3-1
軍師……。
天才……。
「天才軍師……この人が……? 心気?」
「そういうこと。ちょっとこれ借りるわね」
リンエインは雨の村雲の剣を俺の腰から鞘ごとするりと抜き取り、丁寧に刀を抜いた。そして、刀身に一礼して、しばらく眺めると……。
「わ、凄い! 神話クラスの切れ味だわ!」
などと独り言を延々と言いだした。
東龍が俺の傍でため息を混じりに「ああなると、小一時間はかかるんだ」と言うので、俺は玄関から少し離れた縁側に座った。
ボロ屋はある意味。俺には機能的のようにも見えた。一階建てで質素な台所と客間、こじんまりしたお座敷も一際広大な書斎も。殊の外シンプルだった。箪笥やちゃぶ台。生活に必要不可欠なものしかない。そんな感じだ。
夜は灯りは外から漏れ出てきているので、足元が覚束なくなることもないし、何よりそんなに暗くならない。薄暗いだけの人が住むには申し分ない造りだった。
「へえー、そりゃあ当然ね。これなら龍も楽に斬れるわー」
「ふむふむ。えーっと、この刀はいつ頃に造られたのかしら?」
「やっぱ、私は天才だね! おおよそ……かな? うーん……違うわ。もっと昔かしら?」
「どんな鉄を鍛えれば、こんな刀が……。あ、そうか? 確か違う星へ家族で旅行へ行った時に興味が湧いた鉄や土があったっけ? そうだわ。その鉄とか……じゃない?」
かれこれ一時間後、独り言から戻ったリンエインから、やっと刀が返ってきた。
「あれだけ斬って刃こぼれもしない……しかも……」
「はあ……」
「だろ」
俺はもともと疲れていたので倒れそうになり、東龍はあれだけ戦ったのにケロリとしていた。
リンエインは美しいが妙に独り言が多い女性だった。
「長老たちとの戦略会議には、私も出席してるから。今度はちゃんとでなさいよ」
そう言い残してリンエインは、仄かに照らす提灯の道をすたすたと家とは反対の方向へと歩いて行った。今は竜宮城は季節は夏。青々とした緑の葉が至る所に舞い落ちていた。けれども、あまり暑くはない。今回は東龍はリンエインにちょっかいをださなかったな。と、なんとなくだが思った。
俺は薄屋へとトボトボと歩いた。
後ろから疲れを感じさせない東龍が走って来る。
薄屋に着くと、ミンリンが俺の顔を見て喜んだ。
盆に大きな杯を乗せて、俺たちの席に置く。これは甘酒だといって、みんなに振る舞った。
ほんのりとした甘酒の香りに甘さ。どれも饅頭にはよく合う。
俺も東龍も南龍もあの激戦での疲れが癒された。
翌朝。
戦略会議に俺は顔をだした。勿論、リンエインの戦略や戦術というのが聞きたかったからだ。
寝床の秋の間から竜王の間までの道中。
髪がぼさぼさのリンエインに出会った。どうやら、朝はダメな人なのだろうと俺は思った。存在しないはずの神社が懐かしく思えた。皆、朝早くに修練の間で稽古だったから。
「水淼の山岩龍って、名付けたの」
「?」
「あなたが斬った超巨大な龍よ。もっとも、もっと大きな龍が生息しているかも知れないけどね」
俺とぼさぼさの髪を直しているリンエインが竜王の間へ辿り着くと、そこには魚の頭をした人々が大勢ひしめき合っていた。
広い間だ。前に俺と東龍が御前試合をした場所で、壁面には冷水や温水が優しく流れ落ち、床には竜宮城は今は春の季節なので、しとしとと桜の花弁が天井から舞っていた。
玉座で皆の会話に静かに聞き耳を立てている乙姫は、竜王の間の奥に居座り深く考え事をしているようだった。
「父さん?!」
「なんだ……リンエか。とうとうボーイフレンドを連れて来たのか? 父さんは嬉しいぞ」
「違うって、父さん……ところでなんで最後の言葉は棒読みなのよ……この人は地球から来た。あの山門 武よ。もう、あの龍族たちを何体もはふっているわ」
「ほお……君が……?」
漢服を着た凛と引き締まった皺の多い男だった。
リンエインをリンエと呼ぶその男が、どうやら父親らしいことがわかったので、俺は居住まいを正して一礼した。
この人が竜宮城で随一の軍師……。




