奪われていく幸せな時間。
食事を終えて満腹のメアリーは部屋でベッドに寝転がっていた。
今日は静かな満月の夜だ。
しかしいつもは暗闇を照らす温かみのある色の満月が、赤くて何処か不気味に見える。
ぶるっと寒気がしてメアリーはベッドの中に潜り込み、早く寝てしまおうとギュッと目を瞑った。
ガシャンッ
何かが割れる音にメアリーは目を覚ました。
目を擦りながら扉の方へと向かっていくと、ほんの少しだけ声を荒げる様子が分かる。
口論する男女の声だ。
扉越しで何を言っているのかは分からない。
しかし男は怒鳴り散らし、女は泣き叫んでいる様子だ。
危機迫る女の声にメアリーはなんだか怖くなって再びベッドに潜り込む。
この部屋の外では何が起こっているのか。
そんな事を考えていると次々と物が割れていく音と泣き叫ぶ声は酷さを増していく。
耳を塞いで疼くまるメアリーは「早くおさまって!」と願いながら、そのうち眠りについた。
朝目を覚ますと、メイド達は来ていなかった。
時計を確認すると7:45。
いつもならもう来ている時間なのに、なんて考えながらベッドから降りるとバンッとノックも無しに勢いよく扉が開く。
部屋に入って来たのは皇帝陛下だ。
顔や服には赤いシミが出来ており、冷たい眼差しでメアリーを見ている。
「お、おはようございます。 パパ」
なんだか少し怖い雰囲気に気圧されながら朝の挨拶を言うと皇帝陛下は「ついてこい」とだけ言って部屋から出ていった。
部屋のすぐ外にいたメイド達はおろおろした様子で皇帝陛下とメアリーを交互に見る。
メアリーは訳が分からず、しかしついていかないわけにもいかず、皇帝陛下を追いかけた。
連れて来られたのは皇后陛下の部屋。
そこは白を基調とした最高級品で飾られている部屋がある......はずだった。
皇后陛下の部屋は赤黒く部屋に充満した鉄の匂いが鼻に刺さる。
メアリーは皇后陛下の部屋におそるおそる足を踏み入れると不安げに周りを見回した。
昨日までは美しい母に合った部屋が......ここにはあった。
しかし今は見るも無惨な姿である。
家具は切り裂かれ、床や壁には大小のまばらな赤黒いシミが出来ており、ベッドの奥には赤い水溜まりが出来ていた。
まるで殺害現場である。
年端もいかぬ少女がこんな悍ましい光景を見て平常でいられる訳もない。
メアリーは目に涙を浮かべてはあはあと荒い息遣いを繰り返していた。
心がザワザワする。
優しい母に会いたい、笑顔が見たい、何故かふいにそう思った。
「パ、パパ......ママは......? ママは何処......?」
皇帝陛下からギロリと冷たい視線が注がれ、メアリーの息遣いは更に荒くなる。
皇帝陛下は何も言わずに部屋の奥へと向かうと、屈んで何かを掴んでメアリーの目の前に差し出した。
「ひっ!?」
思わず出た言葉は悲鳴。
そしてすぐに息を呑んだ。
差し出されたものは大好きな母の顔。
しかし首から下は無い。
そこには美しい母の顔は無かった。
殴られたのであろう痣と、涙と血でぐちゃぐちゃになった哀れな女の死に顔だ。
齢5歳にして残酷な母の死に顔をドアップで見せられたのだ。
メアリーはその場で尻餅をつき、ガタガタと震えているといつしか意識を手放した。