水淼の神々
日本の北海道付近 10月21日 午前11時30分。
「それで結果は惨敗でしたか……」
「ええ。鬼姫さん。だから……また稽古をお願いします」
俺は朱色の間で畳に両手を着いて頭を下げた。
鬼姫さんは、相変わらず可愛い。
外には、生い茂る葉。川のせせらぎ。風の音に応える木々の揺らぎがあって、俺は帰って来たんだな。と思った。
「将を射んとする者はまず馬を射よ。です。武様」
「え?」
俺は一瞬だけど鬼姫さんが、何を言っているのかわからなかった。
鬼姫さんは、そんな俺にニッコリと笑った。
廊下では蓮姫さんと地姫さんがこちらを、いや、俺の怪我を見つめていた。
「幻の技があります。幻の剣というのですが。その中で龍尾返しという技があります。それを今日から教えますね。武様。今日から泊まっていってくださいね」
チュンチュンと雀が鳴く空の下。
俺は僅かに鬼姫さんが二タリと笑んだのを見逃さなかった……。
深夜。
朱色の間で俺はふと目を覚ました。布団にくるまって感覚を研ぎ澄ますと、息を殺して鬼姫さんが音もなく歩いているのを察知した。研ぎ澄まされた感覚で、鳥も人も陽も寝静まった夜。青々と茂る森林からもフクロウの鳴き声が微かに聞こえる。
鬼姫さんは、俺のいる部屋へスッと入ると、素早く布団に潜りこんだ。
持参の枕と共に……。
でも、これからの俺のきっと厳しい稽古の前には、丁度いい癒される感じの……懐かしい鬼姫さんからの香りと温もりだった。
次の日だ。
大広間で、俺は隅っこで朝食を食べていた。俺の知る限り。四海竜王たちと戦った武士さんたちや巫女さんたちは、この時期にはみんなそれぞれの国に帰るんだって。
今の大広間には、数人の巫女さん。鬼姫さん、蓮姫さん、地姫さん、光姫さんしかいない。光姫さんは更なる日本の危機だと言って、高取家からここ存在しないはずの神社まで遥々歩いて来てくれた。
俺は黙々と食べていると、水の惑星からヤマトタケルとなり渦潮を使ったことを考えた。なんだ帰って来れるんだ。地球に……。簡単だったな。水の惑星は今も当然、四海竜王たちが戦っている。麻生には会いたいけど、今はまだ無理かな……悪いな……麻生……。
地球はやはり繭のような厚い雲によって覆われ、雨こそ降らないのけど、いずれ水海と化すと光姫さんが言っていた。
ここまでしたんだ。俺は水の惑星を救う決意をした。
当然、麻生のためだ。
水淼の大龍には、実は大きな意志というものはないって東龍が言っていたし。龍と同じく誰かが使役しているって? それも水淼の龍族という総称で呼ばれるほどのたくさんの龍がいる。
それがわかれば居ても立っても居られないんだ。
ここ存在しないはずの神社に来る前に、一目会いたかったなあ。幼馴染のあいつに……。
だけど、時間がないんだ。
そこで、俺は一枚の手紙を一人の巫女さんに渡した。
何を隠そうその手紙は麻生 弥生宛さ……。
俺は米の入った茶碗をかきこんでいると、大広間の松や竹の模した襖が開いたので首を向けた。
「武!!」
俺は開いた襖に口を開けたままだ。
びっくり仰天したんだ。
あいつが俺を見ているんだ。
麻生 弥生だ。
どうやら、巫女さんに渡した手紙がもう鳳翼学園へと向かい。手紙は、きっと高取か湯築か麻生に渡ったんだろう。あるいは卓登かもしれない。渦潮を使ったんだろうな……。準備が早すぎるけど……すでに、高取のやつは知っていたのかも知れない。
大広間で、麻生は俺にヒシッと抱き着いてきた。
もう離さないといった感じだった。麻生は必死だ。
昼食の膳が幾つかひっくり返ったけど、俺にとってもそれどころじゃなかったんだ。麻生は静かに泣いていた。俺の頬にも、熱いものが……? 麻生のかどうかわからないけれども、幾つも流れ落ちた。
やっと、会えた……んだ……。
無言のままいつまでもいたいんだ。
そう、いつまでも……このまま……。