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3・憧れの高校生活

 ようやく吉村さんから解放されたのは昼休みだ。


 さすがにパソコンの向こうで食事を取るはずの彼女を置いて、大混雑の学食で慌ただしくご飯を食べた。でも気ぜわしいのと吉村さんから解放されたはいいものの話し相手もおらず、一人テーブルの端で寂しくB定食を口に運びながら僕はなんだか疲れ果てていた。


 あまりにも思い描いていた高校生活と変わってしまった。


 もちろん初日になかなか友達ができないことなんて当たり前だし、吉村さんに捕まらなくてももしかしたらこうして一人で飯を食うことになっていたかもしれない。そうかもしれないが、違うのだ。そういうことではなくて、自分が自分として周りに馴染む時間が全くないのが食事の合間に抑えようもなくこぼれ出るため息の理由だった。


 5限目は体育だ。


 お腹が膨れた後に体育なんてとみんな文句を言っていたが、僕は胸を撫で下ろした。体育は男女別だからだ。ともにもかくにも自由になれる。


 一年の始まりにふさわしい、能力測定という素晴らしく退屈な授業だった。二人1組のペアになって、立ち幅跳びや懸垂、短距離走や中距離走なんかをこなしていく。誰も真面目にやるわけのないだらだらふわふわとした面倒な授業。


 当然待ち時間や雑談の隙間も山ほどあった。

 「なあ、服部お前大変だな。地雷女につかまって」


 僕がペアになったのは名前順が一つ後ろの藤本で、なんとなく挨拶をして、だりいなとかもう適当でいいかとか言葉を交わしているうちに、そう話しかけてきた。


 もしかしたらまともにクラスメイトと話したのは(パソコン越しの吉村さんは当然のぞいて)今日初めてだったかもしれない。


 「え?地雷女って、吉村のこと?」

 「そう。隣になったのがついてなかったな」


 「藤本、お前何か知ってんの?」

 「え?逆にお前知らないの?あいつのこと?全然?」


 そう驚く藤本に自分が最近ここにきたばかりなことを説明すると、あー、と納得をした顔でうなづいた。


 「だからか、地元じゃ有名だぜ、彼女。みんなスルーしてるだろ?一度関わると先生にいろいろ押し付けられるから警戒してんの。お前知らなかったんだ」


 そこで初めて、僕は吉村さんが一体なんであんな状態なのかという根本的な疑問を口にした。今まではあまりに普通に扱われすぎて、聞くこともできなかったのだ。


 「そもそも、なんであんなことになってんの?その、パソコンで出席って」


 「いや、俺も同じ中学じゃないから詳しくないけど、いわゆる引きこもりらしいよ、きっかけは。中学に入ってすぐに不登校になって、それで2年になったら急にパソコンで授業を受けさせてくれって学校に要求してきたんだって。で、なんか性格もガラッと変わってズケズケいうし、記者とかに先に話して記事にしたり、議員さんとかにも訴えて、学校も渋々受け入れたみたい。それで高校もそのまま続けてるってことだな」


 「はー。なんかあったってこと?」

 「さあ、わからん。でもやたら噛みつくし、引きこもりのくせに生意気だからみんななんかさ。少なくとも女子には評判悪いな」


 ソフトボールの遠投を終えてかたづけながら、藤村は僕に同情するような顔で言った。


 「服部もさ、うまく逃げろよ。お前がやらんでも、先生が誰かにやらせるさ」

 「ああ」


 そう答えながら、僕はよくわからない苛立ちをおぼえた。そういうことじゃないだろう。ああ、そういうことじゃないはずだ。


 でも、何がそういうことじゃないのかはわからない。


 今日の授業はこの体育で終わりだった。校庭裏の更衣室で着替えて荷物を手に教室に戻る。


 すでに先に戻っていたらしい女子たちが、教室前の廊下でキャピキャピ騒いでいる。それはそれは眩しい光景で、1日の終わりでぼんやりした頭に漠然とした夢想を起こさせる。ああいう子と知り合いになって、一緒に放課後を過ごしたりできるんじゃないだろうか?なんらかのきっかけさえあればそういうグループに混ざり込むことだって不可能じゃないだろう?


 意味もなくニヤけながら藤村と、チラチラ横目で女子を見ながら教室に入ると、僕の目にはポツンと置かれたパソコンが飛び込んできた。


 それは教室でだべっている男子のグループや廊下で騒ぐ女子のグループたちとはあまりにも隔たっていて、あまりにも孤独だった。


 それでも見ないフリをして僕は席に荷物を置いて、ようやくできた普通の友達のところへ戻ろうとした。藤村はそんなにパッとしたやつではないが、少なくとも学校でだべって時間を潰したり、一緒につるんで何かをするには良さそうな相手だった。それに地元の子とのつながりもありそうで、一気に友達が増える可能性もある。


 でもどう言うわけか僕はパソコンの画面に向かって話しかける自分の声を、他人の声のように聞いた。

 「体育だるー」


 「ん?ああ服部か。お疲れ」

 モニターには何か書き物をしている吉村さんが映っていた。顔も上げずに生返事だ。


 「何してんの?」

 「私は体育の実習を免除してもらう代わりに、レポートの提出を義務付けられてるんだ。だから邪魔をしないでもらえるか?」


 せっかく気を使って話してやったのにという気持ちと、なんで僕は彼女にわざわざ話しかけてるんだという気持ちが、僕をさらに苛立たせる。


 そう、これは罠だったんだ。逃げれない罠。


 弱いものに手を差し伸べる人の良さと、美人が気になって仕方がないという男なら誰でも持つ下心につけこんだ、一度手を付けたら絡みついて離れない蜘蛛の巣のような。

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