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前編

前・後編の二話構成です。短い作品ですが楽しんでいただければ嬉しいです。



         1



「――お前、もしや〝災厄の子〟かッ!?」


 少年は、カウンターの向こうにいる飯屋の男にそう叫ばれると、口に運んでいたスプーンの手を止めた。


 男の怯えたような怒声に、店内の喧騒は水を打ったように静まり返った。誰もが一人で座る少年に目を向け、先ほどの男が口にした〝災厄の子〟という言葉をしきりに口にしている。


「お代は要らねえから、い……今すぐこの街を出て行ってくれ! 俺ぁまだ死ぬのはゴメンなんだ!」


 少年を指す男の指は、がくがくと震えていた。


 ――もう少しいさせてくれてもいいじゃないか。少年はやるせない気持ちで小さくため息をついた。


「……悪かった。すぐ出ていくから、このうまい飯だけは食わせてくれ」





「〝災厄の子〟が出たぞ! 今すぐ家に入れ!」


 少年が飯屋を出ると、石畳の大広場は騒然としていた。窓や扉に板を打ち付けているのだろう。来たる何かに備え、そこかしこから金槌を打つ音が聞こえた。女性が子供の手を取り走る姿もあった。少年が飯屋に入る前には賑わっていた多くの露店も、大慌てで店じまいを始めている。


 少年はこのような光景を、幾度となく目にしている。その根本の原因は、〝災厄の子〟として恐れられるこの少年にあるのだから。


 少年は大広場から空に目を向けた。


「ここに来るのは、夕方くらいか」


 東の遠くの方にうっすらと暗雲が立ち込めているのを確認できた。少年は苦虫を噛み潰したような表情をその暗雲に投げつけると、この町を走り去った。


 全ては一年前。少年が世界を知るために旅に出たことが始まりだった。



         2



 一年前。


 少年は十六歳になり、世界をこの目で見てみたいと思うようになった。僕はもう大人だ。自分のことは自分で決めると両親の反対を押し切り、旅に出ることを決める。


 行く先々の町や村で様々な人種の人たちと交流し、金に困れば日雇い労働を探し、宿が開いていなければその辺で野宿をする。決して裕福とは言えなかったが、少年にはそれが新鮮そのもので、心に抱いていた暗いモヤのようなものが払われるような気持になり、毎日が充実していた。


 そんな暮らしを三カ月ほど送ったある日、少年はとある町で露天商に声を掛けられる。


「その風貌、旅人かい?」


 黒い外套を頭から深く被り座る露天商は、見下ろす少年の角度からではその全貌を見ることはできず、高く大きな鼻が顔を出していることくらいしかわからなかった。少年は訝しく思いながらも立ち止まり、露天商の言葉に耳を傾けた。


「まだ子供だろうに一人旅とは素晴らしい志を持っていると見える。だがそれでは寂しかろう? 家に帰りたいとは思わないのかね?」


「そんなことは……」


 旅を始めて三カ月。ここ最近、両親や妹の顔が脳裏にちらつくことはあった。


「どんなに屈強な者でも、どうしても心が沈む瞬間はある。そんな時はこれでも吹くと良い」


 露天商は言いながら、懐から黒い角笛と紙きれを出して、そう言った。


「これは……?」


「ただの笛さ。気晴らしにでもなればと思ってね。それとこれは地図。旅人には必須だろう?」


「いや、でもそんなものを買う金は」


「私は齢幾ばくの少年から金をせしめるような鬼じゃあない。これくらいでどうだい?」


 露天商は右手の指を二本立てて言った。少年の普段の食事代の半分以下の金額だった。


「それくらいだったら、まあ」


「決まりだ。この笛が、少年の旅の灯となるよう」


 少年はその時だけ、露天商の不敵に微笑む口元が見えた。



         3



 ほぼ押し売り同然で買わされてしまった角笛と地図を眺めながら、多少の後悔をした少年だったが、数日もすればそんなことも忘れてしまい、いつしかその二つは大きなリュックサックの底に追いやられてしまっていた。


 ――それから更に数日が経ち、次の町に向かう道すがら。具合の良い切り株を見つけた少年は、これを椅子にして昼飯にでもしようと思い立った。


 両脇に広がる草原がそよ風で波打つ、見通しの良い一本道。抜けるような青空に、どこからか聞こえる小鳥のさえずり。このまま眠ってもおかしくないような気候だった。


「……」


 しかし、少年の周りには誰もいなかった。これは一人旅なのだから当たり前のことである。手にしたハムと野菜のサンドウィッチは、いまいち減らなかった。


「……そうだ、笛」


 ここで、少年はようやく数日前に露天商から買わされた角笛の存在を思い出した。リュックサックをがさごそとまさぐり、真っ黒な角笛とくしゃくしゃになってしまった地図を取り出す。


「気晴らしになれば、か」


 少年は確かに露天商の言う通りだな、と思った。何もすることがないよりは幾分はましなのかもしれないと。そうして角笛の吹き口をズボンの裾で拭くと、何の気なしにそれを咥えて息を吹き込んだのだった。


 ――――――――。


 地の奥底から這い出して来るような、鈍く重い音がした。陽気とは程遠い、それはむしろ強烈な怨念を孕んだ、地獄の音色に聞こえて。


「な、なんだ今のは」


 少年は五秒ほど角笛を吹くと、あまりに予想に反する音色に酷く困惑した。


 ざわざわと風に揺れる草原の音が、やけにうるさく感じられる。先ほどまでの心地良さは消え、徐々に冷えていくような感覚があった。


 ――まずい。


 酷く嫌な予感がして、少年は二かじりほどしかしていないサンドウィッチをリュックサックに詰め込むと、すぐに立ち上がって歩き出そうとした。


 だが、何もかもが遅かった。


 ――夜が来た。そう思ってしまった。少年の周囲を、突如として高密度の影が覆ったのだ。


 少年はその正体を確認すべく、恐る恐る上空を見上げる。そこには。


「空、が」


 抜けるような青空は、曇天と呼ぶことすら陳腐に思えてくるような漆黒の雲に覆われていた。もしかしたらあの雲はこのまま地上に落下して、自分を押し潰してしまうのではないか。それくらいの恐怖を覚えた。


 逃げなければ。脳みそはそう警鐘を鳴らすものの、体が言うことを聞かない。少年はその場から動くことができなかった。


 そうしている間に暗黒の雲の一部が、徐々に地上に落ちてきていることに気が付いた。少年の思考は、とっくに停止していた。


 その一筋の雲は少年の目の前に着陸すると、更に変形を重ね、何かを形作っていく。


「あ……ああ……!」


 唾液を飲み込むことすら、恐怖で叶わなかった。


 それは少年が十六年生きていて――いや、普通であればその後も未来永劫見ることのないはずの――。


「うわああああああああああああああああ!!」


 少年の十倍はあろうかという、骨だけで形成された骸骨の巨人だったのだ。



         4



 少年に戦う術は持ち合わせていなかった。彼はただ、あの狭く小さな村の中で一生を終えることがあまりに苦痛で旅に出ただけであって、だから世界一の剣士になるつもりもなければ、国王直属の魔術師になるつもりもなかった。


 だが今少年が対峙している存在は、そんな弱音を吐いたところで許されるようなものではない、異形そのものだった。


 皮膚や肉、当然内蔵もない、正真正銘の骸骨。巨大な髑髏(しゃれこうべ)には兜が。両肩には肩当てが装着されており、いずれも鉄製のようだった。右手には巨人の身の丈ほどありそうな大剣。左手には盾を持っていた。少年の位置から確認できるだけでも背中にも斧や槍など、潤沢な装備が見える。その姿はさながら巨人の骸骨騎士、といったところか。


「あ……う、あ……」


 少年はその場に情けなく尻もちをついた。足腰に力が入らなくなったのだ。


 逃げなければ。今すぐこの場から離れなければいけない。だがしかし、動いた瞬間にあの大剣で斬りつけられはしないのか。速度は? 飛び道具の類は? 第一、自分のような一般庶民の脚力で逃げ切れるものなのか? 少年の脳内はパニックに陥っていた。


 そして骸骨騎士は、そんな少年の思考が決定するまで待ってはくれなかった。おもむろに右手を振り上げ、巨大な刃を少年に向けたのだ。


「――――」


 辺り一帯を小さな地響きが襲った。骸骨騎士が振り下ろした大剣が、地面に直撃したのである。


 声も上げられなかった。腰砕けになってしまった少年の右太もものすぐ隣に、地面に大きくめり込んだ骸骨騎士の大剣があった。少年自身が避けたのか、骸骨騎士が外したのかも彼にはよくわからなかった。


 だが幸か不幸か、この衝撃により凝り固まっていた少年の体は、半ば強制的に動くようになった。


 今しかない。少年は脇目も振らずに走り出した。


 寂しくも楽しかった毎日が、前触れもなく終わりを告げた。少年はこの日から、常に恐怖に追われながら生活をしなければいけなくなった。




 そう、彼が〝災厄の子〟と呼ばれる理由。それは、少年の訪れる地には決まって災いが降りかかるから。たとえ少年の仕業でなくとも、例外はないのだから仕方がない。


ここまで読んでいただきありがとうございました。ぜひ後編もよろしくお願いします。

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