4・『放課後暇つぶしクラブ』
清掃とホームルームが終わった。
放課後といえば部活動で、高校で友達を作るのに正直一番いいのがこの時間だ。クラスメイトというのは結局授業でしか会わないし、同じ目的や価値観を共有できるわけでもない。
でも部活動はもっと自分の趣味にあう仲間を作れる場所だ。みんなそのことに異論はないだろう。
僕もはっきり何かしたいことがあったわけじゃなかったけれど、せっかくだから部活は何かやろうと思っていた。
野球やサッカー、バスケなんかは人気だけど経験者じゃないとハードルが高い。かと言ってテニスや水泳もチャラそうだし。運動部のつもりだったけど文化部もいいかな。絵画とか文芸、漫画、軽音、新聞部とか映画研究会なんかも定番か。文化部の方が女子も多いイメージあるし、もしかしたら可愛い女子と知り合いになれる最大のチャンスかもしれない。
そんなことを考えながら、さっそく見学にでも行こうと張り切っていた。
入学初日から一週間くらいはいろんな部活の仮入部期間で、先輩たちも呼び込みやチラシ配りに精を出している。人気があるところも人気がないところもそれぞれに良さがあるから、せっかくだから学校中回ってみるつもりでいたのだ。
「なあ、服部」
藤本に声でもかけてみるかと席を立ちかけたところに、吉村さんが話しかけてきた。
「え?何?」
僕は吉村さんは当然部活には参加しないものだろうと思っていた。パソコンは朝もきっと先生が置いて行ったんだろうし、帰りもそうに違いないとも勝手に思っていて、ホームルームで配られたプリントをカメラに映したのが今日の最後の仕事のつもりでいた。
だからその後、そういう展開になるとは1ミリも思っていなかったのだ。
「服部は入る部活は決めてるのか?」
「いや、まだ。だから今日は色々回ってみようと思ってるんだよね」
ウキウキして答える僕に、吉村さんは思っても見なかった提案をしてきた。
「そうか。じゃあもしよかったら、私の入る部活に入らないか?」
「え?」
「よかったらというか、是非そうしてもらえないかな。いや、そうしてもらいたいんだ。そうすべきだと思うよ。うん」
驚く僕の反応をよそに、吉村さんは強引に話を進めてくる。
「いやいや、ちょっと待って。吉村さん部活やるの?その、パソコンのまま?」
「ああ、当然だ。部活動は高校生の権利だからな。それにやっておいた方が内申がいいだろう?帰宅部はちょっと見栄えがわるいし」
そういうところは気にしてるんだ、と不思議な気分になる。だったら学校に来ればいいのに、とは思うがもちろん口には出せない。
「で、どこの部活に入るの?まあ話次第じゃ考えてもいいけど」
「入るんじゃない、作ったんだ。私がパソコンで参加できるようなフレキシブルな考えを持った部活動は存在しないからな。それにきっと授業は授業だからと受け入れても、部活動まで私が自分のやり方を押し通すのを面白く思わない頭の硬い連中だらけだろう。先生も生徒もな」
いつもの蔑んだような目つきで言った吉村さん、
「だから新しく作ることにしたんだよ。私の望むような活動に賛同してくれる同志をあつめてね」
と言って得意げに鼻の下をふふんと擦った。
「え?え?どういうこと?まだ初日だよ、それに学校にきてもいないのに、仲間を募ったって?」
「服部、古いな。今は令和だよ?わざわざリアルに会わなくたって、ネット上でいくらでも呼びかけることができる。私は新一年生の連絡先を手段を尽くして手に入れて、その中から中学の時の評判で期待できそうな順にコンタクトを取って、同じ目的の生徒を集めたんだ。それで部活を作るんだよ」
「す、すごい」
「ああ、私はすごいからな」
吉村さんは全く謙遜しないが、それだけのパワーが実際にある。こうやってパソコンで通うこと自体大変な手続きを経てのことだろうし、やりたいことを貫く力があるのだ。
そこは素直に尊敬する。
「で、だね」
吉村さんがにっこり笑う。
可愛い。本当は可愛いことに素直に胸を高鳴らせたい。でも、この顔には妙な底無し沼のような裏があることが1日付き合った僕にはわかっている。だから僕の心臓は嫌な予感の方にドキリとはねた。
「何?」
「仲間は集めたんだけど、一人、足りないんだ。部活の申請には五人必要なんだけどね。だから、服部、君が入ってくれたら本当に助かるんだけど」
僕はモニターを見ながら思わず半歩たじろぐ。画面の中ではニコニコした天使の笑顔の吉村さんが僕を見ている。そして猫撫で声でいう。
「なあ、いいだろう?君が入ってくれないと部は成立しないんだ。いや、違う。そんなことよりも君に入って欲しいんだよ。ほかでもない何より君だからさ。君が必要なんだ、服部。頼む。君は私と仲間を見捨てるような奴じゃないよな」
「うう」
「服部」
「はい」
「入るよな」
ああ、やっぱりこの女はとんでもない悪魔だ。そう言われて僕が断れないのをしっている。それに正直、女の子にこんなに必要にされて嬉しくないわけでもないのだ。たとえそれが毒を含んだ蜜の味だとしても。
「うう、はい」
「やった、ありがとう。やっぱり君はそういうと思っていたよ。それに服部が入ってくれなかったら、私のパソコンを部まで持ち運ぶ人間がいないからな」
と、本音を思わず漏らす吉村さん。
諦めた僕は席に座って頬杖をつきながら聞く。
「で?どういう部活なの?それだけでも教えてよ」
「いいだろう」
吉村さんは何かキーを弾くと、モニターにアニメーションのついたロゴマークが、ちょっとした音楽と共に表示された。そこには
『放課後暇つぶしクラブ』
と書いてあった。