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2・いつの間にか僕の役

 ホームルームでも特に説明もないままに、隣の女子がパソコンで出席していることは受け入れられて進んでいく。先生の声もキチンと聞こえているようで、出欠の呼びかけにもモニター越しに返事をしていた。


 「山田」

 「はい」


 「結城」

 「はい」


 「吉村」←これがパソコン女の名前

 「はい」←これがパソコン女


 てな感じ。

 その光景に僕の方が混乱する。都会の学校ではこれが普通なんだろうか?


 授業が始まっても吉村さんは普通に先生に指名されて本を朗読もするし質問にも答える。というかむしろ積極的に先生に絡んでいくタイプで、かなり面倒な問いかけをするので3限できっちり三人の先生が授業の終わりにはめんどうくささを隠さなくなっていた。


 そして僕も、彼女に絡まれ続けるんじゃないかとだんだん怖くなってきていた。


 最初はプリントだ。彼女の席を飛ばして配らないといけないから、斜め前いるパソコン女子の前の席の子が僕にプリントを渡し、僕はそれを斜め後ろに回す。当然自分の列もやらないといけないから手間は2倍だ。


 それにプリントが彼女に見えるようにカメラに映す役。


 僕は、そんなの前の席の子がやればいいと思っていたのだ。その方がカメラの向き的に簡単だろう。だが吉村さんが


 「すまん、服部(僕の名前)、頼む」


 とわざわざ指名してくるので、席から体を伸ばして画面に映るように僕がやる羽目になった。その作業は次の時限の小テストでも同じだった。さすがにテストの書き込みは先生にメールするようだったが、配って回収の手間やカメラに取らせることを考えると明らかに僕の回答時間だけ短くなってしまう。


 こんなことをずっとやるのか?という考えは、4限目の化学の移動教室でほぼ確実なものになった。


 先生が教室移動を告げた時、僕は正直、吉村さんの相手をするのがちょっと面倒くさくなっていて、自分じゃなくて他の誰かに押し付けようとそそくさと教科書を準備して席を立った。


 きっと誰かが僕の代わりにパソコンを持っていくだろう。と期待して。


 だが皆が移動を始めても誰も吉村さんの席に近づこうとはしない。前後の生徒たちも他の子と話しながら動き始める。なんだよ。誰もやりたくないのか?ずるいな。自分も面倒を避けようとしているくせに、そんな他人を責める想いが胸に沸いては消える。


 一旦教室を出たけれど、どうしても気になって戻ってみると机の上にポツンとパソコンが残されていた。


 「すまん、服部」


 どうやら周りのみんなも吉村さんのパソコンを持ち運ぶ役目は僕のものだと自然に決めたらしい。面倒なことは誰かがやればいい、そう僕も思っている。だから一度それを引き受けた人間には、奇妙な責任のようなものが発生する。


 別に嫌じゃあない。でもなぜ僕なんだろう?同じ女子が付き合うのが自然な気がするが。


 「なあ服部、もう少し左を向けてくれ」


 みんなに遅れて科学室までの道のりをとぼとぼと歩いて運んでいると吉村さんがそう言った。きっと僕はむすっとした顔をしていただろう。この状況が、逃げられない、はめられた罠だと言うことがだんだんわかってきたからだ。そこはちょうど中庭に面した窓が廊下に大きく開けている場所だった。


 「いやー、綺麗だね」


 吉村さんの声に誘われるように左をみると桜が咲いていた。自転車置き場に取り囲まれて中庭の中央に植えられた大きな桜。満開は過ぎたけれどまだまだ多く咲き残っていて、そよぐ風に薄いピンクの花弁が舞い散っている。


 沈んでいた心を一瞬で軽やかに解き放つくらいに清々しい景色だった。


 「そうだね」

 思わず答えた僕に吉村さんが言う。


 「おや、服部は花がわかるのか?あれはソメイヨシノじゃない。色がもう少し薄いだろう?白からやや緑がかってると言ってもいい」


 「いや、知らないけど。そうなの?」

 「ああ。あれはオオシマザクラという種類だ。文字通り大島に元種がある。とてもタフで成長が早いから、高校生にちなむなら病気がちなソメイヨシノよりも理に適ってるだろうな」


 「へええ。吉村さんは物知りだね」

 「ふん」


 とちょっと照れたような声だ。こっそり脇からモニターを覗き込むと、髪を指でクルクル捻っているのが可愛い。


 「まあ、服部はソメイヨシノより本当はこのオオシマザクラの方がよく知っているんだろうけど」


 「オオシマザクラっていうのか。どうして僕(もう「俺」はやめた)がよく知ってるのさ?初めてきいたけど」


 そう聞いた僕に、してやったりの声で吉村さんが答える。

 「桜餅を包むのに使われるんだよ。オオシマザクラの葉は。食いしんぼうそうな君は『花より団子』だろうからな」


 からかうようにそう言ってかっかっかと笑う。


 一体こいつは何なんだろう、と呆れながらも、桜を見て誰かとその綺麗さを分かち合うのはいいものだなと思った。たとえ相手が口の悪い変人でも。

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