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城下町の人々は大混乱だった。俺は鬼姫さんと人々の身体を掻き分けながらここ城下町の東へと、走りに走った。
途中で倒れた魚人がいたので、鬼姫さんが起こした。
「ありがとう……必ず倒してくれよ……俺たちを救ってくれ」
魚人の人は怯えながら震える声で言った。
「はい!」
「はい!」
俺と鬼姫さんは同時に発声していた。
城下町から大海まである広い砂浜に着くと、轟々と音のする激しい荒波から数多の龍が迫り来る。針のように細長い龍が三体。水淼の岩山龍が二体。水淼の大龍が一体いる。どうやら、リンエインの言った通りに、これが主力部隊なんだろう。
俺は早速、砂浜に両の足で踏ん張ってから、そのままくるりと背を向けると、龍尾返しを一振りしようとした。
「武様! お待ち下さい! ここは後々のため。幻の剣で斬って差し上げます!」
鬼姫さんが、俺の肩にその小さな手を置いてから、一呼吸し神鉄の刀を抜いた。
「ハーッ! 水波!!」
鬼姫さんが砂浜から踏み込んで、刀を上段から振り下ろすと、目の前の大海のど真ん中の濁った波が真っ二つに裂けた。無数の龍の血潮や水しぶきをまき散らしながら、一直線に水を裂いていく一陣の風が水を掻き分け水平線まで走っていった。
「よし!」
俺も見よう見まねで水波を放とうとしたが……。
「武! このままじゃいけない!」
後ろを見ると、呼吸を荒くした北龍が血相変えて走って来た。
「今、竜宮城は四方を囲まれているんだ! 東西南北だ! ここだけ守っても意味がないんだ!」
北龍はそう言うと、砂浜からここまで走って来たリンエインの方を向く。
ゼエゼエと荒い呼吸を整えてリンエインは叫ぶ。
「西には西龍! 北には東龍! 南には南龍が行ってくれているけど! 魚人の軍勢は数が少なくて四方には裂けられないの! 四海竜王だけで戦うのならはっきり言って無謀よ! 武は足が早そうだから四方へ回って龍を討つの! ここは鬼姫さんと北龍に任せましょう!」
俺は急いだ。
最初は東龍のいる北を目指した。
竜宮城の城下町は、至る所から槍を持った魚人たちの姿が目に止まった。様々な魚介類を乗せた盆を持ち。心配顔のミンリンが見える薄屋の前を通り、蛻の殻の薄暗いリンエインの家を通り過ぎた。
魚人の将の武家屋敷が見える大通りを幾つも通過すると、やっと砂浜にでた。
目前には、東龍が銀の龍の姿になって、水淼の山岩龍と応戦していた。だけど、俺には東龍にはこの戦いは荷が重いように思えた。
重量。大きさ。牙による破壊的なダメージ。
それら全てが山岩龍の方が遥かに上回っているのがわかっているからだ。
西の西龍と南の南龍が気になるけど、今はここでの戦いが戦況の勝機を左右するはずだと思った。
雨の村雲の剣を抜こうとしたら、俺は嬉しくて涙が出そうになった。
目前の山岩龍の身体に突然、綺麗に大穴が空いたからだ。
多分、幻の剣。
一点当突だ。
舞うように山岩龍と戦っているのは、他でもない蓮姫さんだった。
ここは蓮姫さんと東龍に任せていれば大丈夫だろう。
俺は西の西龍がいる場所へと更に走った。
城下町を走っている間に、俺はタケルになった。それほど西龍を危惧して急いでいたんだけど。すぐに誤算に気が付いたからだ。その誤算とは、東龍の場所だけじゃなかったことだ。ここ竜宮城の城下町のどこからでも、勝機を左右するほどの危機的な戦いが始まってしまっていたんだ。嫌な予感がするんだ……。東西南北と山岩龍以外にも、その遥か後方から異常なほど多くの龍が迫ってきているはずだ。
俺はモリを手にした魚人たちで、ごった返す城下町の道を走りながら、西の砂浜へと向かった。今度は山岩龍の頭上に轟雷が降り注いでいた。
西龍と共に戦っていたのは、地姫さんだ。
「さあ、タケル様! ここは大丈夫ですから! 急いでください! 元来た場所へと戻ればいいのです! 北は南龍と光姫さんが戦っています! じきに数多の龍が更に押し迫ってくるでしょう!」
地姫さんの声が俺のところまで幾度もの轟雷の音と共に届いた。
「わかりました! すぐに行きます!」
俺は四海竜王の中で最強の北龍と存在しないはずの神社では最強の巫女の鬼姫さんがいる。元来た場所の東へと更にスピードを上げて走り出した。
未だに、城下町全体を埋め尽くす。誰の頭上にも見えるほどの。不気味な多くの龍の腹は、その巨体が徐々に地面へと降りだしていた。ふと、俺は思った。龍はこのまま城下町ごと押しつぶす気なのだろうかと……。




