鋭いのかもな」
この口ぶりだと、神谷さんはもう既に答えが分かっているのだろうか?少し考え込む神谷さんの横で私は、さっきの会話内容のメモを見ていた。ほぼ人間の吸血鬼・・・血が不味い・・・国から支給される血液・・・この箇条書きのメモの中にヒントがある気もする。
「そうだな、まず聞き取り調査をして見るか」
神谷さんがめんどくさそうに言う。確かに聞き取り調査ということは、自分の足で色々なところに行かねばならない。確かに先が思いやられるのもわかる。
「新人、この事案の面倒なのはどこだと思う?」
2度目の突然の問いに私は長考する・・・
「はい、時間切れ」
神谷さんが手をパンと叩き制限時間が終了したらしい。そもそも制限時間あったのか。先に言ってくれ。
「この事案はな、原因の所在が明確じゃない点が面倒な点だ。あと国が絡んでいるのも嫌だな」
「国が絡んで嫌なのは、なんとなく手続きとか責任追及がやりずらそうで察しがつくのですが、もう片方の理由がわかりません。原因は支給の血液ではないのですか?」
「確かに血液が原因なのかもしれない。だが視野を広げてみろ新人。今回の依頼主側の体の変化っていう可能性もある、さらに言えば、血を提供している人間側の変化、環境の変化、支給される前の血液の管理体勢の問題もあるかもしれない。確かに支給血液が中心にはあるが、原因がそれだけでは漠然としすぎて、どこから手をつけていいかわからないっていうのが現状だ」
「な、なるほど」
確かに視野を広げれば広げるほど、この事案の解決は難しそうだ。どこから手をつけていいのか・・・
「新人今どこから手をつけたらわからないと思っただろ」
「私そんな顔していました?」
「していた」
「すいません」
「謝るな、わかりやすいことは悪いことだけではないぞ」
「そうですか?」
「まず、依頼主の情報を見てみるか。話はそのあとだな」
○
書類には楷書で 萩原 正怪異登録番号K1059と書いてある。その後ろに電話番号と住所が続いている。そして備考欄には、「少しやつれている。血液が不味いせいなのか?」と書いている。筆跡の違いから見て、神谷さんがさっき書いたのであろう。私が書類を見ていると、パソコンを触っていた神谷さんが話しかけてきた。
「萩原様の大まかな怪異としての登録情報が出てきたぞ」
私は顔を上げて神谷さんの方を見る。
「萩原様だが吸血鬼としてはまだ若い方だな」
「何歳なのですか?」
「105歳だな。吸血鬼でいうと、少し生きるのに飽きて来る頃だな」
「人間だと超おじいちゃんですね」
「まぁ吸血鬼は眷属になった瞬間から肉体の変化が緩やかになるから125だと、まだ若いな。そしてあの依頼人珍しいことに、純血種の眷属だな」
「純血種って日本にいるんですか?」
さっき神谷さんは純血種は日本にいないと言っていた気がするが・・・
「昔は居たらしい。ただ、長く生きすぎて、生きるのが嫌になって何年も前に太陽に身を晒し自殺したそうだ」
「生きるのが嫌になる・・・私には一生わからない感覚ですね」
少しの静寂の後、神谷さんが静かに話始める。
「そうかな・・・自分だけ悠久の時を生きて何も変化はしないけど、周りの人間は年老い死んでいき、街も様変わりしていく。自分だけ世界に取り残されたみたいに感じるんだろ・・・そりゃ死にたくもなる・・・」
「そうなんですかね・・・」
空気が何となく暗くなった気がする。窓からは煌々と太陽が降り注いでいるのに・・・